一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム 業務執行理事(常務理事)/株式会社 日立製作所 社会プラットフォーム営業統括本部 部長代理 齊藤 紳一郎
さまざまな業種の企業がデータを連携し、ブロックチェーンを活用して社会課題の解決をめざす一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム「NEXCHAIN(ネクスチェーン)」。第1回に続いて設立メンバーの1人、日立製作所の齊藤紳一郎にNEXCHAIN で議論されている3つの検討テーマについて詳しく解説してもらった。多くの人々や企業を悩ませてきた課題を解決するアイデアがそこには詰まっている。

「第1回:企業の連鎖で、未解決の社会課題に立ち向かう」はこちら>

引っ越し時の煩雑な契約変更を瞬時に。鍵は「KYC」

第1回でも触れたように、齊藤がブロックチェーン活用を考える中で初めて着目した社会課題が、引っ越しにともなう入居や電気、ガスなどの契約手続きの煩雑さだ。「各社が情報連携できるプラットフォームでつながれば、面倒な手続きを簡単にできるのではないか?」。その実現には、企業の枠を超える必要があることから、データの耐改ざん性を担保し証跡を厳密に管理するブロックチェーンの技術要素がマッチする。ヒントになったのは、既存のビジネスのしくみだ。

「金融機関の口座開設や通信会社の携帯電話契約では、KYC(Know Your Customer:本人確認情報)を法令に準拠した形で取得してからでないと手続きを進められないしくみになっています。KYCとは、要するに『その契約者が確実に存在している』という裏付けです。このKYCを、ブロックチェーンの技術要素を取り込み、証跡を厳密に管理した形で安全に連携できれば、引っ越し手続きの課題を解決できると考えました(※1)」

こうして生まれたのが、引っ越し手続きのワンストップサービスだ。

※1 KYC情報は個人情報にあたるため、データを削除できないブロックチェーンには書き込まない。

画像: 引っ越し手続きのワンストップサービス(サービスの実施時期は検討中)

引っ越し手続きのワンストップサービス(サービスの実施時期は検討中)

「まず、物件の内覧希望者にスマートロックの解除コードを渡して『好きなときにご自身で内覧していいですよ』というサービスが可能になります。ユーザーにとっても効率的ですし、人手が足りない引っ越しシーズンの不動産会社も助かります。不動産会社や物件のオーナー(大家さん)からすると、身元が定かではない人が同伴なしで物件に立ち入るのは抵抗感がありますが、このサービスで本人性が担保されれば、心理的ハードルはグッと下がるはずです」

ユーザーが自分で物件を内覧し、気に入れば入居の契約をする。このときの書類記入が手間な上、不動産会社にとっても負担になっている。

「契約書類は記入項目が多く、どうしても書き間違いが起こるものです。でも、その情報を事前にKYC提供事業者(通信会社や金融機関)から提供されれば、すべての項目が記載済みの契約書を用意できます。事務的な手戻りも少ないし、契約者の負担も減らせます」

こうして入居の契約が完了すると、不動産会社は契約者の入居予定日や新住所といった新たな情報(転居情報)を得る。これが大きな価値を持つと齊藤は語る。

「転居情報というものは鮮度が保たれているからこそ価値があります。これもユーザー許諾のもと、企業間で連携することで、入居してすぐに電気が使えるように電力会社は開通の手続きを進めておく、保険会社は入居日までに加入手続きを進めておくといった準備ができるようになります。また、引っ越し会社を確保できるタイミングが読めないために入居日を早めにして契約し、結果的に何日分か無駄な家賃を払ってしまうということはよくある話ですが、このワンストップサービスなら、そういった無駄をなくすことが可能になります」

NEXCHAINには株式会社サカイ引越センターも名を連ね、引っ越し手続きのワンストップ化に向けた準備が着々と進んでいる。

だれも慣れていない、遺産相続手続きの煩雑さ

引っ越し手続きに比べればなじみは薄いかもしれないが、いざ起きた場合に困るのが遺産相続の手続きだ。親が亡くなると、遺産相続の手続きを税理士や司法書士に委託するケースが多い。委託を受けた代理人は、故人の銀行口座や証券口座の停止・名義変更、保険や携帯電話、クレジットカード、賃貸の解約、税金の支払いや年金を止めるといった多岐にわたる手続きを代行する。これがかなりの手間になっていると齊藤は指摘する。

