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加治慶光 株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal / 吉藤オリィ氏 株式会社オリィ研究所 共同創業者 代表取締役所長CVO / 矢野和男 株式会社日立製作所 フェロー兼株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
2025年8月1日、「デジタルとハピネスから生み出すAI時代の企業変革」をテーマに、日立製作所主催のイベントを開催した。ゲストは株式会社オリィ研究所共同創業者 代表取締役所長CVOの吉藤オリィ氏。吉藤氏による特別講演、および株式会社日立製作所 フェロー兼株式会社ハピネスプラネット 代表取締役CEO 矢野和男、Lumada Innovation Hub Senior Principal 加治慶光の3名で行われたトークセッションのイベント採録を5回に渡ってお届けする。最終回となる第5回は、吉藤氏、矢野、加治によるパネルディスカッション後編。

「第1回:人類の孤独を解消するテクノロジー(前編)」はこちら>
「第2回:人類の孤独を解消するテクノロジー(後編)」はこちら>
「第3回:人はAIと共に進化する」はこちら>
「第4回:パネルディスカッション前編」はこちら>
「第5回:パネルディスカッション後編」

選択の自由の先

加治
オリィさんは、矢野さんに何か質問してみたいことはありますか。

吉藤
最近、OriHimeパイロットのメンバーと話していて、「寝たきりの私たちが寝られないくらい、できることが増えて選べなくなっている」というのです。OriHimeで旅行にも行けるし、ゲームもできるし、キャンプにも行ける。何もできないとあきらめていたことが次々にできるようになったので、選択肢が増えすぎて絞りきれないという問題が出てきているようです。これはAIに優先順位をつけてもらうとか、そういった支援が必要でしょうか。

矢野
ウェルビーイングの研究では、人間の心理的ないい状態を作り出す2大要因は、「自分で選択肢を見つける」「自分で選択する」であることがわかっています。今のお話は、OriHimeというテクノロジーやカフェというコミュニティができることの選択肢を増やし、自分で選択できるようになった。自ら選択した自己決定の経験というのは、まさにウェルビーイングな状態に近づいているということで、素晴らしいと思いました。

画像: 選択の自由の先

ただ、選択肢は今の世の中にはあふれていますし、そこで選んだ経験というのを人生に生かせる人と生かせない人がいます。人間には、それぞれ過去の経験から学んだ物事をとらえるフレームがあるのですが、その枠を超えていくリフレーミング能力が高い人は、経験を生かせる人です。リフレーミング能力は私たちが生まれつき持っているものではなく、クルマの運転のように経験を重ねて身に付きます。リフレーミング能力が上がれば、正しい自己選択ができるようになるので、今のOriHimeパイロットの方はとてもいい状態に向かっている途中なのかもしれません。

加治
そのパイロットの方は、選択肢がたくさんあり過ぎる状態を喜んでおられるのですか。それとも、本気で困っているのですか。

吉藤
私が先日話したのは、6年ぐらい一緒にやっている仲間で、20代のうちからOriHimeを使って働いているのですが、寝たきりなのでそれまではカフェというものに触れたことがありませんでした。しかしこの6年間でいろいろなことができるようになって、「これをやったらどう」「こんなこともできるんじゃない」といろいろな方からアドバイスをいただくようになった。そのことには感謝しているのですが、全部やっていると時間のリソースが足りないし、本当にやりたいことが何なのかがわからなくなってきたというのです。

加治
それはさっき矢野さんが4象限で解説されていた、安全なコンフォートゾーンを脱け出した状態なのかもしれません。寝たきりで選択肢のなかった時は、ある種安定したコンフォートゾーンで、そこに新しい選択肢ができてさらに上の段階に行くためには、不安や緊張の時期が必ずあるわけですね。

矢野
あのスパイラルを回して一段階上のフローに上がる時には、混乱や迷いが生じます。そこが大事なのです。そういうことを自覚して、これは自分がステップアップするための緊張、ここにいくための迷いなんだと思えるようになると、経験値が上がりスパイラルを回す力が身に付いていきます。

人間にしかできない分身ロボットカフェ

加治
矢野さんはオリィさんに、何か聞いてみたいことはありますか。

矢野
あえて立ち入った質問をさせていただくと、オリィ研究所の経済性はどんな感じなのでしょう。つまり研究所でも会社である以上、利益を上げなければ持続していけないわけで、経営者としても気になるので、答えられる範囲でお願いします。

