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「Hitachi Academy Open Day 2024」の先行イベントとして、日立アカデミーは2024年10月10日に社内イノベーションネットワーク「Team Sunrise」とのコラボイベントを開催した。その模様をまとめた採録記事の第2回、伊藤亜沙氏の講演「漏れる利他」の後編では、「利他の毒」の解毒をめざす実例から「与える」と「漏れる」の違いを明らかにしていくとともに、東南アジアの社会システムと利他の関係についても考察する。

「第1回:伊藤亜紗氏講演「漏れる利他(前編)」」はこちら>
「第2回:伊藤亜紗氏講演「漏れる利他(後編)」」
「第3回:矢野和男講演「ウェルビーイングは利他から(前編)」」はこちら>
「第4回:矢野和男講演「ウェルビーイングは利他から(後編)」」はこちら>
「第5回:佐藤雅彦講演「『応援からはじめるイノベーション』企業における社員同士の利他とは」」はこちら>
「第6回:「利他」とは違いを受け入れ、うまくやっていくための知恵」はこちら>

「漏れる」のポイントは「宛先がない」こと

一方、「設計された漏れる利他」の例もあります。ご存知の方も多いかもしれませんが、奈良県の生駒駅近くにある「チロル堂」という駄菓子屋さんです。ここは「利他の毒」を解毒することを強く意識した場所です。

吉田田タカシさんがここを立ち上げたきっかけは、最近増えてきた子ども食堂では、与える側と与えられる側が固定されているように感じられる、その違和感だったといいます。

チロル堂では、18歳以下の子どもは利用前に必ず100円で1回カプセル自販機を回します。すると店内通貨のチロル札が1~3枚出てくるので、それを使ってお菓子を買ってもいいし軽食を食べてもいいという仕組みです。子どもの100円に魔法がかかって100円以上の価値になるわけですが、なぜ魔法がかかるのかというと、そのお店で大人が飲食した代金の一部が子どものために使われるからです。チロル堂ではそのことを「寄付」ではなく「チロ」と言い、寄付という言葉に染みついている「与える」イメージを払拭しようとしています。

カプセル自販機を回すというルールもポイントです。まず、その子が本当に困っているかどうかを問わず誰でも参加できること、ゲットできる金額が偶然の仕組みに左右されていて、なおかつ大人から直接渡されているわけではないということが重要なのです。それによって、運任せとはいえ出した金額以上の価値を自分の力でゲットでき、そのお金で自分のおなかを満たしているという主体的な感覚が得られます。

そう考えると、「漏れる」という言葉のポイントは「宛先がない」ことなのです。「誰が使ってもいいよ」と宛先を決めないまま自分の所有の範囲から外に出すことによって、受け取るかどうかも偶然に左右されます。与える/与えられるではない関係ができるわけです。

画像1: 「漏れる」のポイントは「宛先がない」こと

日本語の「いいかげん」には「ちょうどいい」のようなよい意味と、「大雑把」のような悪い意味がありますよね。この言葉を英語ではどう言うのか議論をしたことがあったのですが、ブレイディみかこさんが「reasonable」ではないかとおっしゃって、とても面白いと思いました。reasonableには合理的、理性的といった意味のほかに、トップダウンのルールに従うのではなく関係者の合意のもとで妥協点を探していくという意味があるのです。

「利他」の例としてよく挙げられるのが、川の上流と下流に住む人たちの関係です。上流に住む人が川を汚すと下流に影響してしまうため、この人たちは少し間違えると敵対的な関係になりがちです。そうした可能性を持つ人たちがうまく共存していく知恵として「利他」が生じるのであって、必ずしも仲のよい人々の間だけに生じるものではないということです。その意味でreasonable、いいかげんということが利他のポイントになるのではないかと思います。

「与える」と「漏れる」の違いについてお話ししてきましたが、受け取る側の創造性という点から考えると、利他というのは「一人一人が社会をつくる側に回る」ことではないかと思います。各自が身の回りで見つけたリソースを活用することが、そのリソースを漏らした人の利他になるわけですね。その意味で利他とは「社会に参加すること」ではないかと思います。

画像2: 「漏れる」のポイントは「宛先がない」こと

東南アジアの社会システムから学ぶ利他

最後に、利他とも関係ある話ですが、「Team Sunrise」の活動の一つが「会社内にストリートをつくる」ということだと伺いましたので、ストリートにまつわる話をしたいと思います。

私は最近、国際交流基金のプロジェクトで東南アジアのケアについて各地で調査研究を行っており、そのなかで見えてきた、国や地域によって異なる「路地の知恵」に興味を感じています。

例えば、ベトナムは社会主義国ですが、1986年からはドイモイ政策によって私有財産なども認められるようになりました。そのため、「自分のもの」という感覚自体が最近得られたもので、公共のスペースに進出していく力がとても強いのです。建築でも、家の二階の窓の外側にはみ出してもう一室つくってしまった家をよく見かけますし、植木鉢を自分の家の前からはじまってどんどん通りに置いていく。ポイントは、植木鉢なので可動性が高く、何か言われたらすぐ撤退できる状態だということです。それによって、どこまでが自分の領土になりうるのかを試しているように見えました。

画像1: 東南アジアの社会システムから学ぶ利他

また、団地の中庭のような場所では、ランチの時間になると近くのレストランがテーブルを出して客席として利用します。でも学校が終わって子どもたちが遊ぶ時間になると、ちゃんと片付ける。公共の場所を領土として使う主体が時間によってダイナミックに変化する。このことは、別の角度から見ると公園というリソースを効率よく使っているとも言えますね。そうしたことがあちこちにあって、一見すごく利己的なようですが、公共空間の使い方としては実は合理的でreasonableだと感じています。

またインドネシアでは町内会の仕組みが発達していて、「ゴトンロヨン(相互扶助)」文化があります。40戸ぐらいで町内会を構成し、道が壊れたらお金を出し合って直す、誰かが病気になったらお金を出し合って病院に連れていくといったことが行われています。病気になったらみんなで助け合うのが当然で、お返しをしなければいけないという感覚はありません。日本の皆保険制度を町内会単位で行っているようなものですが、日本のシステムとは違う安心感があるのかもしれないと感じます。

そのように地域によって利他の形、ケアの形は異なります。日本はシステムが強いので、そのなかにどうやって余白をつくるかに創造性が発揮されます。東南アジアの多くの国々では反対に、弱いシステムのなかでの生きやすさを苦肉の策として創造していて、実はそちらのほうに「利他」や「ケア」の働きがあるのではないかと私は思います。正反対だからこそ、お互いに学ぶことがあるのではないでしょうか。(第3回へつづく

画像2: 東南アジアの社会システムから学ぶ利他

「第3回:ウェルビーイングは利他から(前編)」はこちら>

画像: イノベーティブ組織の「利他」との向き合い方~人のつながりで、予想以上のわくわくを~
第2回 伊藤亜紗氏講演「漏れる利他(後編)」
利他とは「社会に参加すること

伊藤 亜紗(いとう あさ)
東京科学大学 教授
美学者。東京科学大学 未来社会創成研究院/DLab+ディレクター。MIT客員研究員(2019)。博士(文学)。
主な著作に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)、『手の倫理』(講談社)。
第42回サントリー学芸賞、第19回日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞受賞。

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