「代理人は、故人が住んでいたエリアの金融機関を全部当たって、口座を持っていたかどうか調べます。以前は通帳や紙媒体の有価証券、各社からの封書といった確認書類がありましたけど、近年それがデジタル化しているので調べるのが難しくなっています。

遺族はまず相続するかしないかを3カ月以内に決めなければいけないのですが、故人にどのくらい資産があったのかを把握せずに判断するのは危険です(※2)。相続したはいいけど、実は莫大な借金があることがわかった……なんてことは実際にある話ですから。そんなことになったら、相続する側はその後の人生ですごく苦労することになります」

齊藤を中心とする日立の若手メンバーは、前述の引っ越し手続きについて調べる中で遺産相続の問題にも着目し、「企業間の情報連携である程度解決できるのではないか」と仮説を立案。相続の実態についてさらに深く調べていく中で、相続手続きの依頼者と代理人との橋渡しをしている株式会社エスクロー・エージェント・ジャパンの存在を知り、アドバイスを仰いだ。

「相続手続きをワンストップ化するにはどんなプレーヤーが必要かを整理するため、同社にお付き合いいただきました。ディスカッションのあと、『このサービス、一緒にやりませんか?』とお話しさせていただいたところ『ぜひやりたい。(税理士や司法書士などの)士業の業務を合理化するサポートができるのなら、それはすごく価値のあることだから』と、NEXCHAINに参加していただきました」

※2 遺族が知らない相続人が実は存在していた、というケースもある。その場合、相続人の調査に時間がかかってしまうため、所定期間内における相続可否の判断が難しくなる。

画像: ライフエンディングにおける手続きの効率化(サービスの実施時期は検討中)

ライフエンディングにおける手続きの効率化(サービスの実施時期は検討中)

上の図は、NEXCHAINで検討された相続手続きワンストップ化の大まかなしくみだ。まず、相続人の許諾のもと、故人の除籍謄本や相続人の戸籍謄本などの情報を、有資格者の電子署名を添えた上でNEXCHAINのプラットフォームに登録する。各社が登録情報を連携することで、遺された資産を速やかに把握でき、各種契約の解約・名義変更がすばやくできるようになる。一般的に相続資産の調査だけでも1週間~1カ月かかると言われているが、NEXCHAINのプラットフォーム上でそれを自動化できれば現状の半分以下に短縮できる見込みだ。

「そのためにも、参加してくださる金融機関をもっと増やさなくてはなりません。より多くの銀行のほか、株式会社証券保管振替機構(※3)、さらには暗号資産交換業者(※4)など、新しい形態の金融業種とも連携しないと実現できないサービスですから。相続に慣れている人はいないですよね。だからこそ、デジタルの力ですぐにでも解決したい問題です」

※3 証券会社から預けられた投資家の株式などを集中保管し、名義変更や売買に伴う受け渡し、発行会社への株主通知などを行っている。略称「ほふり」。
※4 仮想通貨の取引サービスを提供している企業。

ビルオーナー1軒1軒への交渉が不要に

これまで紹介した2つのサービスはBtoCだが、NEXCHAINではBtoBによる課題解決についても検討を進めている。それが、ビルやマンションなどの空き物件・スペースの活用に関する事例だ。

「今、通信会社が5Gの携帯電話基地局の整備を進めていますが、その設置スペース確保ですごく苦労されていると聞いています。通信会社が基地局の設置箇所候補を選定すると、工事会社がその建物のオーナーを1軒1軒まわって許諾を取っていくのですが、いきなり知らない人が訪ねてきて『携帯電話の基地局を建てさせてください』と言われてもOKする人はなかなかいません」

電波の特性上、5Gの基地局はカバーできる範囲があまり広くないため、4Gの基地局よりも高密度に設置しなくてはならない。しかし、齊藤が語るような問題があり、用地確保は人海戦術で進めていると言う。そこで登場するのが不動産会社やハウスメーカー、そして通信会社をはじめとするインフラ会社だ。

