「第1回:書籍や提言書など、情報発信に注力」はこちら>
「第2回:統合的・定量的にエネルギーの未来を描く」はこちら>
「第3回:グローバル・イニシアティブの発揮へ」
「第4回:スマートシティ実現のためのアーキテクチャ」はこちら>
「第5回:提言から社会実装へ」はこちら>
GX実行会議や国際情勢を踏まえて議論を展開
――エネルギーに関しては、国が2022年にGX実行会議を設置したことで、さらにカーボンニュートラルへの取り組みが加速しつつありますね。
松岡
GX実行会議で議論されているのは日本のエネルギーの安定供給の再構築と、ネットゼロに向けた経済・社会、産業構造の変革であり、われわれの活動と大きく重なります。社会全体がカーボンニュートラルに向かうなかで、どうトランジションしていくのか、具体的に考えていく必要があり、まさにいまエネルギー プロジェクトのPhase3(2023〜2025年)において議論を深めているところです。
その一部について、2024年2月28日の第6回フォーラムのなかで問題提起をしました。カーボンニュートラルの実現のためには、こうした取り組みを成長戦略として捉えることが肝要であり、その際にどのような課題があるのか探っています。
吉本
一例として、生成AIの普及などにより、今後さらにデータセンターが増設されてエネルギー消費が増大していくことが予測されていますが、増え続ける電力需要に対してどう対処すべきなのか、われわれの武器である定量分析シミュレーターを使って議論を促そうとしています。
また、日本の場合、他の先進国と違って、社会構造の特徴として中小企業が非常に多いわけですが、カーボンニュートラルへの取り組みを社会のすみずみまで行き渡らせるためには中小企業を含めたバリューチェーン全体で臨む必要があります。そうしたことも問題提起として提言書に盛り込もうとしています。
もっとも、Phase2で積み残した宿題もあります。例えば、出力が変動する再エネが増えるなか、災害時などに火力発電や原子力発電などの回転型発電機が停止してしまうと、周波数が低下して停電範囲が広がってしまうのです。つまり、エネルギーシステムの強靭化のためには回転型発電機が不可欠なのですが、発電事業者にとっては将来が予見しにくいため、回転型発電機への投資が進んでいないのが実情です。そうした課題に対しても、俯瞰的な視点で解決策を探ろうとしています。これらの議論の一部は、2024年4月に発表する提言書 第6版のなかに示す予定です。
アジア太平洋地域との連携強化を
松岡
もう一つ、ここ数年の大きな変化が地政学上のリスクの増大です。ウクライナ侵攻から2年が過ぎ、いまだ収束が見えないなか、エネルギー価格の高騰自体は落ち着きを見せ始めているものの、やはり日本の場合、特に東南アジアやオセアニア地域など、アジア太平洋地域の国々との国際連携を強化していくべきだと考えています。いかにして連携を深めていくのか、第6回のフォーラムでも議論の俎上に載せました。
――国際連携のためには何が必要だとお考えですか?
吉本
カーボーンニュートラルに資する日本のテクノロジーを成長戦略の一つとして連携する国々へ提供していけるかどうかがカギを握っていると思います。また、日本は戦後、一気に電力システム網が整備された国であり、そうしたノウハウについてもアジア太平洋地域に提供しつつ、カーボンニュートラルを軸に一緒に成長していくことができるのではないかと考えています。
松岡
いずれにせよ、日立東大ラボとしての活動はある意味で一貫していて、社会実装までを視野に入れつつも、どうなるかわからないエネルギーの将来像、不確実性に対して、まずは客観的なデータ解析の結果を示しながら、ともに議論する土台を示す役割を担っています。
そういう意味では、電力から始まって、非電力も含めたエネルギー全般のシナリオを示し、さらにカーボンニュートラルを見据えて、グローバルな議論へと提言をバージョンアップしてきたことは、たいへん意味のある取り組みだと自負しています。
インペリアルカレッジロンドンと連携
松岡
一方、今後の国際連携も視野に入れると、われわれとしてはさらにグローバルなプレゼンスを上げていく必要があると考えています。その一つの取り組みとして、現在、イギリスのインペリアルカレッジロンドン(ICL)との連携を強化しています。
――なぜICLを選ばれたのでしょうか?
松岡
日本とイギリスは同じ島国であり、エネルギー構成も似ているのです。また、日本の発送電分離などの政策をイギリスに倣って導入したことや、ICLが政府機関へ大きな影響力を持つこともあり、議論のパートナーとしてふさわしいと考えました。奇しくも、2023年5月に、G7に先立って開催された日英ビジネスフォーラムにおいて、東京大学とICLがクリーンテックおよびエネルギー研究のために、新たな連携を発表したんですね。これを機に、日立主導でICLと日立東大ラボでカーボンニュートラルに伴う課題について議論するワークショップをスタートすることになりました。
同年11月2日に東大で開催した第一回目のワークショップでは、今後の再生可能エネルギーの導入に対する日英それぞれの立場を基に、制度面や技術面での喫緊の課題についての議論などが行われました(東京大学プレスリリース2023年12月22日「日立東大ラボがインペリアルカレッジロンドンとの合同ワークショップを実施」より)。
そのほか、空気中から直接CO₂を吸収するダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)や、生物多様性への取り組みなど、両国の共通の課題について共同研究を始めています。
吉本
11月のワークショップでは、ICLから12名の研究者が訪れ、主に電力システムに加えて、カーボンニュートラルに向けた広範囲な社会トランジションと国際連携をテーマに議論しました。そのなかで、客観的なデータの活用と、生成AIをはじめとするデジタルテクノロジーの積極的な活用の重要性について確認しました。また、テクノロジーで解決できない問題については、政策ないしビジョンとして積極的に情報発信していくことが重要であることも再確認しました。
ICLとの連携は今後も継続する予定で、次回は日本や英国のステークホルダーの方たちにも入っていただき、開かれた場で客観的な議論を展開し、研究やビジネスに具現化していきたいと思っています。(第4回へつづく)
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
「第4回:スマートシティ実現のためのアーキテクチャ」はこちら>
松岡秀行(まつおか・ひでゆき)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 技術顧問 兼 日立東大ラボ長。1987年日立製作所入社。中央研究所で、半導体デバイスの研究開発に従事。2004年同所ULSI研究部部長、2005年基礎研究所ナノ材料デバイスラボ ラボ長、2011年日立金属株式会社磁性材料研究所所長を歴任。2013年研究開発グループ主管研究長、2016年より日立東大ラボ長を兼務。2022年より現職。理学博士。
吉本尚起(よしもと・なおき)
日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 主任研究員。 2003年日立製作所基礎研究所入社。2017年より日立東大ラボ。専門は環境機能材料、エネルギーマネジメント、再生可能エネルギーの建築設備応用。博士(工学)、技術士(化学、総合技術監理部門)。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。