今、ビジネスの世界がSFに注目し始めている。その火付け役が、今年6月に出版された『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』 だ。著者の1人である筑波大学の大澤博隆助教に、SFプロトタイピングという手法をいかにイノベーション創出に活かせばよいのかを問う。2021年9月24日、日立の研究開発グループによるウェビナーにて配信された大澤氏と日立の西澤格による対談、その2。

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アート、小説、ビジネスの世界から生まれた未来予測アプローチ

丸山
大澤さんは今年、共著で『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』という本を出されています。SFプロトタイピングという手法を、どうやってイノベーションにつなげていけばよいのでしょうか。

大澤
まずは、SFプロトタイピングの出自を説明させてください。実は「ロボット」というワード自体がSFから生まれたものでして、機械工学やコンピュータをはじめとした情報工学はSFの影響を大きく受けてきました。19世紀、科学雑誌『Nature』に、後年「SFの父」と呼ばれる小説家のH.G.ウェルズが未来の社会の姿を描いた論文を寄稿していました。そういったSFに関連する動きが徐々に発展して、SFと未来予想が結び付いた「未来学(Futurology)」と呼ばれる学問が生まれました。

画像: アート、小説、ビジネスの世界から生まれた未来予測アプローチ

未来学をはじめとした未来思考のアプローチには、大きく3つの潮流があります。1つめは、アートの分野でデザイナーが用いてきた方法論を社会の問題解決に応用していこうという動きです。代表的なものが、10年ほど前から注目を浴びている「デザイン思考」です。また、デザインの方法論を用いて問題を発見し、思考する「スペキュラティブ・デザイン」という手法も生まれています。

2つめは、SFを単なる小説ではなく「スペキュラティブ・フィクション」、要するに未来の可能性を描くものと捉え、SFを通じて新しいデザインやビジョンを示すというアプローチです。また、コンピュータやネットワークを扱うサイバーパンク作品を描いてきた作家のブルース・スターリング氏は、デザインされたプロダクトをフィクションの中に描く「デザイン・フィクション」を2000年代の初頭から掲げ、デザイナーに影響を与えました。

3つめが、ビジネスの世界から生まれた「シナリオプランニング」という手法で、先ほど挙げた未来学もこの流れで生まれました。さまざまな情報を集めて未来を予測するのではなく、望ましい未来に向けたシナリオを考えるというものです。

画像: 大澤氏のプレゼンテーション資料をもとに作成。

大澤氏のプレゼンテーション資料をもとに作成。

こうした3つの潮流が互いに影響しながら発展し、その核の1つとなったのがSFプロトタイピングなのです。

ビジネスへのSFプロトタイピングの活かし方

丸山
要するに、SFプロトタイピングは戦略思考の1つのオプションと捉えればよいでしょうか。

大澤
そうです。SFを通じて未来をプロトタイプ=試作することのメリットは、たとえ絵を描く才能がない人でも言葉で考えることができる、つまりだれもが使える手法であることです。何より、未来を予測するのではなく、「未来を創る」という方向に人々の思考を切り替えられるのがSFプロトタイピングのよいところです。また、SFのシナリオに登場するさまざまなキャラクターを通して、創りたい未来像をより具体的に想像することができます。

画像: 大澤氏のプレゼンテーション資料より転載。

大澤氏のプレゼンテーション資料より転載。

西澤
わたしが所属する研究開発グループでは、将来のビジネスを考える際にバックキャスティングの方法をとっています。2050年の社会像を描き、それを実現するために今何をやるべきか、それが達成できたら次に何をやるべきかといった考え方です。ここにSFプロトタイピングを採り入れると、非常に有効なアプローチができるのではと感じています。

画像: ビジネスへのSFプロトタイピングの活かし方

ところで、SFプロトタイピングの“プロトタイピング”の部分では、具体的にどんな取り組みをされているのですか。

大澤
まずはいろいろな分野の専門家を集めてワークショップを開き、望ましい未来像を考えます。そのワークショップにクリエイターにも参加していただき、小説、あるいはイラスト、漫画といった作品の制作につなげていきます。さらに、作品をプロダクトで終わらせるのではなく、そこから先の議論につなげていくということを非常に重視しています。

SFのシナリオを議論に用いることで、異なる分野の方々同士でも建設的な議論ができるのもSFプロトタイピングの利点です。畑違いの人たちが集まって議論しようにも、共通言語がないとなかなか具体的な未来像を描けない、パワーバランスが働いて思うように発言できないといったことが起こりがちです。その膠着状態をブレイクし、人々を結び付けることができるのがシナリオの力なのです。

第3回は、12月2日公開予定です。

画像1: 社会トランジションとAI-Vol.1 未来を思索するための「SFプロトタイピング」
【その2】「SFプロトタイピング」をイノベーションにつなげるには?

大澤 博隆(おおさわ ひろたか)
1982年生まれ。筑波大学システム情報系助教・HAI(Human-Agent Interaction)研究室主宰者、日本SF作家クラブ理事、工学博士(慶應義塾大学)。専門はヒューマンエージェントインタラクションおよび社会的知能。JST RISTEX HITEプログラム「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」リーダー。共著に『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』『人狼知能──だます・見破る・説得する人工知能』『人とロボットの〈間〉をデザインする』『AIと人類は共存できるか?』『信頼を考える──リヴァイアサンから人工知能まで』、監修に『SF思考:ビジネスと自分の未来を考えるスキル』など。

画像2: 社会トランジションとAI-Vol.1 未来を思索するための「SFプロトタイピング」
【その2】「SFプロトタイピング」をイノベーションにつなげるには?

西澤 格(にしざわ いたる)
日立製作所 研究開発グループ テクノロジーイノベーション統括本部 副統括本部長。工学博士(東京大学)、技術士(情報工学部門)。日立製作所に入社後、中央研究所にてミドルウェアシステムの研究開発に従事。金融分野の顧客協創プロジェクト、AIやデータサイエンスなどの研究を牽引し、2020年より現職。2002~2003年、スタンフォード大学コンピューターサイエンス専攻 客員研究員。2018年、ハーバードビジネススクールAdvanced Management Program修了。ACM、情報処理学会、電子情報通信学会各会員。

画像3: 社会トランジションとAI-Vol.1 未来を思索するための「SFプロトタイピング」
【その2】「SFプロトタイピング」をイノベーションにつなげるには?

ナビゲーター 丸山 幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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