エデューケーション(教育)とケア(保育)を融合させた「エデュケア」
――中村さんが1987年に創業なさったポピンズは、国内最大手のベビーシッター派遣事業をはじめ、全国約300カ所以上に及ぶ保育施設の運営を手掛けていらっしゃいます。御社が考える保育のあり方、考え方にはどんな特色があるのでしょうか。
中村
当社では、エデューケーション(教育)とケア(保育)を融合させた、独自の「エデュケア」を通じてお子さまの成長を促す上質な保育の実践をめざしています。子育てのプロフェッショナルとして、単にお子さまの生活のお世話をするだけでなく、英語やアート、スポーツなどを教えています。また、介護や家事支援のサービスも手掛け、働く女性を応援しています。
――ポピンズの創業に至った、そもそものきっかけは何だったのでしょうか。
中村
話は、いま社長を務めている娘の轟(とどろき)麻衣子が生まれる前までさかのぼります。
もともとテレビ朝日のアナウンサーだったのですが、出産を機に入社3年半くらいで退職しました。“女性は結婚して子どもができたら家庭に入る”という風潮がまだまだ強かった時代でしたから、疑問を感じることなく専業主婦の道を選びました。そんな生活が3年ほど続いたある日、テレビを観ながらふと気づいてしまったのです。
「やっぱりアナウンサーの仕事がしたいな」と。
さらに、家庭の事情で働かざるを得なくなったこともあり、フリーのアナウンサーとして再スタートしました。娘が3歳くらいの頃でした。
5人目にしてやっと出会えたベビーシッター
中村
ただ困ったことに、当時フリーランサーは子どもを保育園に入れることができませんでした。でも仕事は時間帯がバラバラで、深夜の出勤もあれば土日平日も関係ありません。取材で1カ月海外出張なんてこともありました。親にも頼れない状況だったので、結局ベビーシッターさんに娘の保育をお願いしました。ところが、そこで問題が発生したのです。
その頃の日本は、ベビーシッターが職業として確立していなかった時代です。仕方なく家政婦紹介所に斡旋されたシッターさんに娘を預けたのですが、言葉遣いは乱暴だし指定の時刻には遅刻するしと問題だらけ。安心して任せられるシッターさんにやっと出会えたのは、実に5人目でした。
この体験を通じて、大きな疑問を持ちました。本気で働かなくてはいけない女性をサポートする育児の体制が、日本では整っていないことに。
そこで海外の事情を調べてみたら、イギリスではベビーシッターを「ナニー」と呼び、子守だけでなく教育まで担うプロフェッショナルな職業として確立されているとのこと。当時すでに100年の伝統を持つノーランド・カレッジが輩出したナニーが、子どもの世話をするスペシャリストとしてイギリス王室などで働いていることもわかりました。それを知って、「日本にもそんなサービスがあったらいいなあ」と、おぼろげに感じていました。
「新しい経営者像の会」で手に入れた財産
――その後もフリーアナウンサーの仕事はしばらく続けたのですか。
中村
ええ、テレビ番組以外の司会もいろいろさせていただくようになって忙しくなっていきました。転機になったのが、1976年に始まった「新しい経営者像の会」の司会でした。松下幸之助さんや本田宗一郎さんといった当時の著名な経営者が会員に名を連ね、毎月1回、帝国ホテルで朝7時半から開かれた勉強会です。講師には、経営者や当時の首相をはじめとする政治家にお越しいただきました。
日本の政治・経済のトップに立つ方々のお話を毎月拝聴できたこと自体も財産ですが、一番大きかったのは、情報を分析する目を養えたことです。たくさんの情報があふれている世界で、ニュースソースそのもの、つまり最新情報を発信しているご本人の話を直接聴くことで、一流の経営者の生き方に触れることができました。最終的には8年間にわたって司会を務めさせていただきました。
エグゼクティブをめざす女性のための協会「JAFE」設立
中村
フリーアナウンサーの仕事をしていた頃、気になることがありました。日本ではまだまだ女性の管理職が珍しかった当時、キャリアアップをめざしてバリバリ働いている友人に会うと、決まって彼女たちの口を突いて出る文句がありました。
「会社が悪い」「上司が悪い」「夫の理解がない」
要するに、キャリアアップが上手くいかない理由を周囲のせいにしていたのです。わたくしはこう思いました。
「本当にそう? ヒトのせいにするのではなく、自分自身が変わる必要があるんじゃないの?」
そこでひらめいたのが、「新しい経営者像の会」の女性版を作ることでした。経済界のトップや政治家を講師にお招きし、お話しいただく。そこで得た知見を仕事に活かせれば、彼女たちは変わるはず。そして、その変化に気づいてくれる上司は必ずいるはず。そうすれば、女性にもキャリアアップのチャンスがきっと訪れる。そう考えたのです。
そんな思いで設立したのが、JAFE(ジャフィ:Japan Association for Female Executives)、日本女性エグゼクティブ協会です。1985年4月のことでした。モデルにしたのは、アメリカで約20万人の女性管理職のネットワークを構成しているNAFE(National Association for Female Executives)です。
JAFEには、企業や官庁で管理職となっている女性約300人が、会員として集まってくださいました。「新しい経営者像の会」で築き上げた、たくさんの経営者や大臣の秘書官といった方々とのネットワークのおかげです。このJAFEでの経験が、のちのポピンズ創業へとつながっていきます。
――設立から30年以上続くJAFEですが、現在はどんな活動をしていますか。
中村
ここ数年で一番大きかったのは、わたくしが実行委員長を務めさせていただいた2017GSW(Global Summit of Women:世界女性サミット)の開催です。GSWは、JAFEの国際版のような位置づけと言えばよろしいでしょうか。世界62カ国から約1,600名の女性エグゼクティブを、東京の迎賓館にお招きして行いました。
実は最初、関係者から迎賓館の利用を断られました。「迎賓館は国王や大統領、首相といった外国からの賓客をお迎えする施設です。これまで民間の方にお貸しした前例はありません」。でもわたくしは引き下がりませんでした。「確かに2017GSWは民間のイベントですが、その参加者には約30カ国の閣僚級の女性も含まれています。世界中から要人がいらっしゃるのですから、ホスト国としてきちんとおもてなしをすべきではないですか?」と。関係各所を相手に粘り強く交渉を続けた結果、ようやく2日間貸していただけることになりました。100年を超える迎賓館の歴史で、2017GSWが初めての民間利用となったのです。
中村紀子(なかむらのりこ)
テレビ朝日アナウンサーを経て、1985年にJAFE(日本女性エグゼクティブ協会)を設立。 1987年、株式会社ポピンズホールディングスの前身・ジャフィサービス株式会社を設立。現在、同社代表取締役会長。公益社団法人全国ベビーシッター協会副会長、厚生労働省女性の活躍推進協議会委員、2017 世界女性サミット(GSW)東京大会実行委員長などを歴任。第1回日本サービス大賞厚生労働大臣賞(2016年)、日経DUALベビーシッターランキング1位(2019年)など受賞多数。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。