「第1回:浸透するリベラルアーツ、誤解されるリベラルアーツ」はこちら>
「第2回:「社会のことを考える人」を育てる」はこちら>
「第3回:「私たちは何者か」という問いから立ち上がる「社会」」はこちら>
「第4回:時間が多様になれば、もっと倫理的になれる」
ルールを疑い、主体的に考える練習
伊藤
日本では、明治の近代化のときに、「みんな同期しましょう」という社会にしたわけですよね。
山口
近代社会の特徴ですね、同期というのは。
伊藤
明治以前は、時間の長さが季節によって変わる不定時法でしたし、休暇も農作業の都合などに合わせて村落共同体ごとに異なっていました。それが、時間は一年を通じて一定となり、カレンダーも全国で統一されて、みんなが常に共通の時間と暦に合わせて生活するようになりました。
鉄道も、工場も、学校も、決まった時間でみんなが動く。そのことが道徳と強く結びついて、まさに「時は金なり」というように、時計に従うことが道徳的な生き方となりました。そうした同期の圧力が日本社会では強く、人生設計の多様性まで阻害されているように感じます。特に、障害のある人の中には同期できない人も多いので、そのために疎外されてしまうのです。時間がもっと多様で柔軟になれば、みんながもっと倫理的になれる。つまり、「今この場面で自分がどう振る舞えばいいのか」を自分で判断することができるようになるのではないかと思います。
山口
新卒一括採用なんて典型で、そのタイミングで就職できないと「負け組」とか言われて社会的に不利になるわけですものね。時間というギリシャ語にはChronos(クロノス)とKairos(カイロス)があって、クロノス=時計で計れる客観的な時間に支配されているのが今の状態で、カイロス=意味のある時間、その人にとっての主観的に大切な時間といったものが希薄になっている気がします。
結局、客観的なルールに思考を預けてしまえば迷わないから、ある意味でラクということですよね。人間は行動でも思考でもなるべくエネルギーを使わずに済むほうへ行きがちですから。
伊藤
そうですね。倫理ってたぶん非常にプラクティカルな話で、「今、どうするか」というような、体の動きと連動した感覚だと思います。さきほど、数人でテーブルを移動しましたけれど、ああいうときに倫理がかかわってくるんですね。あの人があっちを支えているなら、私はこっちから支えよう、みたいに。
山口
私は何もしていませんでした(笑)。おっちょこちょいなので、かかわらないほうがいかなと。
伊藤
それも倫理的な判断だと思います(笑)。私は時々、企業向け研修の講師を務めることがありますが、研修中に「途中で席を立って、どこかで散歩してきてください」と言うんです。というのも、皆さん体の芯まで規律化されていて、「人が話していたらじっとしていなければいけない」みたいに思っているので、まずはその前提を疑ってもらいます。例えば、海外の人とオンライン会議をしていると、気づいたらいなくなっていて、「たばこを吸いに行ってきた」みたいなことがありますけど、日本人は始めから終わりまでじっと座っているのがルールみたいに思っていますよね。その前提を疑って主体的に考える練習として、席を立つということを行ってもらうのです。

みんなで手をつなぐイメージの怖さ
山口
最近いろいろな企業の方からよく言われるのが、海外赴任の経験のある人は意欲的な傾向が強いということです。例えば、10年後にこの会社で何をやりたいか、訊ねたとき、即座に答えが出てくるのは海外で仕事をしてきた人のほうが多いと。やはり海外での暮らしを経験することで日本のコードやルール、ものの見方が相対化され、それらに縛られなくなる。一種の自由さを獲得できるんじゃないかと思います。
伊藤先生はそれを日本の中にいながら教育として行うということに取り組んでおられるわけですよね。
伊藤
そうですね。そういうことです。
私は障害のある人の研究をしているので、多様性の文脈で共生社会に関するシンポジウムなどに呼んでいただくことが多くあります。共生社会というのは政府が提唱している概念で、外国人や障害のある人など、いろんな属性の人々が共に尊重される社会というような意味ですけれど、おもしろいのは、共生社会のイベントのポスターって、必ずいろんな人が手をつないで輪になっているんです。
山口
そういうイメージですね。
伊藤
あれが実に日本らしいというか、コードを乱さない人だけが共生社会にいられます、手をつなぎたくない人、輪に加わりたくない人は入れません、という排除の絵に見えて、逆に私は怖いんです。なので、そういう場ではいつも、「マジョリティがバラバラになることがマイノリティのインクルージョンにとっては必要だ」ということを話しています。
イメージとしては海水浴場みたいな感じで、泳いでいる人もいるし、砂浜に寝転がっている人もいるし、ご飯を食べている人もいるし、もしかしたら全裸の人もいたりして、それぞれがバラバラに好きなことをしているのだけれど、なんとなく場を共有している。そういう姿が私にとっての共生社会のイメージなんですよね。
でも、日本社会は、マイノリティをマジョリティのルールに従わせようとしがちで、バラバラであるということがあまり許されていません。そのために、お互いに首を絞め合って、苦しくなっている気がします。
第5回は、3月27日公開予定です。

伊藤 亜紗
美学者。東京科学大学 未来社会創成研究院/リベラルアーツ研究教育院 教授。MIT客員研究員(2019)。博士(文学)。主な著作に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)、『手の倫理』(講談社)。第42回サントリー学芸賞、第19回日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞受賞。

山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』(プレジデント社)他多数。最新著は『人生の経営戦略 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
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