吉藤
カフェについて言えば、黒字経営で運用できています。それは年間6万人ぐらいのお客さまに来ていただいているから、実現できることです。来ていただいたお客さまの反応をネットで見てみると、「まちゅんさんとの人生の話が面白かった」とか、「○○さんと量子力学の話で盛り上がりました」といった出会いや会話の話が多いです。私たちが他のカフェに入って店員さんと人生の話はなかなかしないと思いますし、量子力学で盛り上がることなんてないですよね。分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」は、いわゆる街中のカフェとは異なる会話や出会いを楽しむ場になっているのだと思います。海外からのお客さまが多いのは、グローバルでも認知されてきたからでしょう。

画像1: 人間にしかできない分身ロボットカフェ

私は、今の時代にこの方向性は間違ってないと思っています。もともとはOriHimeや入力ツールを作ってきた会社ですが、カフェは雇用も生み出しますし、ホスピタリティとか接客業というところはまだまだAIより人間が本領を発揮できる領域なので、これからもこの可能性は探っていきたいです。

加治
せっかくなので、まちゅんさんにお話を伺ってみてもいいですか。

画像2: 人間にしかできない分身ロボットカフェ

まちゅん
オリィさんのお話にもあったように、私がすごく孤独に苦しんでいたのは、やっぱり人と話すこともないし、自分の役割が全く見い出せなくなってしまっていたからです。でもカフェで働くようになって、お客さまと会話をして、時には自分の話もして、それをお客さまに喜んでいただいていると感じた時、私はこのお仕事でハピネスになっていることを実感します。

加治
ありがとうございます。今は幸せを感じておられるということで、何よりです。私ははじめてOriHimeパイロットのまちゅんさんとお話しましたが、この分身ロボットのデザインもシンプルで素直に話せました。

吉藤
実は、私は人の顔を見て話すことが本当に苦手でした。これは私の持論にすぎないのですが、人の顔は情報量が多過ぎて、人と人とが仲良くなるためにデザインされているとはとても思えない。肉体としての顔の造形以上に、人が仲良くなれるデザインはあるはずで、このインターフェースを変えることによって生まれる新しい関係性というのも、私の興味分野です。

加治
今日は、AIとは距離を取ったアプローチで孤独を解消しようとされているオリィさんと、AIやデータを駆使して幸せの総量を増やそうとされている矢野さんのお話を聞いて、お二人は同じ山を違う方向から登られているように感じました。それも大変登りがいのある山を登られている。最後にひとことずついただきたいと思います。まずは矢野さんから、お願いします。

画像3: 人間にしかできない分身ロボットカフェ

矢野
私は今日ここに電車で来る間も、ずっとAIと一緒に仕事をしているようなビジネススタイルになっています。これからはAIを部下として、同僚として、ブレーンとして目いっぱい活用しながら、人間にしかできない仕事に集中してきたいと思います。

吉藤
つい最近仲間が亡くなりまして、本当に人生というのはいつ終わるか分からないと実感しています。だけどいつか終わること自体は確定している。この世に生きている限りは、孤独を解消する手段を何とか残していきたいと本気で思っております。何か皆さんの取り組みと私たちの活動が交わることがありましたら、是非分身ロボットカフェに遊びに来てください。

加治
本日はありがとうございました。

「第1回:人類の孤独を解消するテクノロジー(前編)」はこちら>
「第2回:人類の孤独を解消するテクノロジー(後編)」はこちら>
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「第5回:パネルディスカッション後編」

画像1: デジタルとハピネスから生み出すAI時代の企業変革
【第5回】パネルディスカッション(後編)

吉藤オリィ(よしふじ おりぃ)
株式会社オリィ研究所 共同創業者 代表取締役所長 CVO
「孤独を解消する。」分身ロボット「OriHime」の開発者であり、株式会社オリィ研究所代表として、人と人との“つながり”をテクノロジーで支える活動に取り組む。生活環境や入院、身体障がいなどの様々な理由で外出の難しい「移動困難者」が、分身ロボットをリモートで操縦して、仲間とともに生き生きと働くことができるカフェ「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を運営。世界的権威を持つメディアアートの祭典「Ars Electronica」が主催する「Prix Ars Electronica 2022」において、デジタルコミュニティ部門の最高賞である「Golden Nica(部門最高賞)」を受賞。

画像2: デジタルとハピネスから生み出すAI時代の企業変革
【第5回】パネルディスカッション(後編)

矢野 和男(やの かずお)
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
1959年山形県酒田市生まれ。1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。同社中央研究所に配属。2007年主管研究長、2015年技師長、2018年より現職。博士(工学)。IEEE Fellow。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行して実社会のデータ解析で先行。論文被引用件数は4500件、特許出願350件以上。大量のデータから幸福度を定量化し向上する技術の開発を行い、この事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立し、代表取締役CEOに就任。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。

画像3: デジタルとハピネスから生み出すAI時代の企業変革
【第5回】パネルディスカッション(後編)

加治 慶光(かじよしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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