『前編:ファッションレンタルではなく「パーソナルスタイリング」』はこちら >
世界には自分の知らない文化や価値観がある
高校から海外に留学したという天沼氏。ちょっと珍しいキャリアだが、その理由は、異文化にふれたいという純粋な思いからだった。当時のことを次のように振り返る。
「父の仕事の関係で、子どもの頃から海外の方との交流がありました。不思議に感じたのはクリスマスで、当時、日本では今ほど盛り上がってはおらず、子どもの私にはお正月のほうが楽しみだったんです。でも、父の知り合いは、クリスマスを盛大に祝っている。その様子を見ながら、世界にはいろんな文化があり、考え方や価値観は人それぞれに違うんだということをぼんやり理解した気がします」
知らない世界を見て、考え方の違う人々と触れあってみたい。そう感じた天沼氏は、両親の許可を得て、高校はアイルランドの日本人学校の分校を選んだ。大学をどうするかまでは考えていなかったが、全寮制の高校で過ごすうち、「もっと現地の人々の暮らしの近くで文化にふれたい」と感じるようになっていったという。
そこで次に向かったのはイギリスだ。一人暮らしをしながら大学に通い、「経営」と「情報」を学んだ。経営は、親族や知り合いに自営業の人が多く、起業に対する漠然とした憧れがあったから。情報は、子どもの頃からテクノロジーに対する興味が強かったから。専攻を選んだのも、そんなシンプルな理由によるものだった。
子どもの頃からテクノロジーに夢中だった
「振り返れば小学生の頃、既にカセットテープにデータを保存するコンピュータが家にありましたから、ITに触れたのは早い方だったと思います。その後、フロッピーが登場してきて、『これはすごい技術だ!』と感動したり(笑)。インターネットに触れたのはアイルランドの高校時代。まだ56kbpsのモデムでつないでいた頃の、ピーピーガーガー鳴る、あれです」
当時のインターネットは、まだ誰もが使えるものとはいえなかった。通信の速度も遅く、安定しない。それでも、海外に暮らしていたこともあってか、国境を越え、日本や世界中の人たちと直接つながれるという事実に、天沼氏は衝撃を受けたという。
「その後はご存じのとおり、テクノロジーが目覚ましく進化していきます。特にインターネット技術の進化には興奮しましたね。まだ学生でしたし、具体的な根拠が何かあったわけではありませんが、『インターネットは今後、社会の重要インフラになっていく。情報をどう扱うかが問われる時代になる』。そんなふうに感じていたことを覚えています」
絞り出したビジネスアイデアは100以上
そうしてITが体に染みついた天沼氏は、大学卒業後、帰国してアビームコンサルティング株式会社に入社する。「起業」は常に頭の片隅にあったが、その前に、自分に欠けていたビジネスの基本スキルを身につけたいという思いがあったからだ。大学で学んだ経営と情報をベースに、プレゼンテーション力やファシリテーション力を磨く。その後転職した楽天株式会社ではグローバル事業の構築に携わった。そして30代半ばを迎えた時、満を持して起業を決意する。
「2人の創業メンバーとミーティングを重ね、ビジネスアイデアを出し合いました。その数は100以上。そこに、自分たちなりの3つの基準を当てはめて、絞り込んでいったんです」
基準の1つ目は、「ITを使ったサービス」であること。つまり、ITがメインになるものではなく、「○○×IT」で発想するということを重視した。2つ目が「シェアリングエコノミーの要素を取り入れる」。損得ではなく、人間同士の信頼関係がベースにあるシェアリングエコノミーに、天沼氏は大きな魅力を感じていたからだ。そして3つ目が「人々のライフスタイルに溶け込むサービス」であることだった。
「私自身はITが大好きだし、コンサルとしてもずっとIT領域に携わってきました。でも、自分が立ち上げるサービスは、もっと根本的なもの、例えば『衣食住』に関わるものにしたかった。なぜなら、それが人々のライフスタイルに、より深く関われることにつながるからです。ライフスタイルに寄り添ったサービスは、必要とされて、長く使われるものになる。どうせやるなら、すぐに消えてしまわないような、意味のあるサービスにしたいねということを、いつも3人で話していました」
ファッション業界で働く人たちからの「NO!」
こうして、アイデアは衣食住の「衣」、ファッションと結びついていった。「忙しく働く女性」「子育てで手一杯」「なかなか洋服を買いに行く機会がない」「日頃忘れかけている、ファッションの感動やワクワク感」。コンセプトは当初、キーワードレベルの概念的なものだったが、何度もミーティングを重ねて、具体的なビジネスモデルに落とし込んだという。
「とはいえ、私はもちろん、残りの創業メンバー2人もIT畑の出身。ファッション業界のネットワークも知識も、まさしくゼロからのスタートでした。そこで、まずは詳しい人の意見を聞くべきだと、SNSでファッション業界の人たち約200人に意見を求めたんです。が、結果は……『経験ゼロで起業はあり得ない』『どのブランドからも相手にされないと思う』『絶対失敗する』。今思い出しても苦笑いしてしまうほど、ネガティブな反応がほとんどでした」
