「第1回:社会課題の解決に、DXはどう関係するのか?」
「第2回:なぜ「越境して接続する場」が重要なのか?」はこちら>
「第3回:社会イノベーション事業における、DXの役割とは?」はこちら>
社会課題とDXの密接な関係。キーワードは「VUCA」
丸山
対談のナビゲーターを務めさせていただく、日立製作所 研究開発グループの丸山幸伸です。前回の対談では、社会イノベーション事業の核となるビジョンをどうつくり、どう実行していけばよいのかをディスカッションしました。今回のテーマは、「社会システムを変えていくDXとはいかなるものか?」。映画会社の宣伝部長や自動車メーカーのマーケティング責任者、内閣官房官邸国際広報室の参事官など幅広い分野でさまざまな役職を歴任し、現在は日立のLumada Innovation Hub Senior Principalを務める加治慶光を迎え、研究開発グループの森正勝との対談をお送りします。
加治
本日はよろしくお願いします。ご紹介いただいたLumada Innovation Hubは、イノベーションの創出をめざしてお客さまやパートナーと日立をつなぎ、知恵を結集する「協創活動のハブ」空間として今年4月にオープンしました。わたしは、その運営やコンサルティングサービスの提供、人財育成を担っています。また、日立での仕事と並行して、人工知能に関連するプロダクトやコンサルティング開発を提供するシナモンAIというスタートアップの経営にも携わっているほか、鎌倉市のスマートシティ推進参与としてSDGsや地方創生、技術革新などに関する政策提言を行い、戦略的連携の推進に関わっています。
森
日立製作所 研究開発グループの森正勝です。本日は、DXをいかに社会課題につなげていくかという視点で、経験豊富な加治さんからいろいろ教えていただきたいと思います。よろしくお願いします。
丸山
では1つめのトピックに参ります。「社会課題の解決に、DXはどう関係するのか?」。まずは加治さんのお考えをお聞かせください。
加治
DXと社会課題は非常に密接に関わっており、この2つを結び付けるキーワードが「VUCA(※)」です。突如現れたスタートアップによる既存産業の破壊、だれもが予想だにしない政治的な変化、深刻な気候変動による大災害の発生、そしてCOVID-19の世界的な感染拡大。これらはすべてVUCAの象徴と言えます。
※ Volatility(不安定)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧模糊)の頭文字を取った、先行きの見えない社会情勢を示すビジネス用語。1990年代に軍事用語としてアメリカで生まれた。
ところで、SDGsの前に「MDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)」があったのをご存じでしょうか。2000年から2015年までに人類が達成すべき8つの目標を掲げたものですが、SDGsとの最大の違いは「現在実現できること」を前提としたフォアキャスティング型のアプローチだったことです。
これに対してSDGsは「未来の理想を実現するために何をすべきか」を考えるバックキャスティング型の発想です。当然、現在の段階で人類ができることと、SDGsで掲げられた「理想」との間にはギャップが生じます。このギャップこそがイノベーションを大量生産するしくみであり、SDGsに掲げられた17のゴールは、VUCAの時代において世界がめざしていくべき方向を示したビジネスアイデアのリストと言えます。そして、そもそもイノベーションとは何かを考えたときに、我々の前にヒントとして現れるのがDXなのです。
理想と現実のギャップを埋める、デジタルの力
森
我々もかつては、めざすべきゴールがすでに見えており、そこにキャッチアップしていくというロードマップ型の研究を進めてきました。ところが近年は社会が複雑化し、そもそも何が問題なのかわからないことが多い。2015年から取り組んでいるお客さまとの「協創」では、まずは問題を見つけるところからスタートします。まさにバックキャスティング型のアプローチで、お客さまとともにビジョンをつくるのです。
SDGsの場合、「地球を救う」がビジョンでしょう。近年、日本では「100年に一度」の大災害が毎年発生するという確率論的におかしなことが起きています。これはまさに気候変動であり、国の違いを超えて地球レベルで取り組んでいくべき社会課題です。
では、それに対して企業はどうアプローチしていけばよいのか。先ほど、理想と現実とのギャップというお話がありました。ギャップが生じるのは現状の社会のしくみに無理があるからです。気候変動の問題に例えると、資源循環の新たなスキームを構築するなどの解決手段が考えられます。そこで活躍するのがAIです。いろいろなデータをAIで分析すれば、生活者のさまざまなインサイトが見えてくる。それをもとに、生活や仕事の仕方を変えるしくみを生み出せれば、理想と現実のギャップを埋められるはず。それをデジタルの力でサポートするのが、DXの神髄なのではないでしょうか。(第2回へつづく)
関連リンク Linking Society
■プログラム1
「ビジョンを実現するためのシステムチェンジ」
■プログラム2
「社会課題解決とDX」
■プログラム3
「DXの効果を共有する- Cyber Proof of Concept (Cyber-PoC)」
「第2回:なぜ『越境して接続する場」が重要なのか?』はこちら>
加治 慶光(かじ よしみつ)
日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 取締役会長、 鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。
森 正勝(もり まさかつ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 統括本部長。1994年、京都大学大学院工学研究科修士課程を修了後、日立製作所に入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事した。2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取りまとめたのち、日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンタ長を経て、2020年より現職。博士(情報工学)。
ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。
Linking Society
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。