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変化が相次ぐ今日のビジネスに求められるリベラルアーツについて山口氏と考える本シリーズ総論編の最終回。一人ひとりに固有のコナトゥスを発揮するために、さらにその実現方法を探るためにも有効だというリベラルアーツが、これからの経営者やリーダーにとってどんな武器となり、力の源泉になりえるのかを語っていただく。

「第1回:なぜ今“美意識”が必要なのか」はこちら>
「第2回:人間の本質を深く理解するために」はこちら>
「第3回:単一のモノサシに偏ってしまった日本人」はこちら>
「第4回:コナトゥスの発揮こそ、次代を切り開くカギ」はこちら>

リベラルアーツは常識の正体を見破る

――改めて、本シリーズのタイトルは「経営の足元を築くリベラルアーツ」ですが、経営者やリーダーが、これまで語っていただいたコナトゥスを発揮するためにリベラルアーツを学ぶ意義についてお聞かせください。

山口
自らのコナトゥスを発動させるためには、まず今の自分がどんな常識やシステムに囚われているのかを見極めることも大切でしょう。ものごとを相対化させ、複眼的に見るためにも、リベラルアーツは非常に有効だと言えます。

今日、私たちが当たり前の常識だと思っているものでも、歴史的に見てみると、そうではないものがたくさんあります。例えば、低金利は異常なことだという考え方もその1つですね。人類史では、むしろ低金利の期間の方が長くて、社会としても多くの利点があったんです。

自分が常識と考えるものが、一種の自然淘汰として落ち着いたものなのか、効率性や省力性を追求した結果、不自然ながらまかり通っているものなのか。リベラルアーツは私たちを取り囲む常識の正体を見抜く感度を養ってくれるものだと思います。

――コナトゥスの発揮は、常識の正体を見抜くことから、始まるのですね。

山口
例えば、すべてに量的なモノサシを当てて判断することや、株主資本主義などの極端なシングルスタンダード指向などは、日本において自然淘汰の帰結として定着したものではなく、むしろ本来的には馴染まないものです。そういったことを見抜けなければ、自らのコナトゥスを発揮することは難しいでしょうし、さらには大きなチャンスを見逃してしまうことにもなりかねない。イノベーションの種は、不自然にまかり通っている常識(非常識)の中にこそ存在していて、それを乗り越えるようなオルタナティブ(代案)を提案できれば、多くの人から共感を得て世の中を大きく変えることができるかもしれないんですね。

こうした意味からも、近代文明のあり方を否定して新しい国・社会を築こうとしたキューバの革命家チェ・ゲバラが生涯を通して読んでいたのが、現代の法学者や憲法学者が書いた本ではなく、ギリシャ時代に書かれた古典だったということも示唆的です。歴史の淘汰に耐えてきた知、あえて遠く離れた古典を読んで現代の自分を相対化する視点というのは、まさにリベラルアーツを学び、自身の価値基準を養うということですよね。リベラルアーツは、未来が見えない今の時代にも通じる、これからの社会像を模索するために“役立つ武器”なんだと思います。

画像: リベラルアーツは常識の正体を見破る

コモンセンスと広い世界観を持つために

――自分が今どんなところに立っているか、俯瞰的に捉えることができれば多くの発見がありそうです。

山口
当たり前の常識を超えた、深い人間理解と皮膚感覚の知恵とは、「コモンセンス」ということになるでしょう。経営者やリーダーにとって、重要な判断の拠り所になるコモンセンスを養うという意味でもリベラルアーツは重要です。

ビジネスにおいて、数理モデルなどを用いて解析的に解ける問題は、せいぜい部長クラスまでに解決するもので、経営層には簡単に解が出ない、複雑で難しい問題ばかりが次々に上がってくるはずです。経営者には、そもそもその問題が解析的に解けるのかどうかを判断するセンスが不可欠です。そして、解析的に解けない問題に対しては、自分に蓄積された知の中から判断するしかありません。その拠り所になるのが「人間というものの本質に鑑みれば、こうなるはずだ」という深い意味でのコモンセンスだと思うんです。

もう1つ、現代の経営者やリーダーにとって重要な役割が「質的な意味を与える」ということです。そのためには自分の中に広い世界観を持つことが重要です。自分のコナトゥスを発揮させることと同様、仕事に確かな意味を感じて働く個人や組織は大きな競争力を持つものです。

――経営者が「質的な意味を与える」ことを実践されている事例があれば、教えてください。

山口
例えば、格安航空会社のPeach Aviationは、代表取締役CEOの井上慎一さん自らが会社の存在意義を「戦争を無くすため」だと言っています。過去の不幸な戦争は、互いに国を行き来していないから、互いをよく知らないから起こってしまった。未来を担う若者に多くの国に行って文化を体験してもらうことが最高の教育である。そのためには運賃を下げなければいけないし、たくさんの路線を用意しなければならない。それにはまず安定的な経営基盤を確保する必要があるから「コストが大事」と訴えるのです。

やっていることは他の格安航空会社と同じですが、質的な意味が与えられていることによってそれが社員の原動力となり、同社の強さにもつながっている。質的な意味を設定するには、より大きな価値の連鎖として、今自分たちがやっている仕事が「世の中」のどういう意味につながっているのか、そこにどうやったら貢献できるのか、自分の中に広い世界観を持ち、高い視座から考えていくことが求められてきます。

――コモンセンス、広い世界観、高い視座。いずれもリベラルアーツを学ぶ中でしか得られないものだということですね。

山口
最近、ビジネスの中でも「共感」が1つのキーワードになっていますよね。相手の思考の枠組みを捉えるという意味でも、自分の中に広い世界観を持つことはますます重要になっていくはずです。

とはいえ、一言でリベラルアーツと言っても、汲めども尽きぬ奥行きと広さを持っています。それが面白さでもありますが、その広大さに途方に暮れてしまう人もいるでしょう。次回以降は、哲学、歴史、文学、美術、音楽など各分野の「知の達人」を迎え、実践の手掛かりを探っていきたいと思います。

画像: Vol.1 総論編「リベラルアーツとは何か?」
その5 リベラルアーツは最高の武器になる

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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