老朽化問題が顕在化しはじめたわが国の社会インフラ施設
わが国では1960年代の高度経済成長期以降、道路や橋梁、上下水道などの社会インフラ施設が急ピッチで建設されてきた。そして現在、これらの社会インフラ施設の多くが 耐用年数とされる50年を超え、建て替えの時期を迎えつつある。
国土交通省によると、建設後50年以上経過する社会インフラ施設の割合は、2021年度の時点で25%を超える。さらに、2030年度になると、道路橋は53%、水門など河川管理施設は60%、下水道は19%、港湾岸壁は53%へと急増すると推計されている。
日立製作所 サービスプロデュース統括本部セキュリティソリューション本部の本部長を務める九野伸は、このように示唆する。
「施設が老朽化するとコンクリートのひび割れ、部品のさびや摩耗などにより壊れやすくなります。このまま老朽化を放置すれば重大な事故を引き起こしかねません」
2012年12月に起こった中央自動車道・笹子トンネル(山梨県)の天井崩落事故は、多数の死傷者を出す大惨事となった。同トンネルは、今から37年前につくられたもので、老朽化によって天井板を固定していた吊り金具などの部品が劣化していたことが事故につながったと見られている。
社会インフラ施設に関する問題は経年劣化だけではない。もともとわが国は地震や津波、風水害などの自然災害を受け止めなければならない宿命を負っており、それらの外的要因による社会インフラ施設の脆弱化の問題も顕在化している。人間の身体であれば鍛えることで強くなり、休むことで回復もするが、つくられたモノである社会インフラ施設は、そうはいかない。受けたダメージは、そのまま内部に蓄積されていくことになる。
もちろん、国もただ手をこまねいているだけではない。安倍政権は社会インフラ施設の老朽化対策を軸とした公共事業への重点的な投資を掲げており、2014年度の国の予算案では、公共事業関係費を対前年度比で約6800億円増額し、約5兆9700億円を計上。全国各地にある道路やトンネルの補修、河川改修など、老朽インフラ対策に重点的に予算を配分していくという方針を打ち出した。
とはいえ、いくら老朽化対策が急務であったとしても、国や自治体の財政がひっ迫する中で、際限なく予算を積み増していくことはできないのも事実だ。国土交通省の試算によると、社会インフラの維持管理・更新費用は2030年度に18兆円に達する。このツケをそのまま次世代に回すのは、あまりにも負担が重すぎる。
予防保全の考え方を取り入れ施設のライフサイクルコストを削減
では、今なすべきことは何だろうか。
「社会インフラ施設の維持管理において最も大切なことは、適切な点検・診断に基づいた効果的な対策を行うことです。これさえしっかりできれば、各施設の寿命を延ばし、ひいてはライフサイクルコストを削減できます」と九野は強調する。
この“基本中の基本”とも言える取り組みを、ITの高度活用によって支援すべく、日立が社会イノベーション事業の一環として打ち出したのが「施設モニタリングサービス」である。 災害や事故の発生時に社会インフラ施設の状態変化(崩落、土砂崩れなど)をリアルタイムに検知する「状態監視サービス」と、社会インフラ施設の状態変化を解析して異常や劣 化状態の診断を支援する「予兆診断サービス」の二つのサービスを、クラウドを通じてワンストップ提供するもので、社会インフラ分野におけるスマートメンテナンスを実現する。
スマートメンテナンスとはいかなるものなのか、もう少し詳しく掘り下げてみよう。そのベースとなっているのは、「M2M(Machine to Machine)」と呼ばれる技術である。さまざまなセンサーや無線端末(RFID)を用いることで、機械どうしが人間を介することなく、ネットワークを通じて直接情報を交換するシステムだ。
状態監視サービスでは、監視対象の社会インフラ施設の特性に合わせた固有振動数や傾斜などを測定するセンサーを設置し、施設の 健全性を多岐にわたる観点から検証する。
例えば、道路の「のり面」の状態を傾斜センサーで常時監視することで、崩落や土砂崩れの発生を検知し、リアルタイムで通報。これにより、早急な復旧対策を行い、利用者の安全を確保することが可能となる。
また、各種センサーの計測データを受信する機器とスマートフォンやタブレット端末と連携させる技術を活用することで、通常業務として各施設を巡回点検する際に、パトロール車で走りながら効率的に保全情報を収集することも可能となる。
