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治部れんげ氏 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授
各界で第一人者と呼ばれる人たちは、どんな本を読み、読書体験から何を学んでいるのか。男女共同参画やワークライフバランス、ダイバーシティ経営などの専門家で、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の治部(じぶ)れんげ氏にお話を伺いました。

現状維持バイアスが女性活躍を阻む

働いている女性の数は少なくないのに、女性管理職は少ない。それが日本の現状だ。内閣府がまとめた『男女共同参画白書(令和4年版)』によると、日本の就業者に占める女性の割合は2021年時点で44.7%。46%〜48%台の欧米主要国よりは低いものの、それほど遜色ない。しかし、管理的職業従事者に限ると13.2%に留まる。概ね30%以上の欧米主要国から大きく下回り、アメリカの41.1%やスウェーデンの40.2%に遠く及ばない。

「この数字を見たときの(企業人の)反応は、2つのタイプに分かれます」

そう話すのは、東京工業大学准教授で『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)などの著者・治部れんげ氏だ。

「ひとつは『確かにそうだね、少ないね』と率直に受け止めるタイプ。もうひとつはディフェンド(防御)に入るタイプで、二言目には『日本には日本独自の文化がある』『女性は管理職になりたがらない』と言う。私の経験では残念ながら、後者のタイプのほうが多いです」

ディフェンドタイプの三言目として「女性が社会で活躍すると出生率が下がる」という発言もあるという。

「しかしデータを見れば、女性管理職の比率の高い欧米主要国は、出生率も日本より高い。ですから、日本で女性管理職が増えないのはジェンダーの問題というより、現状を変えたくないという極めて強い〝現状維持バイアス〞の問題だと思っています」

人間らしい働き方が今の学生の関心事

治部氏が社会人になったのは1997年。男女雇用機会均等法が施行されて11年後のことだ。しかし就職活動中には「今年は女性を採用しません」「女性は事務職での採用のみです」といった言葉を何度も聞いた。総合職採用が限られる中、当時から男女で処遇が同じであった出版社を多く受けたという。「本が好きだったのも影響しています」

日経BPに入社すると、「『君は何がしたいの』と聞いてくれる上司に恵まれて、育ててもらった」。経済誌の記者の仕事に加え、社外にも人脈を築いた。その後、異動などを機にワークライフバランスに関心を持つように。フルブライト奨学金を得てミシガン大学で研究を行ったのもこの頃だ。アメリカの共働き家庭の実情を調査し、帰国後に『稼ぐ妻・育てる夫』(勁草書房)として上梓した。

すると講演を依頼されることが増え、活躍の場を広げていった。日経BP退職後は大学院でも学んだ。2019年に大阪でG20サミットが開催された際には、G20の下部組織・Women20の委員を務めたほか、国や自治体の公的仕事にも多く関わってきた。2021年に准教授として着任した東工大では、学生に「未来社会論」と題した授業を行っている。

この授業では、労働省(当時)の婦人少年局長として男女雇用機会均等法の立案に尽力した赤松良子氏による回顧録『均等法をつくる』(勁草書房)や、製糸工場で働く女工の悲哀を描いた『あゝ野麦峠』(山本茂実著、角川文庫)なども課題図書に指定する。

「男子学生から、『こんな野蛮な時代があったなんて信じられない』という声が聞かれます。今の学生は、人間らしく働けてそれが正当に評価されて報酬が得られることへの関心が高く、男性の1カ月以上の育児休業取得率が100%の積水ハウスの事例などにも強い興味を示します」

画像: 人間らしい働き方が今の学生の関心事

多様性の低い組織は評価されない

治部氏が教鞭をとる東工大では、ダイバーシティとインクルージョンの推進のため、2024年4月入学者の入試から総合型・学校推薦型選抜で「女子枠」を導入(2024年4月入学者の入試では58人、2025年4月入学者の入試では85人増えて、女子枠の募集人員は計143人になる)。日本の女性のSTEM(科学・技術・工学・数学)への進学率はOECD加盟国中、最低の水準にある。東工大はそうした実態を色濃く反映しており、学生に占める女性の割合は約13%と日本の女性管理職の割合とほぼ同じ。女子枠はこれを引き上げるためのものだ。

「学会などでたびたび海外に出かけ、ジェンダーバランスの差を実感している東工大の経営層は、現状はノーマルでもナチュラルでもない、持続可能でないと危機感を持っています」

東工大に限らず、大学の危機意識には別の背景もある。「大学債などを活用し自前で資金を調達する時代になり、そこで重視されるのはESGです」

企業も同様だ。世界最大級の機関投資家である日本のGPIFはすでにESGの視点を投資判断に組み込んでいる。「ESGのうち日本で最も遅れているのがS、特にジェンダーです。女性管理職を増やさないのは各企業の自由ですが、それでは機関投資家からの支持を得られない時代がやってきているのです」

役割を見直し仕組みを変える

オランダの調査会社・エクイリープは毎年、全世界の上場企業数千社を対象に、ジェンダー平等に関する調査を行っており、日本企業の意思決定層に女性が少ないことを指摘し続けている。調査結果はランキング形式でも発表され、日本企業では武田薬品工業の199位(2023年版)が最高だ。先のGPIFは、エクイリープのジェンダー・スコアカードをベースとした指数を2020年12月からESG指数の1つとして採用した。

