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日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 技術顧問 兼 日立東大ラボ長 松岡秀行/ 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 主任研究員 吉本尚起
日立東大ラボでは、「ハビタット・イノベーション プロジェクト」の成果をベースに、Society 5.0に関する2冊の本を刊行している。最初の書籍『Society 5.0 人間中心の超スマート社会』は、Society 5.0=超スマートシティの世界観とDXに資するテクノロジーなどを示すことで、新しい社会像の理解・浸透に貢献。続く『Society 5.0のアーキテクチャ 人中心で持続可能なスマートシティのキーファクター』では、その実現に向けたアーキテクチャ(方法論)を示し、反響を呼んでいる。

「第1回:書籍や提言書など、情報発信に注力」はこちら>
「第2回:統合的・定量的にエネルギーの未来を描く」はこちら>
「第3回:グローバル・イニシアティブの発揮へ」はこちら>
「第4回:スマートシティ実現のためのアーキテクチャ」
「第5回:提言から社会実装へ」はこちら>

スマートシティの中心は「人」

――前回まで日立東大ラボの「エネルギー プロジェクト」に関して伺ってきました。もう一つのプロジェクト、「ハビタット・イノベーション」についても教えてください。

松岡
「ハビタット・イノベーション プロジェクト」では、データ駆動型で人間中心のまちづくりをめざすことを目標に掲げています。この活動のなかで特に重視してきたのが、Society 5.0に謳われているように、「人中心」であることと「持続可能」であることです。人を中心にしながら、かつ持続可能なスマートシティを実現するには何が必要かという観点から提言を行ってきました。

主な成果としては、Phase1の活動内容を書籍にまとめ、2018年に『Society 5.0 人間中心の超スマート社会』(日本経済新聞出版)を刊行しました。これは、Society 5.0の考え方を解題するとともに、デジタルトランスフォーメーション(DX)に寄与することをめざした研究成果をとりまとめた書籍になります。すでに政策立案者をはじめ多くの方々に読まれ、好評を得たことから、英語版と中国語版も出版し、Society 5.0のビジョンを海外に広めることにも寄与しました。そのほか、共同研究やフォーラムも開催しています。

画像: 左から、『Society 5.0 人間中心の超スマート社会』日本語版、同・英語版、同・中国語版

左から、『Society 5.0 人間中心の超スマート社会』日本語版、同・英語版、同・中国語版

続くPhase2の時期は、ちょうどコロナ禍とぶつかり、社会実装活動については思うように進みませんでした。そこでPhase1の成果をベースに議論を深めるなかで、持続可能なスマートシティの実現に不可欠な観点として、住民の参加・協力やデータ利活用を挙げ、そのための方法論について深掘りしました。

これらの議論をまとめ、さらに具体的なアーキテクチャとして紐解いたのが、2023年12月に上梓した『Society 5.0のアーキテクチャ 人中心で持続可能なスマートシティのキーファクター』(日本経済新聞出版)になります。

画像: 2023年12月に刊行された『Society 5.0のアーキテクチャ 人中心で持続可能なスマートシティのキーファクター』

2023年12月に刊行された『Society 5.0のアーキテクチャ 人中心で持続可能なスマートシティのキーファクター』

スマートシティに不可欠な6つのキーファクター

――書籍のタイトルにある「アーキテクチャ」という言葉は建築と訳されることが多いと思いますが、この本のなかではどのように定義されているのでしょうか?

松岡
アーキテクチャというのは、それぞれの地域や時代における建物をつくり上げる術や構築する方法を意味するもので、地域や時代固有の様式としても認識される概念です。つまり、地域の気候や風土、材料などのリアルな固有の条件と、要求される機能との間をつなぎ、空間を創出するための方法・技術・理論のことを指します。ですから、アーキテクチャにもとづいて生み出されるものが建築物であり、都市なんですね。

画像1: ――書籍のタイトルにある「アーキテクチャ」という言葉は建築と訳されることが多いと思いますが、この本のなかではどのように定義されているのでしょうか?

