「前編:イノベーションに欠かせない今後のビジネスの「方程式」とは?」はこちら >
共感が、新しい力になる
先の事例(前編)で示したように、企業がイノベーションを起こすには、ビジョンを描き、それを皆で共有しながら、チーム一丸となって実行していくことが必要です。ビジョンを描く際にもデザインの手法が役立ちます。それがビジョンデザインです。
まずは「社会変化の潮流を捉える」。そこに「生活者の視点を加えて将来の課題を洞察する」。そして「課題が解決した姿をビジョンとして描く」という手法です。どのように課題を解決するのか、方法を考えるのはその後です。
例えば、「IoTで街の人々の健康を守る」という具体的なビジョンを提示してみましょう。
「まずはデータを集めて何ができるか考えよう」というテーマより、はるかに周囲の人々の共感を得ることができるはずです。将来のビジョンを提示すると、「その目的のためなら一緒にがんばりたい」という周囲の共感を得られ、それが新しい力になるのです。ビジョンの実現に向けて、たとえ壁にぶつかったり不安を感じたりしても、皆がいろいろなアイデアを出して解決しようという力が湧いてくるのです。
ビジョンに共感した一人ひとりが、組織が、さまざまなアイデアで、社会にイノベーションを起こしていく。そんな世界が、いま政府の成長戦略で叫ばれている「Society (ソサエティー)5.0」の1つなのではないでしょうか。
新しいチャレンジを妨げる組織
デジタルシフトに不可欠な業務プロセスの変革を図ろうとすると、どうしても向き合わなければならないのが既存の枠組みとの軋轢です。もともと企業には、事業を滞りなく進めるための仕掛けが、あらゆるところに張り巡らされています。何も知らない新人が入ってきても、仕事に何ら支障をきたさないのは、そのおかげともいえます。だからこそ、既存の業務プロセスやルールのまま、新しいことにチャレンジしようとしても、1週間もすれば周りに矯正され、従来の発想に戻ってしまうのです。
ではイノベーションを起こしやすくするために、組織や人財をどう変えていけばいいのでしょう。1つの方法は、既存のルールから分離した組織運営やマネジメントを行える環境、いわば「出島(でじま)」を作ることです。江戸時代、海外から招へいした外国人を通じて先進技術や制度を取り入れた長崎の出島のように、新しいアイデアを創造しやすいチーム環境やルールを用意するのです。そのチームが社内外のさまざまな部門と積極的に交流しながらアイデアを育み、既存事業も含めた、新しい仕事のやり方を創っていくのです。
そのためには経営層も、出島チームの自由な活動をきちんとフォローし、対抗勢力から守っていかなければなりません。新しいアイデアを生み出すのは容易な作業ではありません。時間もかかり、成果がなかなか出ず、周囲からは「いつまで遊んでいるんだ」と冷たい視線を向けられることもあるでしょう。そんな居心地の悪い環境のままでは、いくらラディカルでポジティブな意思を持った人財でも力を発揮することができないのです。
経営層はそういったチームの想いをフォローし、「このチームは会社のビジョンに関わる大事な仕事を進めているのだ」ということを周囲に理解させ、新しい仕事のやり方に適した人財育成や人財マネジメント、組織運営などを検討する必要があります。
そして「出島の中で何か新しい芽が出て来たな」と感じた時は、すぐに新しい仕事のやり方を既存の業務プロセスの中に統合していく作業に移りましょう。出島がいつまでも出島のままでは鎖国制度と変わりません。経営層は、次の時代の新しい業務プロセスを創るために、守るべきルールと、変えるべきルールの双方を提案できるような優秀なスタッフを傍らに伴走させ、新しい事業の芽を早いうちにコア事業に反映させることが大切です。
そして新しい芽が市場や社会に受け入れられるよう、お客さまやパートナーにも具体的なビジョンを示し、共感と協創によって、より大きく広げていくことも大切です。それが、Society 5.0でめざすような大きなイノベーションを起こし、社会を変えていくはずです。
仕事のやり方を変えていくには
