早稲田大学ビジネススクール准教授 入山章栄氏/株式会社日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部 人事総務本部 担当本部長 髙本真樹
HRテックを用い、技術系の新卒採用で狙いどおりの人財タイプを採ることに成功した日立の髙本真樹。次に挑んだのは、社員の生産性向上だ。髙本がHRテックで計測しようとしたのは、社員一人ひとりの意識。その狙いとは何か。一方の入山章栄氏は、日立の人財戦略の根底にある「個に寄り添った人事マネジメント」というコンセプトに反応。人事界のキーパーソン某氏との共通点を指摘した。

「第1回:HRテックが変えた、日立の新卒採用」はこちら>

社員の状態を可視化し「共通言語」を持つ

髙本
我々が採用以外の人事業務にもHRテックを活用しようと考えた目的は、昨今の働き方改革のトレンドもあり、どうしても社員の生産性を高めることに取り組まねばならなかったからです。

生産性の考え方はいろいろとありますが、我々は「生産性=OUTPUT/INPUT」と定義しています。ここで言うINPUTは労働における総コストでそのほとんどが労働時間と考えてもよいと思います。OUTPUTは労働で生み出される付加価値を指します。今、働き方改革というテーマでよく話題に上がるのは分母であるINPUTの部分、すなわち「いかに労働時間を短くするか」ですよね。我々が重視するのはむしろ分子であるOUTPUTの部分、「短くなった労働時間をいかに有効活用して新たな価値を産む仕事に充てていくか」です。

我々がとったアプローチは、社員個人の意識を計測することでした。こういったお話をすると「意識はその人の主観なのに、計測できるの?」という疑問が浮かぶかもしれませんが、我々はこう考えています。意識が感情に働きかけ、感情が行動をつかさどる。意識が変化しなければ、行動も変化しませんよね。だから、まずは意識を測ることにチャレンジしてみようと。

画像: 社員の状態を可視化し「共通言語」を持つ

そこで、社員個人の意識を問う2つのサーベイを開発しました。1つは、社員の配置・配属のフィット感、つまり「ご機嫌な状態で働けているか」を計測するもの。もう1つが、社員一人ひとりが生産性の意識を高く持って働けているかどうかを計測するものです。これらの計測結果に、人事が持っている勤怠情報やさまざまな行動データを掛け合わせてAIで分析することで、社員の特性をつかみ、行動変容を促すアドバイスを一人ひとりにレコメンドできるようになってきました。

入山
そうすると、上司と部下のコミュニケーションの質も変わってきそうですね。

髙本
明らかに変わりました。例えば、「配置・配属のフィット感」を計測するサーベイでは、社員一人ひとりに33の質問をし、その回答結果から社員の状態を11の因子ごとに定量化します。その内訳は、「働き方許容性」といった組織が個人に働きかけている状態を示す因子が6つ。そして、「挑戦意欲度」など個々人の状態を表す因子が5つです。

すると、上司と部下が面談するときに、「あなたの改善ポイントは『挑戦意欲度』だね。じゃあ、こういうことに取り組んでみたらどう?」といった具体的な会話ができるようになります。

入山
つまり、11の因子が社員同士の共通言語になっていると。単に「生産性を上げよう」という漠然とした意識を持つだけの取り組みとは、スタート地点からして全然違いますね。

髙本
会社が社員一人ひとりに対して、ウィークポイントを改善しストロングポイントをより伸ばすサポートをすることで、本人が大きく成長して輝きを増し、結果として事業の成長にも貢献し、会社の利益も伸びる。そういった素敵な関係を築きたいのです。業績の悪い社員を「あいつはダメだ。成長できないのは自己責任だ」と言って切り捨ててしまうのは、ある意味でかなり無責任だと思います。これからの人事には「社員をお預かりしている」くらいの感覚が必要なのではないでしょうか。

大企業の人事が抱える2つの悩み

髙本
サーベイで分析を進めると、個人だけでなく組織の状態も可視化できるようになりました。ある部署では、社員の行動データと掛け合わせたところ、金曜日に残業している社員は総じて生産性が低いという結果が出ました。

