「普段着をレンタルする」という発想
貸衣装というビジネスモデルは古くからあるが、ウェディングドレスやパーティードレス、成人式や卒業式の和装など、あくまでも「特別な日」の衣装をレンタルするもの。気分の高まりとも相まって、値段はやや高額でもビジネスとして成り立っている。しかし、通勤や通学、友人知人とのちょっとした集まりに着ていく普段着の場合はどうだろう。日常生活のための服をレンタルすると聞いても、多くの男性はピンと来ないはずだ。
一方、女性たちの間では、普段使いの洋服をレンタルできるサービスが話題になっている。それが「airCloset」だ。ユーザーの「もう1つのクローゼット」として、新しいファッションとの出会い、マッチングを提供する。「日本初・国内最大級、女性向けの月額制ファッションレンタルサービス」として、2015年2月のサービス開始以来、急速にユーザー数を伸ばしている。
仕組みは至ってシンプルだ。まず、ユーザーはサイトにログインしたのち、自分の洋服サイズや好みのテイスト、色などを登録する。これだけで、プロのスタイリストが選んだコーディネイトが3着、専用のボックスで自宅まで届けられる。
特長は、いろんなファッションを楽しめることはもちろん、気に入った服は、利用料を払っている限り返却しなくてもよく、また購入することも可能な点だ。クリーニングは不要で、新しい服が試したくなったら3着まとめてボックスに入れて送り返すだけでいい。この手軽さが、多くの女性から支持されるポイントの1つだろう。
「自分たちはアパレル企業ではありません」
ところが、代表取締役社長 兼CEOの天沼聰氏にこのサービスの概要を聞くと、真っ先に返ってきた言葉は「当社は、単なるファッションレンタルを行うアパレル企業ではありません」。テクノロジーを活用し、今までにない「パーソナルスタイリングサービス」を展開するIT企業、というのが同社の位置づけなのだという。
「パーソナルスタイリングとは、読んで字のごとく、プロのスタイリストが、一人ひとりに合わせた服装の提案を行うサービスです。最近は、社会で活躍する女性が増えていますが、一方で仕事が充実すればするほど、お店に行ったり、ファッション誌を見ながらじっくり服を選んだりする時間は減ります。また、子供を出産すればどうしても子育て優先になり、たまにショッピングに出かけても、抱っこひもをしたままでは試着もなかなか難しい。そんな女性に、新しい服との出会いを届けたい。プロのスタイリストがコーディネイトした服を身につけ、ワクワクする体験をしてほしい。そんな思いで始めました」
airClosetは、同社が提供する一連のパーソナルスタイリングサービスの中核を担うサービスとなる。ほかにも、プロのスタイリストが常駐し、パーソナルスタイリングが体験できる実店舗や、選んでもらった洋服の試着・購入ができるECサービスも運営している。確かに、「レンタル」という側面だけを見ていては、同社の本質を見落としてしまうようだ。
妻とのふとしたやりとりがビジネスのシーズに
では、このパーソナルスタイリングというコンセプトは、どこから生まれたのか。きっかけは、天沼氏が感じたちょっとした疑問だった。
「妻と出かける際、『着る服がない!』という声を耳にしました。ただ、そこで妻のクローゼットを見にいくと、洋服がたくさんある。聞くと、だいたい決まったブランドで、似たような服で飽きてしまっていたり、着回ししにくい服ばかりになっているというんです」
この話、同じような経験をしている人は多いだろう。確かに、自分で洋服を買いに行くと、似合わないと思うデザイン・色は無意識に選択肢から外してしまうため、どうしても似たテイストのものが増えがちだ。どうコーディネイトしても、なんだか変わり映えしない。しかし、だからといって好きではない色を買うのも変だし、そもそも着慣れない色やデザインの洋服は、どう選んだらいいかわからない――。天沼氏はそこにビジネスのシーズを嗅ぎ取った。
「自分では選べなくても、プロが選んでくれるならどうだろう。ファッション業界にはプロのスタイリストがいます。プロが勧める服なら、『着てみたい』という気持ちになるんじゃないか。仕事や子育てで忙しくても、ファッションを楽しむモチベーションになるはずだと考えたんです」
こうした気づきが、airClosetのサービスにつながっていった。
毎回違うスタイリストが担当することに意味がある
現在、airClosetに登録しているスタイリストは約150人。既にテレビ、雑誌で実績があったり、女優・タレントを担当していたりする人もいるなど、一般に広く知られる仕事を手がけるスタイリストも多くいる。
「パーソナルスタイリングといっても、1ユーザーに1人のスタイリストを専属として付けるわけではありません。毎回、違うスタイリストが選んだ服が届きます。あえてこうした方式をとっています」
その理由も、天沼氏が何度も繰り返す「新しいファッションとの出会い」にある。ユーザーそれぞれに好みがあるように、スタイリストにも自分の色がある。専属にしてしまうと、毎回似たテイストの服が届く可能性もあるだろう。そのため、常に違うスタイリストが手がけるようにしている。
「自分では選ばない色やテイストの服が届くと、最初は戸惑う方もいます。でも、勇気を出してその服を着て会社や学校に行ってみると、『新鮮でいいね』『そういうのも似合うんだ』など、周囲の人からの反応が予想外に良かったと言ってくださる方がほとんどです。私たちのサービスが、『知らない自分』との出会いを生んでいる。そういう声を聞くたび、とてもうれしくなります」
この「ファッションとの出会い」というコンセプトは、サービスの他の面でも徹底されている。例えば、現在は約10万着の洋服を保有しているが、それらのブランド名は一切公表していない。「ブランド指名」のユーザーが増えてしまわないようにするためだ。また、洋服を返却する際は、「3着まとめて」が基本ルール。これも、好きな服を一着ずつ手元に残していって、結局自分の好みの洋服だけを着続けるという状態を避けたいとの思いからである。
「ただ、当然こうした方針は、パーソナルスタイリングサービスの品質が高くなければ貫くことはできません。そのため、届けた服に対する感想は、ユーザーから随時フィードバックしてもらうことで、微妙なサイズ感や着心地、色の印象などをデータベースに蓄積し、全スタイリストが共有しています」
この仕組みは、独自の「スタイリング提供システム」(※)として、既に特許も取得している。これを使うことで、どのスタイリストが担当しても、過去に試したテイストやサイズ感などを参考にしながら、質の高いパーソナルスタイリングが可能になる。常にユーザーに驚きを与える、満足度の高いサービスが具現化できるという。
※ 2017年2月特許取得。特許番号 特許第6085017号
IT一筋の歩みの先で出合った、ファッションの世界
このように、パーソナルスタイリングというコンセプトを武器に、ファッション業界に新風を吹き込んだ天沼氏。だが意外なことに、起業するまで、天沼氏本人とファッション業界との接点は「ゼロ」だったという。
実際、天沼氏はイギリスの大学で経営学、情報学を学び、卒業後はアビームコンサルティング株式会社に入社。IT・戦略コンサルタントとしてキャリアを積み、その後、楽天株式会社では海外拠点におけるWebサイトのUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)強化事業でグローバルマネージャーを務めている。いわゆる「ゴリゴリのIT系」だった天沼氏が、なぜファッションをテーマに起業することになったのか。後編では、その経緯に迫る。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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