“美意識”について考え始めたきっかけ
――まず、山口さんの問題意識の前提をお伺いしたいのですが、なぜ今“美意識”を訴えようと考えたのでしょうか?
山口
僕は以前から、自分の考えを残すためにデジタルメモを活用していて、心が動いたことがあると、メモに取りクラウドコンピューターの中に残すようにしています。それらの断片を再構成しながら本を執筆しています。本を書く人には作曲家と同様に、思いついたままに作曲を進める「モーツァルト型」、五線紙をいつも持ち歩いて、メロディーが思い浮かんだら少しずつメモをし、後で構成しながら作曲していく「ベートーベン型」の2種類のタイプがいるのですが、僕は後者ですね。
それで、自分自身、美意識についていつ頃から考えるようになったのか、クラウド内のメモを検索してみると、大体4年前くらいに“美意識”というワードが出てきます。
「これから活躍する人には、美意識がいるんじゃないか?」
本の骨子も、そのメモに全部書いてありました。それでは、どうしてそのように考えたかというと、理由は2つあって。1つにはエシックス(ethics)、倫理の問題ですね。当時、世の中にみっともないビジネスが、非常に多くなってきていると強く感じていたんです。
本の中にも書きましたが、コンプリートガチャ(*1)など、単に儲かればよいというようなビジネスモデルが横行し、世の中や社会が豊かになるような商品・サービスが、富と必ずしも結びついていない。世の中の営みをまるでゲームみたいに取り扱い、いかに効率よくお金を吸い上げるか、いかに楽をして年収を上げられるか、そんなことばかりに注目が集まりマスコミもはやし立てていました。若者ですら、そんな大人に憧れていた。この状況は、何か根本的におかしいのではないかと。
僕は、実は丸の内にある本屋、丸善の1階がどうも苦手で。入ってすぐの通路には最新のビジネス書が、ギラギラした宣伝文句とともにびっしりと連ねられている。何か、首根っこを掴まれて強引に勧誘される、そんな息苦しさをいつも感じてしまうんです。少し前まで、「私のマネをして年収10倍になれ!」といった、非常に視座の低い本ばかりがベストセラーランキングの1位から10位を占めて平積みにされていました。本屋の中でも、おそらく日本でいちばん学歴の高い人たちが集まる店においてです。これはもう民族としての節度が失われているのではないか。怒りというか、非常にエモーショナルに反応したことを覚えています。
*1 携帯電話やスマートフォン、パソコンで利用できるソーシャルゲーム上の課金システムで、課金によってランダムに入手できるアイテムのうち、特定の複数のアイテムをすべてそろえる(コンプリートする)ことで稀少アイテムが獲得できる。結果的に多額の料金を請求される利用者が多く、消費者庁は2012年、この仕組みが景品表示法違反になるとの見解を示し、ゲーム配信元各社はコンプリートガチャを終了することを発表。
――美意識を考える1つのきっかけが、エシックス(ethics)、倫理の問題だったと。では、もう1つは何だったのでしょうか?
山口
もう1つはクリエイティビティ(creativity)、創造性と強さの問題です。資本主義の経済ですから、日々膨大な商品とサービスが生み出されていくわけですが、こんなにモノに溢れているのに、自分が欲しいと思えるモノが少ない。これって不思議だと思いませんか?
