「第1回:伊藤亜紗氏講演「漏れる利他(前編)」」はこちら>
「第2回:伊藤亜紗氏講演「漏れる利他(後編)」」はこちら>
「第3回:矢野和男講演「ウェルビーイングは利他から(前編)」」はこちら>
「第4回:矢野和男講演「ウェルビーイングは利他から(後編)」」
「第5回:佐藤雅彦講演「『応援からはじめるイノベーション』企業における社員同士の利他とは」」はこちら>
「第6回:「利他」とは違いを受け入れ、うまくやっていくための知恵」はこちら>
社内の交流を広げるツールでエンゲージメントを向上
日本の企業は従業員エンゲージメントが低いと言われています。そこで、お話ししてきたような研究成果を活かした仕組みによって幸せで生産性の高い職場づくりに貢献したいと考え、2020年に株式会社ハピネスプラネットを立ち上げました。これまで蓄積してきた技術やノウハウとAIを組み合わせることで、従業員エンゲージメント向上やウェルビーイング経営などに関するサービスを提供しています。
近年、多くの企業で利用されているTeamsなどのITツールは、仕事の効率を高めることには貢献してくれますが、用事のない人同士のつながりが弱まってしまう、すなわちV字型の関係だけになってしまうという課題があります。
その処方箋として車座での対話が有効であるということは言われていますが、今は飲み会のような機会も少なくなり、また従来のITツールでは発言するのに敷居が高いという声も聞かれます。そうした課題に応えるため、ハピネスプラネットではデジタルの車座をつくれるサービスアプリ「Connect」を提供しています。このアプリでは会話のきっかけづくりとしてAIのファシリテーターが質問を投げかけ、それに対する各人の回答コメントを紹介、そのコメントに対して周囲の人たちが共感や応援のメッセージを送ることで会話の輪を広げていくことができます。それによって部署を超えた横のつながりや、三角形のコミュニケーションが生まれていることを可視化します。

このサービスは2024年4月現在で200社に導入されており、幅広い職場で活用されるなかで、三角形のつながりができる職場は離職が少ないことなどを実証しています。実際にアプリを使用した方々からは、社内での交流の拡大やモチベーション向上への効果が実感できたという声も多く寄せられています。
生成AIはニュートン以来の科学革命
ここからは、生成AIと働き方の変化についてお話しします。生成AIは、コンピュータのプログラムだと思っている人が多いようですが、実は、あれはただの数式です。生成AIの原理は、単語の列に対して次の単語を選び出すという数式なのです。そして、出力される単語がよく見られるパターンで、しかも人間による評価が高くなるように数式の係数を調整することを「学習」と呼んでいます。例えば、その数式に「リンゴ」と入力すると、イコールの先に「です」が出力されるというような仕組みです。

驚くべきことに、扱う言語は日本語も英語もロシア語もプログラミング言語もまったく区別しません。世の中にそんな万能の式があったのですね。そのため「ChatGPTは単語や文章の意味を理解しているわけではない」と言う人がいます。でも、そもそも「理解」とはどういうことでしょうか。
科学的な理解とは、単一の数式で世界を表すことです。私はもともと理論物理学者ですから、科学的な理解の最高峰はニュートンの物体運動の方程式だと思っています。この方程式によって、リンゴと月の運動を区別していたそれまでの理解が覆され、実は単一の方程式で表せることがわかったのです。
ChatGPTが行っているのは、それとまったく同じことです。これまで、社会や文化といった言語で表現できることは、物理の世界で扱う物体、物質などと違って数式で扱えないと思われていたのが、すべて方程式で扱える、つまり科学的に理解できるということが明らかになった。これは大変なことで、私はニュートン以来の「第二の科学革命」と言っています。
ただ、生成AIにも限界があって、ChatGPTに質問を入力すると、間違いではないけれど何か総花的で心を動かさない結果が出てきます。これはなぜかというと、特定の思想や価値観のバイアスがかかっていない回答を出さなければいけないという原則があるからです。
一方、私はここまで15分くらい話してきましたが、そのなかで多少なりとも皆さんの心を動かす何かがあったとしたら、それは私の思考のバイアスがあるからです。私が60年生きてきた蓄積から生じたバイアスが、皆さんの心に訴えかける何かをつくっているわけです。
そのようなバイアスを生成AIに取り入れてみたらどうかと考え、本日お話ししたようなウェルビーイングの考え方を生成AIに取り入れ、従業員からの質問や相談に前向きで生産的な回答を返すことで、自律的・積極的に挑戦する人財づくりを支援する「Bunshin」というAIを開発しました。それを応用して、企業の創業者や社長の哲学・考え方などを生成AIに学ばせ、従業員からの相談に企業ビジョンに基づいた回答を返す「社長Bunshin」というサービスの提供も始めました。

また、この「Bunshin」の技術を応用して従業員のサーベイを行い、一人一人に寄り添った形でコーチングやマネジメントを支援する「Energize」も提供しています。

生成AIに人間の考え方を組み込む技術を、私は「Humanity-Augmented Generation」、略してHAGと呼んでおり、これを利用して私自身だけでなく久瑠あさ美さん、為末大さん、山口周さんなどいろいろな人の考え方を組み込んだ特徴あるBunshinも開発しています。
例えば、為末大さんのBunshinに「受注拡大策の検討結果を上司に報告します。不安です。」と相談すると、「全力が先、制御は後」という為末さんらしい言葉を返してくれるといったものです。

さらに、言葉だけでなくもっと心を動かしたいということで、それぞれの人のコンテンツから歌を生成できるようにしました。例えば、「今日のあなたを応援する歌」として私、矢野和男のBunshinはこんな歌を生成します。
Executive Foresight Online Facebookページに掲載されている動画を再生します。
※ セキュリティ上Facebookを閲覧できない環境にある場合は視聴できない可能性があります。
さきほども言ったように、生成AIは社会と仕事に大きな変化をもたらしています。その変化に翻弄されずに成長していくためには、コンフォートゾーンを出て前に進まなければいけません。コンフォートゾーンから出ることで、周囲の人とのあいだにはさまざまな関係が生じます。その関係を前向きに活かしていくことが本日のテーマ「利他」の本質であり、利他によってウェルビーイングがあるのだと考えています。
「第5回:佐藤雅彦講演「『応援からはじめるイノベーション』企業における社員同士の利他とは」」はこちら>

矢野 和男(やの かずお)
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
84年早大修士卒。日立製作所入社。論文被引用数4500件、特許出願350件超。幸せに関するテクノロジーの研究を世界に先駆けて開始。2020年に株式会社ハピネスプラネット設立。大量データから幸せな集団が持つ普遍的な特徴を解明。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。