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「第5回:第2次デジタル競争というチャンス」
これからが日本のチャンス
入山
今日の講演では時間がなくて話せませんでしたが、最近はこれからが日本のチャンスですという話をしています。僕は団塊ジュニアの氷河期世代なので、社会へ出てからの約30年間はいいことがなかった。ところが昨年あたりから風向きが変わってきました。例えば日本企業の株を海外に売る証券会社では、投資家ミーティングに参加する海外投資家の数が3倍ぐらいに急増しているそうです。つまり、これからの日本に期待する投資が増大している。その理由はいくつか考えられます。まず1つ目は円安です。2つ目はデカップリング(経済分断)の問題で、世界の情勢が不穏当な中で企業が中国に全張りできなくなってきた。そうすると、半導体のように安全で優秀な人財がいる日本に投資が来るようになります。

3つ目がIoTです。いわゆる第1次デジタル競争で、日本はGAFAMに敗れました。スマートフォンという新しいデバイスが登場して、その市場を米国のプラットフォーマーに獲られてしまった。しかしすでに次の第2次デジタル競争が始まっていて、それは「デジタルとリアルの融合」です。IoTを活用したリアルタイムなデータ収集・分析で、エネルギーの最適化や交通渋滞の解消などを実現するスマートシティ、仮想空間でシミュレーションすることで現実の最適解を導き出すデジタルツインなどがそうで、こちらの方がスマホよりはるかにスケールが大きい。
そして4つ目が、コーポレートガバナンスです。日本企業がガバナンスを意識するようになり、世界を見据えて中長期的にビジョンを立てた経営を行うようになってきたことに、世界の投資家や企業が注目している。この4つはすべて構造要因ですから、そう簡単には揺るぎません。
加治
おっしゃる通りです。さらに加えるなら、労働移動がすごく激しくなることもチャンスになるのではないでしょうか。これから優秀な人財は引く手あまたになっていくはずで、そういう人たちが辞めることなく能力を発揮してもらうためには、雇用する方にもすごく緊張感が生まれると思います。給料を上げるとか、若手を登用するとか、そういうことを企業側が先んじて考えなければいけなくなります。
入山
終身雇用というのは、社員を甘やかす仕組みではなく、経営者を甘やかす仕組みなんです。社員が辞めないと思うとぬるい経営をするわけですが、これからはそれだと社員が辞めてしまいますから、いい緊張関係が生まれてきますね。
加治
そう思います。それと、一般的にはリスクだと言われていますが、人口が減ることもチャンスではないですか。
入山
おっしゃる通りです。インドでは人口が多すぎて若者の失業率が問題になっていますが、日本は人口が減る一方なので、デジタルで労働力を補完しないとやっていけません。つまり、技術革新の大チャンスです。
スタートアップとの協創
森
政府が2022年に発表した「スタートアップ育成5か年計画」では、「スタートアップへの投資額を5年後の2027年度に10倍を超える規模とする」「スタートアップを10万社創出する」との目標が明記されました。日立も、スタートアップへの投資や新しい取り組みの協創でイノベーションの可能性を探っているところですが、入山先生は日本のスタートアップについてどうお考えですか。
入山
僕は経団連のスタートアップ躍進ビジョンの主席研究員をやっていまして、大企業とスタートアップによるエコシステムづくりを推進する役割を担っています。もっと大企業とスタートアップが積極的に組むことで、スタートアップを盛り上げながら、大企業も彼らの情熱やスピード感などを吸収していただきたい。日立のようにCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)で投資することも大切ですが、単純にスタートアップの作るものやサービスをもっと買って使ってもらいたいと思っています。
そして僕は、日立にぜひお願いしたいことがあります。それは、茨城の日立市をスタートアップの城下町にして欲しいのです。なぜそう思うかと言いますと、僕は昨年フランスのトゥールーズに行きました。トゥールーズという街には、今世界中の宇宙ベンチャーが集まっています。なぜかというと、そこにエアバスという大企業が存在しているからです。エアバスを核にして、宇宙ベンチャーとのエコシステムができていて、すごく高いレベルの協業が行われています。
ドイツでは、シュトゥットガルトにスタートアップが集まっているのですが、それはメルセデス・ベンツ・グループがあるからです。ミュンヘンにはBMWがあるので、やはりスタートアップが集まってきている。僕はそれを名古屋に期待していまして、スタートアップと協力してもう一回挑戦して欲しいと思っています。同じように、日立市でも社会インフラのスタートアップを集めて、世界に誇れるエコシステムをぜひ作って欲しいです。
森
日立は、2023年12月に日立市とデジタルを活用したスマートシティの包括連携協定を結びました。地域の脱炭素社会をめざすグリーン産業都市、住めば健康になるまちをめざしたデジタル医療・介護、誰もが移動しやすい公共交通のスマート化を3本柱にして、行政やさまざま団体、住民の皆さまとのコラボレーションがスタートしています。
入山
そうですか、それは素晴らしいです。
森
今の日本は、多くの地方が高齢化や人口減少といったさまざまな課題を抱えています。日立は、この日立市での取り組みを地方創生のモデルケースにして、全国の地方に広げていきたいと考えています。入山先生からいただいたスタートアップの集積地にするというアイデアは、ぜひ検討してみたいです。
加治
そろそろ終わりの時間が来てしまいました。入山先生、本日はさまざまな学びをありがとうございました。今日の講演で、日立の川村さんが経路依存性を断ち切ったという話がありました。これは、「日立だからできた」のではなくて、「日立でもできた」のだと思います。これだけ巨大で経路依存している組織でも、できたのです。
川村さんは『ザ・ラストマン』という本の中で、ハイジャックされた飛行機に乗り合わせて、あと一歩で死を迎えるという経験をされた時に、自分の後ろにはもう誰もいないという覚悟を知ったそうです。日立の経営危機の時に、そういうザ・ラストマンの覚悟を持った経営者が、会社を立て直すために経路依存を断ち切った。
今日入山先生から、AIやDXが広がったこれからの時代は、何を言ったかより誰が言ったか、また感情・責任・人格が重要になるというお話をいただいた時に、私はこのエピソードを思い浮かべました。本日はどうもありがとうございました。

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入山 章栄(いりやま あきえ)
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授に就任。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。
専門は経営学。国際的な主要経営学術誌に多く論文を発表している。著書の『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』、『世界標準の経営理論』はベストセラーとなっている。近著は『宗教を学べば経営がわかる』池上彰・入山章栄 共著。

森 正勝(もり まさかつ)
株式会社日立製作所 理事 イノベーション成長戦略本部長
1994年、京都大学大学院工学研究科修士課程を修了後、日立製作所に入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事した。2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。日立製作所 横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取りまとめた後、2018年より日立ヨーロッパ社CTO 兼 欧州R&Dセンタ長。2020年、日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部長 兼 東京社会イノベーション協創センタ長。2023年より現職。博士(情報工学)。

加治 慶光(かじ よしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
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ベンチマーク・ニッポン
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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