だが、考えたビジネスモデルには必ず需要があるという自信があったため、落ち込むことはなかった。むしろ業界内の人たちがどう感じるのかを知ることができて、起業したあとのオペレーションの参考素材ができたとさえ感じたという。その時点で、既に天沼氏の中には、経営者としてのぶれない信念が存在していたようにみえる。すぐに天沼氏は、「では、成功するために何をすべきか」に思考を切り替え、徹底的に考え始めた。
「行き着いた答えは、『品質管理』と『物流』の仕組みをどう構築するかということでした。具体的には、良い洋服を、良い状態でレンタルするためにはどうすればいいか。そして、その洋服を、どうやってユーザーに届け・返送してもらうか。これがなければサービスは成立しませんが、一方で、私たちだけでできることではない。そこで、パートナー企業を募って協力を仰ぐことが、ベストだと考えたのです」
早速、天沼氏と創業メンバーは業務計画書をつくり、クリーニング業界大手のホワイト急便、そして「minikura」を運営する寺田倉庫の門を叩いた。“餅は餅屋”というわけだ。
「サービスも立ち上げていない私たちにできるのは、構想していることや、ユーザーに提供したい価値を、まっすぐ伝えることだけでした。今考えれば、門前払いでも仕方ないところです。ところが、ありがたいことに2社ともしっかり話を聞いてくださり、私たちの思いに“賭けて”、協業を申し出てくれました」
ユーザーとの接点で得たデータを新たな武器に
こうして「airCloset」はサービスインにこぎ着けた。実は、リリース直後に、爆発的なアクセスによってサービスダウンするというトラブルもあったというが、それもユーザーの注目と期待が大きかったからこそ。その後は極めて順調にサービスを拡大しており、現在に至っている。
扱うブランドの数は、サービス開始時点で10程度。それが現在は300を超えた。当初アパレル業界からは、「新たな競合か」と警戒された面もあったというが、現在は多くのブランドがその価値を認め、業界をともに盛り上げていく同志としてエアークローゼットを受け入れている。
登録会員数も15万人を超えた。内訳を見ると、仕事をしている女性が約93%、20代後半~40代前半が約72%、子どもがいる割合は約44%。まさしく、狙った層に「刺さる」サービスに育っていることが見て取れるだろう。
「ただ、ここにニーズがあるとわかった以上、これからは競争も激しくなると思います。一層の差別化を図っていかなければ、生き残っていくことは難しい。その要は、やはりITだと考えています」
例えば、ファッションレンタルというビジネスモデルの特性の1つに、「ユーザーと繰り返し接点を持てる」ことがある。そこで同社では、収集したユーザーのスタイリング情報やコメントなどを、より幅広いサービス展開に生かしていくことを検討しているという。
「今後、『スタイリング提供システム』(※) でさらにデータを蓄積していけば、それらの声から市場のファッショントレンドを把握・予測したり、アパレルブランドが新商品の開発に生かすといった活用法も実現できると考えています。いずれにせよ、まだ誰もやったことがない領域で、面白いことを考えていきたいですね」
※2017年2月特許取得。特許番号 特許第6085017号
偉大な起業家の言葉を胸に、これからも挑む
ミッションは「ファッション×IT」で新しい価値を提案すること。天沼氏のこの考えは、創業以来一切ぶれていない。だが、これまでの日々やその中での仕事に目をやると、毎日がターニングポイントの連続だったという。
「特に、人や企業との出会いについては、どれが1つ欠けても現在のエアークローゼットはなかったと断言できます。例えば、寺田倉庫さん、ホワイト急便さんとの出会い。創業メンバーの2人や、現在ファッション領域のマネジメントを担当してくれている女性役員との出会い。ほかにも、今日までのすべての出会いが、今日の私たちを形成しています」
当然、「顧客一人ひとりとの出会い」も、現在の同社をつくってきた欠かせない要素の1つだ。出会いが、また次の出会いを呼び、ビジネスの一層の広がりを生み出していく。そんなポジティブなサイクルが、今のエアークローゼットの強みになっている。
「好きな言葉は、スティーブ・ジョブズの“Stay hungry. Stay foolish.”。私も常に、現状に満足せず、頭を柔らかくしてやっていきたい」。そう語る天沼氏、そしてエアークローゼットは、これからもハングリーに挑戦を続けていくだろう。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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