一方で、ダイバーシティの高さと利益率の高さに相関があることも各種調査で明らかになっている。

「ディフェンドな人たちは『相関関係はあるが、因果関係もあるとは言えない』と主張します。しかし、DXといった他の施策については、因果関係まで証明した上で取り組んでいるわけではない。とにかく女性管理職を増やしたくないということが先にあるのでしょう。そうなのであれば、沈む自由はあると私は思います(笑)」

沈みたくないなら具体的にはどうすればいいのか。そのヒントに満ちているのが、『WORK DESIGN』(イリス・ボネット著、NTT出版)だ。「この本の最大のメッセージは、研修ばかりでは意味がないということ。女性活躍について研修を繰り返すよりは、ある程度知識が浸透したら、人事などの仕組みのデザインを見直して変えたほうがいいと提案し、具体的な事例にも触れています」

画像: イリス・ボネット著/池村千秋訳『WORK DESIGN』(NTT出版) ハーバード大学の行動経済学者が、無意識のバイアスがジェンダー格差を生じさせるという立場から、エビデンスに基づく行動デザインによる格差解消策を具体的に提示する。 www.nttpub.co.jp

イリス・ボネット著/池村千秋訳『WORK DESIGN』(NTT出版)
ハーバード大学の行動経済学者が、無意識のバイアスがジェンダー格差を生じさせるという立場から、エビデンスに基づく行動デザインによる格差解消策を具体的に提示する。

www.nttpub.co.jp

たとえば、実力主義のはずの営業部門で、男性よりも女性の成績が悪いといった場合。「調べてみると、男性には大きな売上が期待できる仕事が、女性には細々とした仕事が割り振られていたということもあるのです。であれば、割り振りを見直すことで女性の成績は上がり、昇進も増えるはずです」

「女性の社会進出と男性の家庭進出は両輪」と説く治部氏は、もう一冊の推薦書『父親の科学』( ポール・レイバーン著、白揚社)を挙げる。

画像: ポール・レイバーン著/東竜ノ介訳『父親の科学』(白揚社) 育児での男親の役割や育児にまつわる様々な誤解を脳神経科学、心理学、人類学、動物学、遺伝学などから検証、男親の育児が子どもの発達にプラスの効果を与えることを示す。 www.hakuyo-sha.co.jp

ポール・レイバーン著/東竜ノ介訳『父親の科学』(白揚社)
育児での男親の役割や育児にまつわる様々な誤解を脳神経科学、心理学、人類学、動物学、遺伝学などから検証、男親の育児が子どもの発達にプラスの効果を与えることを示す。

www.hakuyo-sha.co.jp

「この本では、AP通信の元科学担当デスクである男性が、自身の子育ての経験と各種の最新研究結果を照らし合わせながら、父親の役割について科学的に解説しています」

こうした本を読んだら、ぜひ職場でも話題にしてほしいと治部氏は言う。

「『ジェンダーの問題を解決すべきだ』とは主張しにくくても、『この本を読んだら、こんなところが良かった』と気軽に話してみてはいかがでしょう。それは同じ関心を持つ人に対して、〝この人は話がわかる、困ったときに相談できる人だ〞というサインになります」

(取材・文=片瀬京子、写真=佐藤祐介)

画像1: 本の力を借りて、現実を直視し未来を考える

治部れんげ氏

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。1997年、一橋大学法学部卒。日経BPにて経済誌記者を16年間務める。2006~2007年、ミシガン大学フルブライト客員研究員。2018年、一橋大学大学院商学研究科経営学修士課程修了。2021年4月より現職。内閣府 男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、東京都 男女平等参画審議会委員、日本ユネスコ国内委員会委員なども務める。TOPIX100企業の取締役会に占める女性割合を30%に高めることを目標に掲げる「30% Club Japan」のアドバイザリー・ボードメンバー。
著書に『稼ぐ妻・育てる夫』(勁草書房、2009年)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版、2018年)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書、2020年)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書、2021年)など。

画像2: 本の力を借りて、現実を直視し未来を考える

著書
炎上しない企業情報発信
(日本経済新聞出版)

優良企業のCMがなぜ炎上するのか。「ジェンダーはビジネスの新教養である」との副題通り、広報担当者のみならず全ての企業人にジェンダー視点が必須であることを、多くの事例とともに解説。

画像3: 本の力を借りて、現実を直視し未来を考える

著書
稼ぐ妻・育てる夫
(勁草書房)

アメリカでの52名へのインタビューや文献調査をもとに、男性の家事育児分担とそれが妻のキャリアに与える影響を考察し、女性活躍や少子化など日本が抱える課題の解決のヒントを探った書。

画像4: 本の力を借りて、現実を直視し未来を考える

著書
「男女格差後進国」の衝撃
(小学館新書)

日本は政治と経済に女性リーダーが少なすぎる──国際比較、企業経営、自治体の施策など多様な視点から日本の現状を読み解き、無意識のジェンダー・バイアスを克服する方法を手ほどきする。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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