最後に、デジタルで仕事のやり方を変えるというお話をしたいと思います。これまで、イノベーションを起こすには、ビジョンやアイデアを考え、実行していくことが大切だというお話をしてきました。そのためには創造力を働かせ、アイデアを生み出し、積極的にコミュニケーションを取る、そんなクリエイティブな時間がもっと必要になります。
一方で、現場では、既存の業務を止めるわけにはいかない、なかなか時間がとれないというのが実情かもしれません。しかし、現場をよく見てみると、定式化(パターン化)できるような業務が意外とあるはずです。
今まで熟練者しかできないとされていた領域でも、業務ノウハウのデジタルシフトが進んでおり、若手への伝承や引き継ぎなどが容易に行えるようになってきました。定式化できる業務であれば、機械学習などの人工知能、あるいはロボットなどの技術を活用することが可能です。そうした事例を2つ、ご紹介したいと思います。
熟練者の経験を人工知能で形式知化していく
注文に応じて、さまざまな種類の製品を作られている、ある製造業のお客さまは、これまで熟練者が行ってきた生産計画業務について、人工知能で最適化する取り組みを行っています。従来は、注文に対してどの製品をどの順番で作ると効率が良いのか、複雑な制約条件が多数あったため、ノウハウを持った熟練者しか効率の良い生産計画を作成できませんでした。
そこで日立は、鉄道分野の運行計画や運行乱れの対策で培ったノウハウを生産ラインに応用できないかと考えました。まず、デザイン手法のエスノグラフィー調査も活用して、現場調査やインタビューを行い、一連の業務を深く理解します。それにより明らかになった計画作成ルールをシステムに組み込みます。ただ、インタビューでは、暗黙知のすべてを明らかにすることができませんので、機械学習も利用します。これまでの膨大な生産計画を解析して抽出した制約条件を満たすパターンや、その都度変わる判断のパターンもインプット。システムが提案した生産計画に熟練者が気づきをフィードバックするサイクルを回し、学習し続けた結果、熟練者の生産計画の再現に成功。さらに計画全体の25%で、熟練者も気づかなかった高効率なパターンを出せるよう進化したのです。
熟練者のノウハウをデジタル化できるようになったことで、お客さまからは「機転の利くベテランの人財には、クリエイティブな企画業務や関連部門含めた生産計画全体最適化などでも活躍してくれることを期待している」と、高く評価されています。
ロボットで出納業務の証票処理を70%自動化
もう1つの事例は、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)技術を使った出納業務の自動化です。従来、間接業務の自動化は、証票の確認や照合・承認など、人手を介した作業が必要なものはROI(投資対効果)が望めないとの理由から、検討対象から外れていました。
しかし人工知能の技術を使えば、人手を要する作業でも簡単に自動化することができます。日立が開発した技術は、さまざまな様式の証票で文字情報を単語の属性(金額、会社名など)も含めて正確に読み取ることができるうえ、申請者の入力情報と照合して承認の判断までを行うことができます。この技術を取り入れたRPAシステムは、日立グループの人事・財務のシェアードサービスを請け負っている株式会社日立マネジメントパートナーに導入されており、70%の証票について照合・承認の自動化を実現しています。
「未来は、オープンだ。アイデアで変えられる。」
さまざまな事業に携わる人々が本当に考えるべきことは、利用者にとって価値のあるビジョンであり、アイデアです。そのためには、人工知能やロボットなどのデジタル技術で仕事のやり方を変え、クリエイティブな時間を確保する必要があります。
そして人を起点としたデザイン思考のアプローチを活用して、ビジョンに共感した一人ひとりが、アイデアを考え、デジタルでアイデアを素早く実行し、磨き上げて、イノベーションを起こしていく。
日立は皆さんと、そんな未来を創っていきたいと思います。未来はアイデアで変えられるのですから。
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