たとえば、スマートフォンが普及する前の日本の携帯電話。各メーカーが独自に開発しているはずなのに、横並びのデザインでしたよね。2007年に、新参者のアップルが、まったく新しい発想で作られたiPhoneを引っ提げ日本の携帯電話市場に参入してからは、日本のメーカー各社は、驚くほどあっけなく敗れ、多くは市場からの撤退も余儀なくされました。
では日本の携帯電話はどのようにして作られていたのか。実は莫大な費用を投じてコンサルティング会社に調査を依頼し、作られていたのです。コンサルティング会社は、依頼通り、「正しく」消費者調査を設計、実施し、結果を分析する。そして、調査結果という科学的、数値的な裏付けのもとに、「正しく」て「強い」商品を作ったつもりでいたのです。しかし、iPhoneのように感覚的、直感的に「カッコいい」と感じる商品が出てきたとたん、足をすくわれるように負けてしまった。各社がサイエンスに基づいて「正しい」と信じて開発してきたものは、どの会社にとっても「正しい」わけで、それは差別化にはつながらない。「正しさ」はもう「強さ」にはならない。それが白日の下に晒されたわけです。
僕自身は当時、戦略コンサルタントの仕事をしていました。データ分析に基づいたロジックで戦略を作るといった、まさにサイエンスを拠り所とした仕事で、「正しさ」に基づいて強い事業が作れるんだと、ドグマのように信じて仕事をしていたわけです。でもふと立ち止まり、世の中をみたときに、「正しさは、もうコモディティだ」と思ったのです。正しさだけだと、もはや当たり前のこと、誰が考えても同じ結論になることしか提案できないと気づいたのです。
僕はその後、戦略コンサルタントの仕事を離れたのですが、日本では戦略コンサルタント仕込みのロジカルシンキングという、欧米では既に古くなりつつあった手法に追従する企業が続きました。その先には蜃気楼しかない、もはや落ちていくだけなのにという、何とも言えない気持ちでいました。
VUCA(*2)といわれる今日でもなお、多くの企業がコンサルティング会社や広告代理店に巨額の費用を支払って、「何年先にどうなるのか?」という未来予測を依頼しています。はっきり言ってそんな発想が時代遅れなのです。未来を他人に聞くのではなく、「あなたは、いったいどうしたいのですか?」と、そろそろ問いそのものを変えなければならない時期に来ているのだと思います。
エシックスの問題にせよ、クリエイティビティの問題にせよ、元をただしてみれば、ある種のみっともなさに対する自覚というか、“美意識”が欠けているのではないかと考えたのが大きなきっかけだったんですね。
*2 Volatility=不安定、Uncertainty=不確実、Complexity=複雑、Ambiguity=曖昧、今日の世界の状況を表す4つの単語の頭文字を合わせたもの。
ものごとの“行き過ぎ”に対する世界的な潮流
――なるほど。そういったことを背景に、美意識が必要だと訴えているのですね。美意識をはじめ、人間的な感覚や判断を重んじようとする流れは世界的な潮流にあるのでしょうか?
山口
アメリカではリーマンショック以来、マインドフルネスが一種のムーブメントになっています。シリコンバレーでは、トレーニングとして取り入れていない会社はないほど普及しています。マインドフルネスとは、今という瞬間に意識を向けるもので、言うならば外部ではなく、自分の内部に目を向けていくための手法です。自分が何に価値を置いているかを認識することは、創造性の源にもつながっているのではないでしょうか。
世の中は、何かが過剰になり何かが希少になると、なんとかバランスをとろうとする動きが常に生まれるものだと思うんですね。例えば、1970年代前後のヒッピームーブメントやホール・アース・カタログ(*3)なども、1950年代の行き過ぎた物質主義や享楽主義への一種の反動ですよね。
今マインドフルネスがアメリカでこれだけ浸透しているのも、リーマンショックに代表されるような、行き過ぎた金融資本主義に対する違和感から来ているのではないかと思います。
アメリカの例のように、行き過ぎたサイエンスやエコノミーといった価値基準に対し、反対のベクトルへとバランスを取ろうとする動きは世界的な潮流にあると感じています。ハーバードやスタンフォードなど、アメリカの大学の学部ではリベラルアーツ系の講義を中心に据えていることが多いのですが、10年ほど前からは、さらにそれを増やす方向へと大きく舵を切っているそうです。実学は大学院で学ぶものなのです。また、グローバル企業の多くが幹部候補生をMBAではなく美術系大学院へと送り込んでいること、アート系人材を次々と招聘していることなども、そんな最先端の潮流を物語っていると言えるでしょう。
*3 1968年に作家のスチュアート・ブランドによって創刊されたヒッピー向けの雑誌。スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式のスピーチで語ったことで有名な「Stay hungry. Stay foolish.」は同誌最終号の裏表紙に記載された言葉。
山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。