スタートは経営トップの情報発信から
ーー第2回目の今回は、オープン・イノベーションの具体的な手法についてお聞きしたいと思います。技術探索(インバウンド)型のオープン・イノベーションにおいて、その方法論についてお聞かせください。
星野
インバウンド型のオープン・イノベーションのプロセスは、以下の1〜4のステップに分けることができます。
ステップ1:社外に求める技術の選定(What)
ステップ2:技術の探索(Find)
ステップ3:技術の評価(Get)
ステップ4:技術の取り込み(Manage)
これは、あくまでも私が経験的に最適だと思う進め方で、これだけやればよい、あるいはこれをやらなければならない、というものではありません。ただし、オープン・イノベーションに取りかかる前段階であるステップ0については、必ず取り組んでいただきたいと思います。それが、「社内の啓もう活動」です。
第1回でお話ししたように、オープン・イノベーションは、コンソーシアムや共同研究とは大きく異なります。ましてや研究開発部門のリストラでもありません。社内から拒絶反応があったり、すでに取り組んでいるからといって関心を示してもらえなかったりすると、うまく進めることができないのです。したがって、オープン・イノベーションは、研究開発を加速する仕組みであり、研究者の活動を支援するツールであると理解してもらうための啓もう活動が不可欠になります。理想的には社長か、少なくとも研究開発のトップ(CTOなど)が中心となって情報発信をすることが必須でしょう。
トップから情報発信をしなければならないのですね?
星野
万一、トップの意思がないまま始めてしまうと、いざ、予算を立てる際に横やりが入ってトーンダウンしたり、担当者が足元をすくわれたりして頓挫してしまうケースがあります。そうならないためにも、トップからの情報発信が絶対条件になります。
例えば、味の素株式会社の場合は、オープン・イノベーションをスタートした2012年に、当時の伊藤雅俊社長(現会長)が日本経済新聞紙上に登場して、「技術交流が盛んな日本を始めよう」とオープン・イノベーションについてメッセージを語りました。このメッセージに一番影響を受けたのは、ほかでもない味の素の社員でしょう。社長が公の場で発言しているのだから、本気で取り組むのだろうと思ったはずです。東レ株式会社の場合も、活動初期にトップ・マネジメントが各研究所をまわり、オープン・イノベーションの意義を説明することで、現場の意識改革に努めたと言います。
次に、トップの意思を組織に浸透させていくために重要な役割を担うのが、社長の命を受けたミドル・マネジメントの存在です。ミドル・マネジメントは、現場の詳細を知っていることから危機感が強く、オープン・イノベーションの有効性を素早く理解すると同時に、比較的スムーズに活動に移すことができます。したがって、ミドル・マネジメントが実務担当者の肩を押して活動を開始し、トップがその活動を後押しするのが理想的な進め方です。
一方で、社長はやる気があっても、研究開発のトップが乗り気ではないケースも見られます。とくに、今、60歳代くらいのCTOだと、自分たちが若い頃に自前主義が全盛期だったこともあり、オープン・イノベーションに否定的な人が少なくありません。経験から申し上げて、CTOが動かない組織は絶対に動かない。本気で進める気があるなら、人事から見直す必要があるということです。
専門チームを担う人材にはエースを選べ
ーーオープン・イノベーションの推進には、専門の組織が必要になるのでしょうか?