入山
そんなことまでも分かるのですか。

髙本
理由は分からないのですが、データはそう物語っています。そこで我々は、何が要因になっているのかいくつか仮説を立てて検証し、金曜日に残業を減らすための具体的な施策を職場へ提案しました。

この部署がとった施策は、「金曜日の昼間は一切会議をしない」というルールを設けたことです。その結果、金曜日の日中に各社員が自分の仕事に集中できるようになったことで、定時退勤者が増え、休日の出勤が減りました。また、会議がないのでわざわざ出社する必要性も減り、在宅勤務やサテライトオフィス勤務が増え、さらには年休を積極的に取って3連休を作るようなケースも増えました。このように、自分に合った柔軟な働き方を、各自が生産性を意識しながら主体的にとるという変化が起きました。

こうしたHRテックを活用した我々の取り組みが評価され、経済産業省などが後援する「第3回HRテクノロジー大賞」を受賞することができました。また、日立社内でのこのような取り組みを通じて得た知見やノウハウを活かした、「日立人財データ分析ソリューション」を2018年の10月に社外リリースしまして、すでに約100社からお問い合わせいただいています。

入山
そんなに。すごい反響ですね。

髙本
各社の人事部門で多くの方が抱えているのは、「自分たちの業務の成果を何で測ればいいか分からない」「幹部に投資を求めるときにどんな投資効果があるか明示できない」という悩みだと思います。我々もまったく一緒です。社員一人ひとりの状態を、データでできるだけ可視化することが大切だと考えます。

入山
HRテックを使えば、経営者に対してデータで人事を語ることができますものね。なるほど。このソリューション……わたしも欲しいですよ(笑)。

画像: 大企業の人事が抱える2つの悩み

髙本
先生もマルチなご活躍で相当にお忙しいと思いますが、ご自身の研究に充てられる時間って、今どのくらいあるのですか。学生の研究も見ないといけないでしょうから、かなり大変かと思いますが……。

入山
正直申しますと、かなり減っています。ありがたいことに講演やメディア出演の仕事を数多くいただけているのですが、一番やりたい学術研究にかけられる時間がここ数年でかなり減ってしまって、危機感を持っています。まずはわたし自身の働き方改革が必要ですね(笑)。

人事とは個別評価である

入山
髙本さんがはじめにおっしゃった「個に寄り添った人事マネジメント」を聞いて思い出したのが、ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社の人事のトップでいらっしゃる島田由香さん。人事界ではかなり有名な方です。以前わたしの講義に登壇していただいたことがあって、そのときに社会人学生の1人が「島田さんの人事のポリシーは何ですか?」と質問しました。すると彼女は一言。

「人事とは個別評価です」

講義室はざわつきました。「え、大企業なのに個別評価?」と。

要するに島田さんの人事のポリシーは、「会社とは社員を幸せにするためにある」。一番大事なことは、社員一人ひとりの幸せだと。まさに髙本さんが取り組まれている人財マネジメントと同じ考え方なのです。

髙本
ええ、その考え方には心から共感しますね。

入山
ただ、大企業になるほど、人事が社員一人ひとりと対面でコミュニケーションを取り合うといったアナログな対応は難しい。そこにHRテックが登場したことで、デジタルな手法による個別評価が可能になった。それが今なのですね。

画像1: 対談 個を輝かせる人事
【第2回】社員一人ひとりの“意識”を測る

入山章栄(いりやまあきえ)
1972年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。株式会社三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、2013年から早稲田大学ビジネススクール准教授。経営戦略論および国際経営論を専門とし、Strategic Management Journalをはじめ国際的な主要経営学術誌に論文を数多く発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版,2012年)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社,2015年)。

画像2: 対談 個を輝かせる人事
【第2回】社員一人ひとりの“意識”を測る

髙本真樹(たかもとまさき)
1986年、株式会社日立製作所に入社。大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などを経て、現在システム&サービスビジネス統括本部 人事総務本部 担当本部長を務め、ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長を兼任。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける "伴走者"も務めている。

「第3回:人事は戦略部門である」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

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