「不動産会社が持っている、オーナーへのアクセス可否情報を通信会社と連携できれば、『このビルに基地局を建てたい』となったときに、不動産会社がオーナーに掛け合ってスピーディーに許諾を取ってもらえる、そんなしくみをめざしています。そのためには、「だれが」「いつ」「どのバージョンの許諾を」といった情報を、企業の垣根を越えて厳密に管理する必要があり、ブロックチェーンの特性が生きるのです。

不動産会社はオーナー一人ひとりのこだわりまで把握していますし、ハウスメーカーは『このビルなら耐荷重このくらいまでいける』といった物件の構造情報まで持っています。そうすると、建物の外観を気になさるオーナーの物件には、基地局に化粧ケースをつけて設置するといったこともできる。許諾を取りやすいばかりでなく、オーナーにもご満足いただける施工ができるのです」

画像: 空き物件・スペースの資産活用を効率化するサービスの概念図。「インフラ」が本文中の通信会社に該当する。(サービスの実施時期は検討中)

空き物件・スペースの資産活用を効率化するサービスの概念図。「インフラ」が本文中の通信会社に該当する。(サービスの実施時期は検討中)

空き物件活用の用途は、基地局だけに限らない。インフラを提供するあらゆる企業とつながることで、可能性はさらに広がると齊藤は力をこめる。

「今回ご紹介したのは通信会社の例ですが、例えば飲料メーカーや医療機器メーカー、自動車メーカーと連携することもできます。自動販売機やAED、EVの充電スタンドも基地局と同じで、場所と電源さえ確保できれば設置できる。でもそのために1軒1軒ピンポンして許諾を取って工事の日程を調整するのはかなり手間です。そんな悩みを抱えている企業とつながりたいですね」

データ活用で困ったときの「よろず相談窓口」

画像: データ活用で困ったときの「よろず相談窓口」

世間の注目を集め、多くの企業がその活用を検討しているブロックチェーンだが、ビジネスによって向き不向きがあるはずだ。メリットを得られるのはどんな企業なのか、最後に聞いた。

「BtoBでの活用を前提としたならば、データを使って実現したいことが明確な会社ですね。あるいは、自社が持っているデータを活用してくれる企業を探している会社です。ブロックチェーンの活用は、”会社をまたいで複数のステークホルダーとつながる”ための合理的な機能を提供する手段であることを念頭に置いて考えるべきです。その上で、ブロックチェーン活用で企業が行き詰まるポイントは主に3つあります。

『他社と情報連携したいが、どこと組めばよいかわからない」
『異業種で集まってディスカッションしたいが、ファシリテーションができない」
『新しいサービスアイデアの実現性を評価するシステム環境を早く作りたいが、予算がない」

そういった行き詰まりのポイントを見つけて、うまく行くようサポートし、そっと背中を押してあげる。それがわたしたちの役割かなと思います。理想は、『こんなビジネスがやりたいのだが、どうすればいいかわからない』という相談があったときにすぐ答えられる、データ活用の『よろず相談窓口』。NEXCHAINをそんな組織にできたらいいですね」

次回はNEXCHAINの会員企業に取材。各社の参加のねらいや活動の現状などから、NEXCHAINの全貌を明らかにしていく。

関連リンク:NEXCHAIN公式サイト

画像: 企業間情報連携という新たな挑戦
【第2回】ブロックチェーンで解決する、引っ越し・相続・基地局の困りごと

齊藤 紳一郎(さいとう しんいちろう)

株式会社日立製作所 社会プラットフォーム営業統括本部 第二営業本部 第一営業部部長代理。1980年、東京都生まれ。メーカー系通信端末販売会社を経て、2007年日立製作所入社。通信会社の基幹システム構築プロジェクト及びコールセンター等のアウトソーシングサービスの立上げプロジェクトに従事。2017年よりエンタープライズ領域におけるブロックチェーンのビジネス適用の検討に参画。Society 5.0のめざすつながる社会の実現へのブロックチェーン適用の可能性を検討中。2020年4月発足の一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム「NEXCHAIN」立ち上げメンバー。

Executive Foresight Onlineは9月4日(金)15:00より、「ブロックチェーンを活用した企業間情報連携という新たな潮流」と題した公開取材を配信します。早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏とNEXCHAIN理事長・市川芳明氏による対談や、NEXCHAIN会員企業による座談会などを通じ、ブロックチェーンを活用した企業間情報連携についてEFO独自の視点で深く掘り下げます。ぜひご参加ください。

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