東京に出てきて世界が変わった
――岡島さんにとって、起業家としての原点は何ですか。
岡島
大学時代に起業した経験が、今にして思うと原点でした。はじめは、家庭教師を派遣するしくみを友人と作ろうとしていたのですが、家庭教師よりもゲームのプログラマーが世間では足りていないという話を聞いて。わたし自身はプログラミングができなかったのですが、同期がみんなできたので、わたしが仕事を取ってきて同期にゲームを開発してもらうという流れを作って、それがいつの間にかゲーム制作会社になってしまったという感じです。
――その時、起業の参考にした経営者はいたのですか。
岡島
それが、まったく無くて…そもそも起業する気も無くて、アルバイトの延長のような気分でやっていました。それで、最初は企業の下請け仕事を取ってきて同期に渡していたのですが、できあがったゲームの評判が割と良くて色々とお仕事をいただくようになって、だんだん自社開発のゲームも制作するくらいになっていきました。ある日、取引先が某大企業になり「さすがに学生の団体には発注できないから、会社化してくれないか」と言われて、わたしが社長になり、結果的に起業しました。
――もともと、起業家となる素質をお持ちだったということでしょうか。中高生の頃に、何か起業家につながるような体験はありましたか。
岡島
まったく無かったです。本当、大学に入ってからですね。東京という場所も関係しているかもしれないです。色々な人にコンタクトを取ると、結構気軽に会ってくださるんですよね。特に学生の時って、そうじゃないですか。企業の社長さんが学生の質問に答えてくださるし、本でしか読んだことのない偉い先生方がキャンパスを歩いていたりする。東京に来て大学に入って、まったく世界が変わったな、頑張れば有名な方にアクセスできるんだな、と思うようになりました。そして起業を経験したことで、ビジネスのしくみを作ること、自分の発想を形にしていくということを学んでいきました。
自力で資金をかき集める研究者
――東京で出会った人たちの中で、一番影響受けた方は誰ですか。
岡島
大学時代の指導教官で、宇宙論を専門とされている吉井譲先生です。すごくユニークな先生で、ご自身で寄付金3億円を集めて、ハワイに望遠鏡を造ってしまったんですよ。
前編でもお話したように、天文学のような基礎科学の場合、研究資金となるのは公的なものがほとんどです。ところが先生は、まず経団連に出向いてプレゼンして、そこからどんどん色々な会社に寄付金を募りに行かれて。その姿をわたしは学生として見ていたので、基礎科学の分野に公的資金以外の流れを作れるんじゃないか…という発想に至ったのです。
公的資金で造った望遠鏡ですと、みんなで使わなくてはいけないんです。同じハワイにあるすばる望遠鏡の場合、世界中から使用の申請が来るので、申請が通っても割り当てられるのはせいぜい1週間くらい。その間、天気が悪ければ何も観測できずに終わってしまいます。
――ほとんど運なのですね。
岡島
雨男や雨女にとってはちょっとしんどい業界ですね。ただし、先生が寄付金を募って造った望遠鏡は大学のものなので、独占して研究に使えるわけです。わかりやすく言うと、365日同じ天体を観測し続けることができる。厳密には太陽の位置や地球の自転、公転によって変わってくるのですが、それだけ長期に渡って天体の時間変化を追えることで、かなり貴重なデータが得られるのです。
研究者と起業家の決定的な違い
――もともと研究者をめざされていた岡島さんですが、ALEというベンチャー企業を率いている今、研究者と起業家の一番の違いは何だと思われますか。
岡島
それまで誰もやったことが無いことをやる、という点は研究者も起業家も同じだと思います。ただ、研究者の場合は自分だけの能力で大きなアウトプットを出さなくてはいけない、というイメージがわたしにはあって。反対に、起業家にとって大切なことは、自分よりも“できる”人をどれだけ集められるか、だと思います。
――岡島さんは、ご自身がどんなリーダーだと認識していますか。
岡島
自分自身が果たしてリーダーに向いているかどうか、本当に自問自答の日々なのですが…自分で言うのもなんですが、強いリーダーシップではないんです。人を引っ張っていくタイプではまったくない。大学時代に作った会社でも、なんでわたしが社長なんだろうなという感じだったので。
――でも、結果として色々な人を巻き込んでいますよね。
岡島
多分、人の力を借りる、というタイプのリーダーなのだと思います。
――お仕事で色々な人と接する機会が多いと思いますが、心掛けていることはありますか。
岡島
あまり壁を作らないようにはしています。それに、かしこまって人と接することができないんですよ。素の部分を結構見せてしまっている気はします。2019年に広島県の瀬戸内海上で開催予定の「SHOOTING STAR challenge」というイベントに向けて、今は応援してくださいっていうフェーズなので、こういうスタンスでもうまくいっているのかもしれないですね。
世界初の人工流れ星イベント
――今お話に出ましたSHOOTING STAR challengeについてお聞きします。開催場所に広島を選ばれたのはなぜですか。
岡島
わたしが鳥取県出身なので、同じ中国地方であることと、広島という地名が世界的に知られているからです。市長さんや県知事さんが非常に協力的なことも大きいです。それと、瀬戸内海って晴れの日が多いじゃないですか。あとは、海もあるし山もあるので、いろいろな景色をバックに流れ星を見られると思って。個人的には、ライトアップされた厳島神社と流れ星というコラボレーションが見てみたいです。
