業界の常識を覆した「運行の見える化」を実現
江戸時代の風情を残す“小江戸”の街並みで知られる埼玉県川越市。イーグルバスは同市に本社を構えるバス会社だ。市内の観光スポットを巡る「小江戸巡回バス」をはじめ、地域住民の暮らしを支える路線バスや送迎バス、遠距離をつなぐ高速バスや観光バスなど多様なバス事業を展開する。
同社社長の谷島 賢氏は「ビジネス再生の旗手」として注目される経営者。その理由は、大手バス会社が撤退した埼玉県日高市の赤字路線を引き継ぎ、わずか4年でV字回復を果たしたことにある。
その成果が認められ、谷島氏は2011年に国土交通省関東運輸局によって「地域公共交通マイスター」に任命。その後も、同県内のときがわ町や東秩父村で同様の改革に取り組み、住民の利便性向上と自社の収益拡大につなげている。
これらの成功の秘訣が、同社が進める「デジタルシフト」にある。
きっかけは、大手バス会社から赤字路線を引き継いだ時、バス業界で当たり前になっていた慣習に疑問を感じたことだった。「バスはいったん車庫を出ると誰も管理できない。『定時運行できているのか?』『お客様が何人乗っているのか?』赤字路線を改善しようにも実態が見えなければ改善のしようもありません。事業が見えないから今まで改善が出来なかったのではと考え、これはなんとかしなければと感じました」と谷島氏は述べる。
そこで同社が行ったのが、すべての路線バスにGPSと赤外線センサーを設置し「全体の乗降客数」「停留所ごとの乗降客数」「季節や曜日・時間帯による増減」「バスの遅延」といったデータを取得することだった。さらに、利用者の声を集める3種類のアンケートも実施。データと生の声を統合的に精査することで、「運行」「顧客ニーズ」「コスト」「改善過程」の4つの観点から「運行の見える化」に取り組んだのだ。
「『どの路線の、どの区間が、どれだけ混雑しているのか』というデータを緻密に分析し活用することで、従来は人の経験と勘に頼って作らざるを得なかった運行ダイヤや停留所の位置、路線の設計などに役立てています」と谷島氏は語る。
データ解析に基づく改革で赤字路線を立て直す
デジタルシフトは、同社のビジネスとバス利用客に様々なメリットをもたらしている。
例えば、日高市の赤字路線の改革では、バスの運行路線と利用客のニーズの間に存在する"ミスマッチ"を突き止めた。「ある路線で、ダイヤ遅延が頻発していることが判明。原因を調べたところ、途中のバス停の近くに最近、温泉施設ができ、施設利用者が殺到したことでバスの遅れが生じていたことがわかったのです」。そこで同社はダイヤを改正。バスの本数を増やすとともに、少し時間に余裕を持たせることで遅延を解消し、乗降客数を25%アップすることに成功したという。「当然のことながら、停留所の周辺環境は時代とともに変化します。それにともなう利用ニーズを見える化したことが、この成果につながりました」(谷島氏)。
また、小江戸巡回バスの改革にもデータが重要な役割を果たした。観光客向けであるこのバスは、スポット利用の乗客が多い。季節や曜日・時間帯による利用者数の変動が大きいという特長があり、利用者が乗り切れなくなるとバスを増車して対応していたため、コストが余計にかかる状態が生じていた。
そこで同社は、バスの乗車密度データから観光客の移動パターンを取得。そうしたところ、時間帯によって非常に混雑する区間がある一方、まったく利用者がいない区間があることが分かった。このデータを基に、利用者がいない時間帯はその区間を運行せずに折り返して混雑する区間の運行に充てることで、バスを増やさないで利用者を運行することが可能となった。
さらに、より大がかりな路線改革に生かした例もある。それが、ときがわ町や東秩父村のケースだ。
ときがわ町の交通再編にあたり、住民全戸アンケートを実施したところ、4割の住民が「バスの運行本数が少ない」という不満を持っていた。だが、輸送量を増やすには新たな車両の導入など多額のコストがかかる。そこで同社は、町の中心部にハブとなるバスセンターを置き、すべてのバスをハブに結束させて乗り換える「ハブ&スポーク」方式を導入した(図)。
「運行本数が少ない原因は、長大な路線が多いことによるものでした。例えば、片道1時間かかるバスは往復で2時間かかるため、バスの運行頻度は『2時間に1本』という計算になります。一方、町の中心部にハブを設置すれば、各地の停留所からは、半分の片道30分でハブに到着できます。バスの運行頻度は倍の『1時間に1本』になり、輸送量も2倍になります。しかも、ハブバスセンターで乗り換えることで、今まで1地点しか行けなかったのが3地点へ行けるようになるのです」と谷島氏は説明する。
