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日立製作所 研究開発グループ 鈴木朋子/三菱UFJリサーチ&コンサルティング 吉高まり氏
2022年3月31日に日立の研究開発グループ主催のウェビナー「協創の森」で配信された、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの吉高まり氏と日立の鈴木朋子による対談、その2。企業や自治体がカーボンニュートラルの実現に向けたロードマップを描く際に欠かせない、外部との取り組みとは。

「第1回:COP26と環境ファイナンスの世界潮流」はこちら>
「第2回:ロードマップを描くための視点」
「第3回:トランジションを描くために」はこちら>

バックキャスティングで考え、外部を「巻き込む」

丸山
2つめのトピックとして、企業や自治体がカーボンニュートラルの実現に向けたロードマップを策定する際の課題と金融の役割についてお二人にお話しいただきます。まずは吉高さん、いかがでしょうか。

吉高
近年、地方の自治体、経済同友会や商工会議所にお招きいただく機会がとても増えました。先ほどお話ししたTCFDの取り組みにおいても言えることですが、ESG投資家が評価しているのは、投融資先の上場企業そのものだけではなくその契約先も含めたサプライチェーン全体です。そういった世界の流れを感じ取られている方が地方に増えているのを感じます。

カーボンニュートラルの達成をめざすことはもはや世界の既定路線です。そのなかで自分たちがどんな地域をめざすか、どんな企業をめざすかをまずは考え、今できることを洗い出す。そういったバックキャスティングの考え方が非常に重要です。

画像: バックキャスティングで考え、外部を「巻き込む」

日本政府は今、産業分野別にトランジションを起こすためのロードマップを策定しているところです。ロードマップがあると、金融機関は「次に世の中に必要とされるのはこの技術だな。ならばそこに投資しよう」という判断ができます。企業としては、どんなストーリーでトランジションを起こしていきたいのかをロードマップに描き、金融機関とエンゲージメントを交わすことが重要です。

そこで大事なのが「巻き込み」です。1企業、1業種、1地域だけでは脱炭素を実現できませんから、どんな相手とパートナーを組むのかがとても大事になります。地域の金融機関や地元の企業、大学などステークホルダーを巻き込むことが、ロードマップを描くうえで非常に重要なアクションになるのです。

ニュートラルな存在が、意思決定を加速させる

丸山
大学を巻き込むという意味では、鈴木さんが非常に近い活動をしています。

鈴木
Society 5.0の実現をめざして2016年にスタートした「日立東大ラボ」という活動のなかでエネルギー・プロジェクトに参画し、各界のエキスパートへのインタビューで得た知見をもとに日本のネットゼロ実現に向けたトランジション・シナリオをつくるという取り組みをしています。

わたし自身、環境に配慮したエネルギーシステムの開発に携わるうえで、以前はエネルギー産業というアクターに最も着目していたのですが、日立東大ラボでの活動を通じて、金融や市民、自治体といったアクターにもっと意思決定に参加していただくべきだという知見を得ました。

画像: ニュートラルな存在が、意思決定を加速させる

吉高
日本政府は「地域脱炭素ロードマップ」を策定し、2025年までに少なくとも100カ所以上の「脱炭素先行地域」を選定して支援するという事業に着手していて、今年からその募集が始まり多くの自治体が応募しています。その関連でいろいろな地域にお招きいただく機会があるのですが、ネットゼロに向けてどう取り組めばよいか非常に悩んでらっしゃる地域が多い一方で、「SDGs未来都市(※)」などに積極的に応募し、いろいろなステークホルダーとのプラットフォームづくりに取り組んでいる自治体もいらっしゃいます。

※ 優れたSDGsの取り組みを提案した地方自治体を選定・支援する、内閣府の事業。

意外と効果的なのが、外部の有識者からのインプット、すなわち外圧です。企業でも自治体でもありがちなのですが、「もっと積極的にサステナブルな取り組みをするべきです」と下から意見をあげても上の人は聞き入れてくれない。でも、外から言われると耳を傾けるという傾向があります。

丸山
吉高さんがバウンダリースパナー(※)として、いろいろなステークホルダーをつないでいるのですね。

※ 境界を越えて組織や個人同士をつなぎ、縦横無尽に組織行動に影響を及ぼす者。

吉高
そうですね。あるいは、大学の先生がご自身の研究のために、たとえ大きな資金でなくても企業や自治体に飛び込んでいくケースもあります。先ほど鈴木さんがおっしゃった日立東大ラボは、企業と大学がニュートラルな形でコラボしている点が素晴らしいと感じました。