――素敵ですね。イベントの内容はもう決まっているのですか。
岡島
まだ構想段階なのですが、期間中に宇宙博や地上でのライブイベントを開催したり、星見ビール、星見弁当といった商品とのコラボで盛り上げていけたらと考えています。イベントの開催期日は、人工衛星を搭載するロケットの打ち上げ日が決まってからの公表となります。実際に何日間行うのか、期間中に流れ星を何粒流すのかも、検討しているところです。
――プロジェクトとしては、今どんな段階なのですか。
岡島
スポンサーになってくださる企業が数社決まっています。今どんどん色々な企業に提案を持っていっているので、今後増えていくと思います。映像やプロジェクションマッピングとのコラボの話も来ています。
人工流れ星は宇宙エンタメなので、研究者や企業だけでなく、宇宙に関する法制度の専門家やアーティストなど色々なジャンルの方とお話する機会があります。総合格闘技ではないですけれども、守備範囲が広くないとできないビジネスなので大変でもあるのですが、日々やりがいを感じています。
子育てと仕事のパフォーマンスとの、意外な関係
――岡島さんには2児の母という一面もありますが、お子さんの存在も仕事のモチベーションになっていますか。
岡島
なっていると思います。上の子がまだ3歳だった時に、鳥取の実家に1週間預けていたことがあって。子育ての負担が減った分、仕事のパフォーマンスが上がるはず!と思ったのですが、子どもが自宅にいる時より長時間働いたにもかかわらず、結局アウトプット量は変わらなかったんです。子育てで気分転換したほうが仕事の効率が良くなるんだなと、その時思いました。
――お子さんは、お母さんがどんな仕事をしているのかはわかっているのですか。
岡島
わかってます。保育園で一緒の子たちも、なぜか知っていて…保護者同士のSNSのネットワークで知ってもらったみたいです。先日わたしがテレビに出演した時には「今度岡島さん出るんだって!」って。それで、わたしが息子を迎えに園に行くと子どもたちに「お星さま作るの頑張ってね」って言われます(笑)
――宇宙に関わるビジネスをされているわけですが、宇宙を舞台にした映画作品はよくご覧になりますか。
岡島
大好きです。定期的に知り合いの理論物理学者をオフィスに招待して、「宇宙映画を観る会」を開いています。この間は「インターステラー」を解説してもらって。3時間くらいの作品なのですが、上映中みんながどんどん物理学者に突っ込んだ質問をするので、結局8時間ぐらいかかりました。「オデッセイ」の時は、主人公が火星に取り残される話なので、火星の研究をしている先生にお越しいただいて、ワンシーンごとに科学的な見地からじっくり解説していただいて、すごく面白かったです。
流れ星を楽しむ、という文化を作る会社
――ALEとして、経営目標とする具体的な数値はありますか。
岡島
数値としての目標はあまりないのですが、流れ星自体が飽きられないようにしたいなとは思っています。花火って、浴衣着てワクワクしながら見に行くじゃないですか。流れ星を楽しむということを、花火大会のように毎年開かれるイベントにしていきたい。
わたしたちは流れ星を売っている会社ではなくて、流れ星を楽しむ文化を作る会社である、と定義しています。そして、いずれは流れ星だけでなく、例えばオーロラを人工的に発生させたりして、夜空をキャンバスに色々な物を見せたいですね。また、空は世界中どこにでもある資源なので、早く海外でも展開したいなと考えています。
――日本と海外とで、人工流れ星に対する反応は違うものですか。
岡島
海外の方に話すと、総じてすごくテンションの高い反応が返ってきますね。「いつ出来るんだ? 早くくれ!」みたいな。中東の方には、どれだけ派手にやれるのかをよく聞かれますね。日本の方のほうがやはり控えめで、「それ本当にできるの?」みたいな反応が最初は多いのですが、詳しく説明すると皆さんワクワクされます。
肉眼で見える宇宙開発
――2019年の広島を手始めに、近い将来、人工流れ星が毎年開催されるイベントとして定着することで、世の中がどう変わっていったらいいなと思われますか。
岡島
やっぱり今までの宇宙開発は、BtoBで大企業さんが関係していたり、国策の一環だったりという世界でした。宇宙旅行に参加するにも、ごく一部の超富裕層の方でないと難しいですよね。
それに対してわたしたちの人工流れ星は、肉眼で見える宇宙開発です。しかも半径100㎞圏内まで見えると想定しているので、関東地方なら3,000万人の人口がスッポリ入る。3,000万人が一気に空を見上げて、肉眼で確認できる宇宙開発は、今まで無かったはずです。皆さんが宇宙に興味を持つきっかけにもなるだろうし、流れ星を楽しむという文化ができることで、きっと人々の生活がより豊かになるのではないかと思います。
ALEという社名には、わたしがもともとエールビールが大好きなので、人工流れ星が実現した暁には、多くの皆さんがビールを片手に家族や友人と流れ星を楽しむ機会にしたい、という思いを込めています。わたしたちのビジネスは何か社会問題を解決するという切り口ではないのですが、人工流れ星を「あったら楽しいよね」と思ってもらえる存在にはしていきたいですね。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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