これにより同社は、車両を増やすことなく、利用者の利便性を大きく向上。ときがわ町では、運行便数は区間により最大3倍に増発されたため、スムーズに目的地へ到達できるようになった。これにより、最初の1年で利用者は25%増加。収益拡大にも大きな効果をもたらしている。
また現在、同社はこのハブ&スポークをさらに発展させた「小さな拠点」構想を埼玉県唯一の村である東秩父村で進めている。これはハブバスセンターそのものを、住民や観光客に向けた「村の賑わい拠点」にしてしまう計画。「買い物施設などをハブバスセンターに置いて買い物ができるようにするほか、効率的なバスで結ぶことでより多くのお客様にバスをご利用いただこうというものです。構想から4年、いよいよ2016年の秋に開設する予定です」と谷島氏は言う。
デジタルシフトの成功のカギは『アナログ』にあり
もちろん、こうしたデータ活用によるバス改革は、はじめからうまくいったわけではない。裏にはいくつもの失敗があった。
例えば、住民アンケートの結果、「バスの乗り換え時間が3分では短すぎる」という声が多く見られたことがあった。そこで、この声に応えるため、ダイヤ改正時に乗り換え時間を10分にしたところ、今度は「10分では遅すぎる」というクレームが殺到したという。
これは、同社のデータの扱い方に起因する失敗だった。実はアンケートは、現状に不満を持つ人だけが書く傾向があるもの。その視点が抜けてしまったために、実際は大多数が便利に感じていたダイヤを“改悪”してしまったのである。そこで同社は、早朝・夕方の通勤通学時間帯は乗り換え時間3分に戻し、それ以外の時間を10分にした。これにより、利用者数は回復したという。
「1つのデータだけで判断せず、『何時ごろの利用者か』『利用頻度はどのくらいか』といった、異なる視点のデータとも照らし合わせていれば、失敗は防げたはずです。“デジタル”のデータは、見えなかったものを見えるようにはしてくれますが、それはあくまで単なる事実であり、意味をどう読み取り、どう使うかは“アナログ”な人次第です。あの失敗からは、デジタルとアナログのどちらが欠けても大きな成果は生めないということを学びました」(谷島氏)
社会インフラを担う企業として、多様な課題の解決に着手
このように、イーグルバスがデータ活用による多くの取り組みをスムーズに進めてこれたり、失敗に対する柔軟な対応ができているのは、同社のデータ活用体制にも理由がある。
具体的に、同社は一連の取り組みを谷島氏直属の社長室メンバーで実施。この社長室には、ダイヤ編成担当者のほか、埼玉大学でデータ活用の研究を行ってきたスタッフ、IT業界出身者、コンサルティング会社での勤務経験を持つスタッフなど多様な人材を集めた。
人材を直轄の社長室に集めたことで、トップとより密なやりとりが実現できる。また、1つの部署が担当することで、組織横断的な施策の実施や方針転換も行いやすくなっているという。「経営者の役目は目的を定め、その実現に向けたビジョンを示すこと。その上で、具体的な実行方法やプロセスは、それぞれに強みを持った担当者に任せるほうが、スムーズに進められます。これは、当社が経験から培った、データ活用のポイントといえます」と谷島氏は話す。
現在、同社では、データ活用で見える化した現状に基づき、外部企業や自治体などと連携した取り組みも進めている。地域の民間企業などと共同で取り組む、町おこし活動はその1つ。「川越きものの日」や市中のライトアップイベントなどを発案することで、観光需要を創出。外部からの人の流入を促し、地域活性化につなげるとともに、そもそも減少傾向にあるバス利用者数の拡大を目指す狙いだ。
「私は、バスを単なる輸送手段だとは考えていません。場所と場所をつなぐことで、その両方の地域の経済を活性化したり、あるいは離れたところに住む人同士がつながるための手助けになる、社会的使命を負った重要なインフラだと考えています。そのため、データ活用で見える化した問題は、できるだけ解決に乗り出し、それに関わる皆さまの満足度最大化につなげたい。バス会社という枠にとらわれることなく、これからも積極的に取り組みを行っていきます」と谷島氏は語った。
Corporate Profile
イーグルバス株式会社
本社 :埼玉県川越市中原町2丁目8番地2
設立 :1980年4月
資本金 :5000万円
事業概要 :2003年に路線バス事業へ参入し、2005年には高速バスの運行を開始する。現在は路線バス、送迎バス、高速バス、観光・貸切バスなどの総合バス事業を展開。路線バスは日高・能登路線、ときがわ町路線、東秩父路線、小江戸巡回バス(川越市内)の4路線を運行する。
※本記事は、日本経済新聞 電子版で2016年9月26日~10月28日まで掲載した広告特集「いざ、ビジネス革命へ~デジタル新時代に求められる企業経営とは~」の転載です。
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