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日立の社内勉強会「グローバル若手会」は、発足から5年で500人まで膨れ上がった。しかし、次第にメンバーの関心はネガティブな話題に転じ、日立という組織のあら探しに終始するようになる。一部のメンバーが離れていく事態に危機感を覚えた代表の佐藤雅彦は、再び経営学や経済学の理論を駆使し、その要因を分析。活動の目的を再定義し、2016年、「Team Sunrise」に名を変え新たなスタートを切った。

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「第1回:15年目を迎えた、日立の社内ネットワーク活動」はこちら>
「第2回:『変われる組織』のロジック」はこちら>

「大企業病」「若手が活躍できない」という思考停止用語からの卒業

2006年にわずか10人程度から始まったグローバル若手会は、立ち上げから5年後には500人を数えるまでに発展。組織を超えたコミュニケーションが加速していった。しかしその頃から、ネガティブな風が吹き始めていた。代表の佐藤雅彦はこう振り返る。

「『大企業病』や『若手が活躍できない』というワードが勉強会のテーマに挙がることが増えていたように思います。メディアや世間にはウケのよいテーマでしたが、組織の官僚化やセクショナリズムなどがもたらす弊害、若手が活躍できていない要因を探ったりと、日立の悪いところ探しが多くなっていたように感じます。また、人によって捉え方も異なり、どれだけ議論を重ねても具体的な解決策を生まない問題なので、いつしかコミュニティ全体が思考停止に陥っているように感じました。

その頃に先輩たちがおっしゃっていたのは、こうした若手を中心としたムーブメントは、何十年も前から数年おきに繰り返されてきたと。それを知って、真に企業に貢献するしくみや文化となるよう、勉強会を変えて行きたいと思いました」

ネガティブな言葉が飛び交えば、ネガティブな思考の人が集う。その状況に嫌気がさし、離脱してしまうメンバーもいた。いったい、なぜ人はネガティブな思考に陥るのか? 佐藤は再び、大学院で得た知見をもとに分析を試みた。

コミュニティを思考停止に追い込む「色眼鏡のサイクル」

佐藤が拠り所にしたのは、主に行動経済学の分野で活用されている「プロスペクト理論」だ。

画像: 菊澤研宗著『組織の経済学入門』をもとに作成。

菊澤研宗著『組織の経済学入門』をもとに作成。

この理論によれば、人は成功することで得られる心理的満足の大きさよりも、失敗により発生する不満足のほうが大きいという。さらに、成功体験を重ねても喜びの度合いは高まらない一方、失敗を重ねても不満の感情はそれほど高まらず、むしろ麻痺していく。これを投資家の行動に例えると、利益が出ているうちはそれが充分に上がりきらないうちに投資をやめてしまうのに対し、損失が生じても投資し続けてしまう傾向がある。つまり、利益が出ているときはリスクを回避する行動をとるが、損失が出ているときはリスクを追求してしまうというものだ。この理論を佐藤はコミュニティやネットワーク活動に当てはめ、次のように図式化した。

画像: コミュニティを思考停止に追い込む「色眼鏡のサイクル」

「コミュニティやネットワーク活動を思考停止に追い込む原因には、参加する人々の心の持ち方により2種類の色眼鏡を通した『思い込み』がもたらすサイクルがあると仮定しました。その1つが『イエスマンサイクル』です。効率を重視し無駄なことはしないという色眼鏡を通した思い込みの度合いが過ぎると、指示待ち姿勢になってしまいます。無難な成功体験を重ねることで、だれからも批判はされないものの、現状維持にとどまってしまう。いざ『新しいことをやれ』と言われると『やらされ感』が生じ、活動そのものが形骸化してしまいます。

もう1つが『アウトローサイクル』です。『大企業病』や『若手が活躍できない』といった、ウケはよいけれどもネガティブなワードに頼り、ゆがんだ正義感という色眼鏡を通した思い込みから過激な発言やリスキーな行動を繰り返すと、初めは盛り上がりますが、どんどん言動がエスカレートしてしまい、周囲からの理解も得られず孤立してしまいます。どちらの思い込みも、決して新しいことを起こすことはできません。この現象を、思い込みによる『色眼鏡のサイクル』とわたしは呼んでいます」

この結論にたどり着いた佐藤に後年、自信を与えたのが山口周氏の著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』だ。同書にはこんな記述がある。“システムを修正できるのは、システムに適応している人(=エリート)だけ。(中略)さまざまな便益を与えてくれるシステムを、その便益にかどわかされずに、批判的に相対化する。これがまさに、21世紀を生きるエリートに求められている知的態度なのだ”。(一部編集)

「組織を変えていくのは、その組織で信頼を得ている人。ただ、彼らは組織から利益を得ているのでイエスマンになりやすい。だからこそ美意識を磨き、組織を変えられる力を養う必要がある。そう、わたしは解釈しました。要するに、イエスマンかアウトローかの一択ではなく、そのバランスが大事だということです。自分の心がイエスマンの色眼鏡になっていると感じたら、『新しいことに一歩踏み出せているだろうか』と自問し、アウトローの色眼鏡になっていると思ったら、『身近な人を幸せにできているだろうか』を考えなくてはいけないと気づきました」