鈴木
ニュートラルであることはとても大切です。トランジションを起こすには、日立として得意な分野にばかりこだわっていては可能性が広がっていきません。今まで接点のなかったステークホルダーの方とも対話が必要になったときに、ニュートラルな立ち位置にあるアカデミアの方々と協創することで、よりフラットにステークホルダーの方とディスカッションができる。新しいエコシステムをつくるときに、アカデミアというチャネルを活用する意義は非常に大きいと思います。

SDGsを支えるファイナンス

吉高
もう1つの重要なステークホルダーが、地域の金融機関です。先ほどもお話ししたように金融業界にも気候変動への対応が求められているなかで、投融資先の温室効果ガスの排出に関するデータをどう把握すればいいのかわからないという金融機関が地方には多いです。情報の非対称という意味での地域格差がこれから生まれるような気がします。

鈴木
おっしゃるとおりだと思います。今、温室効果ガス排出量の測定、報告および検証を意味するMRV(※)への取り組みの必要性が高まっています。日立では、環境関連のデータをセキュアに収集したうえでレポーティングや認証に活用できるサステナブルファイナンスプラットフォームを提供し、環境対策への投資効果の可視化と検証を可能にしています。そういった基盤を実装していただくことで、MRVへの取り組みを加速できるのではないでしょうか。

※ Measurement, Reporting and Verification

吉高
サステナブルファイナンスは「SDGsを支えるファイナンス」とも言い換えられます。サステナブルな企業に対してファイナンスを提供していく。その際に金融機関が評価するのが、企業が抱えるリスクやビジネスチャンスです。企業が開示したデータの透明性が保たれていることが非常に大切で、俗に言うグリーンウォッシュ(※)などは、金融機関にとって一番のリスクなのです。

※ Green Washing。表面上を取り繕うことを意味する「whitewashing」と、環境やエコを意味する「green」を掛け合わせた造語。見せかけのエコ。

まずはサステナビリティに対するインパクトを企業に開示していただき、金融機関としてはそれを正当に評価したい。ポジティブなインパクトだけを開示するのでは、環境へのリスクを考えていないのとイコールです。また、「ネガティブな数字を出すとどのように評価されるかわからない」と躊躇される企業がありますが、金融機関が評価したいのは、その企業がどのような戦略をもって将来どのように変わろうとしているかという「非財務価値」なのです。大切なことは、他社と比較可能なデータを用意することです。そしてデータの透明性を担保するためにも、しっかり第三者にMRVの基盤を整備してもらう。CO2排出量はもちろん、水や廃棄物など、社会にインパクトがある要素を定量的に数値化する。サステナブルファイナンスを呼び込むためにはこの視点が欠かせないのです。

「第3回:トランジションを描くために」はこちら>

画像1: 脱炭素社会へのトランジション実現へ―その課題と金融の役割―
【その2】ロードマップを描くための視点

吉高まり(よしたか まり)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト。米国ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院 科学修士。慶應義塾大学大学院政策・メディア科非常勤講師。博士(学術)。IT企業、米投資銀行、世界銀行グループ国際金融公社(IFC)環境技術部などを経て、2000年、三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社。クリーン・エネルギー・ファイナンス部を立ち上げる。気候変動分野を中心とした環境金融コンサルティング業務に長年従事し、政府、機関投資家、事業会社などに向けて気候変動、SDGsビジネスやESG投資の領域についてアドバイスなどを提供。2020年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社し現在に至る。三菱UFJ銀行、三菱UFJモルガン・スタンレー証券を兼務。

画像2: 脱炭素社会へのトランジション実現へ―その課題と金融の役割―
【その2】ロードマップを描くための視点

鈴木朋子(すずき ともこ)
日立製作所 研究開発グループ 技師長。1992年、日立製作所に入社。以来、水素製造システム、廃棄物発電システム、バラスト水浄化システムなど、一貫して脱炭素・高度循環・自然共生社会の実現に向けたシステム開発に従事。2018 年、顧客課題を起点とした協創型事業開発において事業拡大シナリオを描くビジネスエンジニアリング領域を立ち上げ、現在は社会課題を起点とした研究開発戦略の策定と事業化を推進する環境プロジェクトをリードしている。

画像3: 脱炭素社会へのトランジション実現へ―その課題と金融の役割―
【その2】ロードマップを描くための視点

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

Linking Society

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