なにより重要なのは、こうして収集される情報が紙の台帳による記録ではなく、ITシステムに蓄積して分析することが可能な電子的なデータとなることだ。
「社会インフラ施設の維持管理で難しいのは、それぞれの施設が"特注品"であり、同じものは二つとないことです。すなわち、単純なしきい値によって正常なのか、異常が起きているのかを判断することはできません。どういう状態が正常なのかを長期的な監視を通じて学習し、その状態との差異や相関から異常を読み解いていくことが必要となります。そのため、多くのデータとして蓄積できることが重要なのです」(九野)
予兆診断サービスでは、日立パワーソリューションズが開発した独自のデータマイニング 方式を採用した「HiPAMPS(ハイパンプス)」と呼ばれるシステムを活用することで、そうしたビッグデータ解析の仕組みを実現する。
例えば、トンネル内に設置された換気用の ジェットファンの維持管理では、羽根や吊り金具の状態をセンサーで常時計測し、さらにその蓄積データを解析することで、劣化や緩みなどの予兆を検知するサービスとして展開 を図る。これにより、リスクが顕在化する前に対処や修繕を行うことができる。
こうした「予防保全」の考え方を取り入れた長寿命化によって、社会インフラ施設のラ イフサイクルコストはどれくらいの削減が期待できるのだろうか。東京都建設局が橋梁をケースに30年間の総事業費を試算して比較したところ、事後保全では約1兆6,000億円 かかるのに対し、予防保全では約4,800億円となり、実に約70%減(約1兆1,000億円削減)もの巨額のコスト削減につながることが明らかになった。
機器・設備レベルにおけるスマートメンテナンスの実績
日立グループでは、機器や設備レベルのスマートメンテナンスにおいて、すでに多くの実績を持っている。
例えば、日立建機は、油圧ショベルなどの建設機械のさまざまな箇所に取り付けられた数百から数千個のセンサーが発信するさまざまな稼働データをリアルタイムに収集し、ITシステムに蓄積することで、ライフサイクル全般にまたがったサポートに活用する「Global e-Service」と呼ばれるサービスを実用化している。
建設機械が活動する現場は広範囲にわたっており、山奥やジャングルなど、サービス担当者がすぐに駆けつけられない現場で稼働していることも珍しくない。また、ユーザーから緊急要請を受けて現地に向かったとしても、予備知識がなければ適切な対処はできず、あらためて出直さなければならないことがあるなど、これまで非常に大きなロスが発生していた。
同サービスの提供が始まった現在、ショベルのパワーを生み出す油圧の変化やポンプの状態などをきめ細かくセンシングし、建設機械が動いている“今”の状態を手に取るよう に把握できるようになった。これによって実現したのが、メンテナンス業務の革新だ。建設機械の状態をあらかじめ正確に把握した上でメンテナンスに出向くことが可能となったのである。日立建機にとっては作業効率の大幅な改善であり、お客さまにとっては建設機械のダウンタイムの短縮につながる。
その延長線上で、予防保全への応用も可能となる。一般的な車両などと違い、建設機械は常に過酷な環境下で稼働していると同時に、国や地域によって使用状況も大きく異なって いる。それぞれの建設機械の負荷状況や稼働状況を継続的に監視することで、急なダウンタイムの発生を避けるべく、適切な部品交換のタイミングを判断するのである。
また、英国運輸省と日立の協業によって進められている都市間高速鉄道車両置きかえプロジェクトにおいても、スマートメンテナンスは主要テーマに位置づけられている。
英国高速鉄道では、定められたメンテナンス計画に基づき一定期間での部品交換を行っているのだが、その途中期間でも故障は発生、当然のことながら急な代替部品の手配などの対応に追われることになる。この現状をとらえ、部品調達のリードタイムや在庫を最適化した保守サービスを実現できないかと考えた。そこから導き出されたのが、「車輌上に取り付けられたセンサーからリアルタイムに情報を取得することで状況を監視し、部品管理などのシステムと連携させる」という解決策だったのである。先手を打った迅速な対応を可能とする予防保守サービスへの転換を図ることで、ライフサイクルコストの削減とサービスレベル向上に取り組んでいる。