星野
いずれは必須になります。専門チームが必要だという理由は、活動から得た情報や知見、スキルを一カ所に集約したほうが効率的に進めることができるからです。また、トップに直結した組織であることも重要です。
もっとも、最初はCTOが任命した技術企画部の部長クラスと、社内のコミュニケーションに長けた人、技術をよく理解している社員など、1〜2名でトライアルとして始めるというスタンスでいいと思います。専任の部長を補佐する社員は、最初は兼任でも構いません。そのメンバーで1〜2回試してみて、勘所をつかんだうえで組織化すればいい。しかも、組織化したからといって人数を増やす必要はありません。最大3名程度で十分です。むしろ、スリムでフットワークの軽いチームのほうが機能します。
ただし、人材に関しては絶対条件があります。専任者は会社のエース級を選ぶこと。エース級というのは、研究系・技術系出身者で、コミュニケーションスキルやバランス感覚に優れた人物のことです。できれば、海外で経験を積んだ人のほうが望ましい。そういう人材を選んでこそ、会社の本気度が測れるというものです。
ちなみに、欧米では、オープン・イノベーションのリーダーを務めるのは、出世コースの一つであり、ヘッドハントの対象でもあります。多くの場合、研究者か技術者として入社し、その後、営業や企画部門を経て、海外の子会社などでマネジメントを経験したことのある人が専任者になっている。ですから、我々がオープン・イノベーションを支援する際にも、トップに自社にとって絶対に必要な人材の名前を挙げてもらい、その中から専任者を選ぶように働きかけています。
棚卸しをして、必要な技術を見極めるために
ーー次に、ステップ1の“社外に求める技術の選定”についてお聞かせください。
星野
まずは、自社が持つ技術の棚卸しをして、優先順位をつけていきます。その際、参考になるのが東レの手法です。東レでは、「コア技術とそれを支える周辺技術に関して東レが強みを持ち、不足している一部の周辺技術を求める場合に、最もオープン・イノベーションの効果を発揮する」と結論づけています。その代表的な案件として、東レが、スマートフォンなどのタッチパネルに指紋が付着しないようにするためのコーティング技術を探索したケースがあります。東レがすでに保有しているフィルムというコア技術に加えて、耐指紋コーティング技術を取り入れることで付加価値を高めた好例です。
このように、オープン・イノベーションでは、常にどのような技術が必要なのかを明確にしなければなりません。以前、ある自動車メーカーから、「びっくりエンジンをつくりたい」といって相談を受けたことがあるのですが、よく聞いてみると「びっくりエンジン」とは燃費がいいエンジンだとわかった。さらに、燃費を上げるためには、エンジンルームのある部分の断熱を高めることで解決できるという。そこで、断熱を高めるための技術に的を絞って探索しました。このように、どのような技術が必要なのか明確に打ち出さなければ探索のしようもありません。
ーーとくに大手の場合は、多種多様な技術を保有しているので、棚卸しをして全体感を把握するのは大変そうですね。
星野
棚卸しにも二つのやり方があって、一つ目が、トップダウンにより全体的に重要な技術領域を特定し、その技術領域内において棚卸しをしていく方法です。研究者は自分たちだけで技術を囲い込みたがる傾向にあるので、CTOなどトップが、「早く結果を出すために、他社の技術の活用も積極的に取り入れなさい」とメッセージを出すことで、背中を押すことが重要です。
二つ目は、先述の専門チームが研究開発部門にヒアリングをして、ボトムアップ的に課題を抽出していく方法です。大阪ガス株式会社の場合は、こうした手法をキャラバンと呼んでいて、専門チームのメンバーが定期的に各部門を回ってヒアリングをしています。泥臭いようですが、実際に顔を突き合わせて課題を抽出するのは非常に効果的です。いずれにせよ、トップダウンとボトムアップの合わせ技で進めるとスムーズにいくと思います。
ーーステップ2の“技術の探索”については、いかがでしょうか?
星野
技術探索(インバウンド)の方法は二つあって、自分たちで頑張って探すのか、他社を使うのかに分かれます。前者は自分たちでネットサーチや、特許調査、論文調査などをして探すわけですね。さらに、最近のトレンドとしては自社公募といって、自社のホームページで公募をかける企業も増えてきました。トヨタ自動車株式会社や東レでも実施していますが、とくに医薬品業界でさかんに行われていて、成果が出ています。その場合も、日本語版だけでなく英語版も用意して、世界に発信することが肝要です。
後者の、他社を使うというのは、我々のようなコンサルタントなど仲介業者を活用する方法です。今や、仲介業者も多種多様な組織があり、我々のようにグローバルに展開している企業もあれば、日本だけに、あるいは業界だけに特化した企業もあります。そのほか、マッチングイベントを活用する手もあります。それぞれに特色があるので、うまく使い分けて活用するのがいいでしょう。
とはいえ、ここまで申し上げてきたのは、最大公約数的なやり方であって、最終的にはそれぞれの企業の目的や戦略に合わせて、独自のやり方を構築していくことになります。その際、“learn by doing”の姿勢で臨むことをおすすめします。すでにオープン・イノベーションで成功しているフィリップスやP&Gなどにヒアリングすると、“learn by doing”、すなわち、やりながら学べという言葉をよく聞きます。やりながら失敗と経験を重ねてスキルアップしていくほかないのです。
オープン・イノベーションというのはゴールではなく、あくまでも手段の一つでしかありません。研究開発の加速や人材育成といったゴールを見据えて、うまく活用していただければと思います。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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