画像: 山口周氏(左)、恩師の菊澤研宗氏(中央)とともに写真に収まる佐藤雅彦。

山口周氏(左)、恩師の菊澤研宗氏(中央)とともに写真に収まる佐藤雅彦。

イノベーションのタケノコを応援する「Team Sunrise」

佐藤は活動の目的を再定義した。それは「日立に新事業をつくろう」。同時に、日立の「いいところ」探しに注力できるよう活動の方向性を変えるべく、地に足を着けた運営方法の検討に着手していた。その矢先のことだった。2015年、初開催された日立の社内ビジネスプランコンテスト「Make a Difference!」において、グローバル若手会から応募した提案が入賞。国内外600件を超える応募の中からわずか5組のファイナリストに選ばれたのだ。

画像: 2015年、日立社内のビジネスプランコンテスト「Make a Difference!」で入賞したTeam Sunriseのメンバー。中央が社長の東原敏昭。

2015年、日立社内のビジネスプランコンテスト「Make a Difference!」で入賞したTeam Sunriseのメンバー。中央が社長の東原敏昭。

これを機に、グローバル若手会への注目度が急上昇。ちょうど活動のリニューアルを図っていた佐藤らは、翌2016年に名称を「Team Sunrise」に一新し、リスタートを切った。「Sunrise」とは日の出、すなわち日立を意味する。第2回でも触れた「取引コスト」を伴いながらも実行力を持った組織を山に例えると、ちょうど太陽が昇るような位置にTeam Sunriseの活動があり、役職や世代を超えて人々がつながる「斜めの場」として、日立の仲間を照らしているというイメージだ。活動のシンボルは、タケノコ。そこには、「『応援する文化』を大事にしたい」という佐藤たちの強い思いが込められている。

画像: Team Sunriseの活動イメージ(左)から佐藤らが考案したロゴマーク(右)。

Team Sunriseの活動イメージ(左)から佐藤らが考案したロゴマーク(右)。

「タケノコって、普段は人目につかないところでものすごい勢いで伸びているそうです。実は土の中に根っこがネットワークのように張り巡らされていて、『ここだ!』という場所を見つけるとポンと地上に顔を出す。タケノコのように、未来の事業のアイデアを抱えながらだれにも相談できずにいる人が、日立の組織にはたくさんいるはずです。いわば『イノベーションのタケノコ』に光を当て、育てていきたい。そのためには、アイデアを携えて相談に来る人だけではなく、その応援者になってくれる人も同時に増やす。それがTeam Sunriseの活動のポイントです」

意識の高いごく一部の従業員だけが集うのではなく、組織や世代、職位を超えて、斬新なアイデアを持たずとも気軽に参加できる敷居の低い場。活動方針を変えたことで勉強会への参加のハードルが一気に下がり、再び人が集まってくるようになった。2017年、Team Sunriseの登録者はついに1,000人に達した。

「第4回:コロナ禍で挑む『イノベーションのDX」」はこちら>

CASE STUDY

画像: イノベーションのタケノコを応援する「Team Sunrise」

石川司将(日立システムズ)

高校を卒業した2006年に、旧・日立電子サービス(現・日立システムズ)に入社しました。しばらくカスタマーエンジニアとしてシステムの保守業務を担当していましたが、のちに事業企画部門に異動しました。海外企業のM&Aに携わり、シリコンバレーへの赴任を経て、現在は再び事業企画に従事しています。Team Sunriseには旧・グローバル若手会時代の2009年から参加しています。

カスタマーエンジニアからのキャリアチェンジのきっかけになったのは、日立グループの社内SNS『COMOREVY(こもれび)』への投稿でした。2009年頃のことでしたが、当時AWSなどのパブリッククラウドが注目され始めていたので、「これからはクラウドに大半のシステムが移行するので、従来型のシステム構築やIT機器の保守は少数になっていく。IT機器に限らず、さまざまな機器に対応できる保守サービスが求められるのでは」という私見を書き込んだのです。

その投稿を読まれたグループ会社の経営企画部門の方が、当時グローバル戦略を担う人財を探していた日立システムズにわたしを推薦いただいた縁で、事業企画に異動しました。その後もTeam Sunriseのネットワークを活用し、グループ会社の方と共同で顧客に通信事業を提案したり、個人的にお手伝いしていた宇宙開発プロジェクトと共同で、当社が東日本大震災からの復興イベントを企画・開催したりと活動の幅を広げています。

今は海外市場へのビジネス展開に携わるかたわら、通信制大学に通い経営学を学んでいます。ゆくゆくはMBAの取得も視野に入れ、今持っている専門性をさらに高めたい。そして、自分のスキルやアイデアを時代に合った形で社会に提供していきたいと考えています。

画像: イノベーションを育てる社内ネットワーク「Team Sunrise」
【第3回】思考停止からの再起動

佐藤 雅彦(さとう・まさひこ)

NGOのIT責任者を経て、2001年日立製作所に入社。情報通信事業のシステムエンジニアリングや新会社設立、M&Aなど新事業企画に従事しながらMBAを取得。本社IT戦略本部などを経て、2018年より日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 主任研究員。2006年より継続する社内ネットワーク活動「Team Sunrise」(旧称:グローバル若手会)の代表を務める。東京工業大学 環境・社会理工学院 イノベーション科学系 博士後期課程に在学中。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

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ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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