現場レベルの知見を活かし豊富な実績とノウハウを集約
一方、設備管理業務を支援するシステムの例としては、日立産業制御ソリューションズが提供している「SmartFAM(スマートファ ム)」がある。
近年、既存設備(ストック)をできる限り有効活用し、長寿命化を図るための体系的な手法として「ストックマネジメント」が注目されている。SmartFAM は、この管理手法に 基づいたソリューションを標準化して提供するもので、自動車、化学、金属、食品、医薬、公共などの各産業分野における設備管理をはじめ、 BCP(事業継続計画)や物品管理など、すでに約300サイトでの導入実績を持つ。
例えば、保全予算の立案や実績管理においてコストを“見える化”する「保全予算管理」、 さまざまな設備ならびに設備を構成する部位ごとにきめ細かく保全管理する「階層構造管理」、保全における承認業務効率を向上させる「ワークフロー」といった機能を搭載。効果的 な資産管理を実施するために必要となる情報やノウハウを一元管理し、関係者間のスムーズな連携による合理的な業務改善を支援する。
そして、もう一つ強調すべきことは、日立自身が発電所プラントや鉄道、水処理システムなど、さまざまな社会インフラ施設の構築・建設に携わっていることだ。実は、先ほど少し述べたトンネル内の換気用ジェットファンについても、日立は国内市場において50%近いシェアを有するトップベンダーなのである。
IT専業ベンダーでは決して得ることのできない現場レベルの多くの知見が、日立にはすでに蓄積されているのだ。 こうした実業に裏付けられた経験知が背景にあったからこそ、施設モニタリングサービスを事業化することができたといっても過言ではない。
「日立グループが持つ豊富な実績とノウハウを、プラットフォームとなる施設モニタリングサービスのもとに集約。道路や鉄道、電力をはじめ、幅広い社会インフラや産業分野に 展開していきます」と九野は意気込みを示す。
サービスをグローバル展開し国のインフラシステム輸出戦略にも貢献
もちろん、そのサービス展開のターゲットは国内だけにとどまらない。将来に向けた日本の成長戦略は、もはや社会インフラの輸出抜きには語れない。
アベノミクスの柱となっている「インフラシステム輸出戦略」においても、現状で10兆円と推定される社会インフラ輸出の規模を、2020年に30兆円に引き上げるという戦略目標が掲げられてい る。日本が世界に誇る発電所プラントや電力網、上下水道、鉄道・交通システムといった社会インフラの海外展開は、相手国の豊かな都市づくりや経済発展に貢献するのはもちろん、建築・土木、エネルギー、IT、エレクトロニクスなど、日本国内の幅広い産業にも波及効果をもたらし、復権の起爆剤となると期待されている。
率直なところ、新興国を中心とした世界の社会インフラ市場の急激な成長が見込まれる中で、日本企業の取り組みは出遅れたと言わざるを得ない。これまでの受注実績では、欧米や中国・韓国などの競合企業に大きく水をあけられているのが現状だ。
日本企業は、個々の製品や要素技術では世界トップ水準のものが多いが、厳しい国家間競争の中で、価格をはじめとする相手国・企業のニーズへの対応力の差、優れた機器や技術をもとにしたマーケティング、ブランディングといった経営面でのノウハウ不足が否めなかった。また、運営・維持管理まで含めた「システム」として受注する体制が整っていないことも弱みとなっていた。
「今こそ、日本企業が強みとして誇る技術やノウハウを最大限に活かし、巻き返しを図っていくためのグローバル戦略を推進しなければなりません。施設モニタリングサービスをその一つのコアに位置づけ、さまざまな企業の協業を促していく役割を担うとともに、国が進めるインフラシステム輸出戦略にも貢献できればと思います」と九野は言う。
「社会イノベーション事業で世界に応える日立へ」のビジョンのもと、施設モニタリングサービスは、いよいよグローバル展開を見据えた適用拡大へと踏み出し、安全・安心な社会の実現をめざしていくことになる。
Realitas Vol.9 掲載記事より
文=小山健治(ジャーナリスト) 写真=石井孝始
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