なお、われわれは、スマートシティを実現するためのアーキテクチャを導き出すために、以下の6つのキーファクターを掲げています。

①社会的な受容
②スマートシティのQoL評価
③データインフラのエコシステム
④生活者参画
⑤データガバナンス
⑥人財育成

吉本
①の「社会的な受容」というのは、地域住民が施策を受け入れることを指しています。スマートシティの実現には個人情報のデータ利活用が欠かせませんが、収集方法を含めた施策に対して、地域社会が理解を深め、自律的に意思決定に関わっていくことが肝要だと考えています。②の「スマートシティのQoL評価」というのは、施策の評価の指標として人のQoLを物差しにしようという話。先述の通り、スマートシティの中心には住民がいるべきである、という考えに基づいています。

③の「データインフラのエコシステム」とは、新しいビジネスを生み出し、街の持続可能性に資するためには、データ連携が欠かせないということ。④の「生活者参画」は当然のことながら、地域からの課題やニーズの吸い上げ、生活者とともに新しいサービスを創造していくことが重要であり、住民不在のまちづくりはあり得ないということを謳っています。

⑤の「データガバナンス」については、近年、特に重要視されているように、パーソナルデータの活用については、単に法令を遵守すればいいというものではありません。常に炎上リスクを意識しながら、データの取り扱いに関するガバナンスを強化していく必要があります。そして⑥の「人財育成」は、スマートシティという新しい分野を担う人財の教育プログラムやキャリアプランを準備しておく必要がある、ということです。

これら6つのキーファクターについては、「持続可能なスマートシティ実現に向けた提言」としてまとめ、内閣府関係官など政策立案者にお渡ししました。その結果、国が推進する「デジタル田園都市国家構想」のなかに部分的に反映されています。

画像2: ――書籍のタイトルにある「アーキテクチャ」という言葉は建築と訳されることが多いと思いますが、この本のなかではどのように定義されているのでしょうか?

データの可視化によって、合意形成やフレイル予防に役立てる

――これらの取り組みについては一部、社会実証も行われていますね。

松岡
愛媛県松山市において、松山駅前、道後温泉周辺をフィールドとして、センサで人や交通の流れをセンシングし、そのデータを生かして街の活性化を図る実証実験を行いました。また、ちょうど実施時期がコロナ禍と重なったこともあり、それらのデータを可視化するツールを用いて、市民がオンラインで参加できるワークショップを開催するなど、データ駆動型都市プランニングの市民対話のあり方、合意形成についても検討しました。

もう一つ、千葉県柏市の柏の葉では「フレイル予防AI」の社会実装にも取り組みました。フレイル(虚弱。語源はFrailty)とは、「加齢に伴い体力や気力が低下し、さまざまなストレスに対する抵抗力・回復力が低下した状態」を言います。つまり、要介護、要支援の前段階を指す言葉です。高齢者の方々がそういった状態にならないように、データに基づく個人向け健康サービスを提供することを目的とした取り組みです。

Phase3では、これらの事例やPhase2で検討してきたアーキテクチャを踏まえて、さらに社会実装の事例を増やすことに加え、地方都市だけでなく、東京都など大都市の「アーバン・ウェルビーイング」についてもテーマにしていきます。より具体的な課題に落とし込みつつ、人間中心の新しい社会Society 5.0の実現に寄与していきたいと思っています。(第5回へつづく

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

「第5回:提言から社会実装へ」はこちら>

画像1: 日立東大ラボ編・超スマート社会を次世代エネルギーとまちづくりで実装する
【第4回】スマートシティ実現のためのアーキテクチャ

松岡秀行(まつおか・ひでゆき)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 技術顧問 兼 日立東大ラボ長。1987年日立製作所入社。中央研究所で、半導体デバイスの研究開発に従事。2004年同所ULSI研究部部長、2005年基礎研究所ナノ材料デバイスラボ ラボ長、2011年日立金属株式会社磁性材料研究所所長を歴任。2013年研究開発グループ主管研究長、2016年より日立東大ラボ長を兼務。2022年より現職。理学博士。

画像2: 日立東大ラボ編・超スマート社会を次世代エネルギーとまちづくりで実装する
【第4回】スマートシティ実現のためのアーキテクチャ

吉本尚起(よしもと・なおき)
日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 主任研究員。 2003年日立製作所基礎研究所入社。2017年より日立東大ラボ。専門は環境機能材料、エネルギーマネジメント、再生可能エネルギーの建築設備応用。博士(工学)、技術士(化学、総合技術監理部門)。

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