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子どもの頃から人前で話す練習をすべき
――会社の連絡でさえ今やLINEやメールの時代です。日本はとくに社内の意思疎通が希薄になっているとの声もあります。なぜここまで日本人はコミュニケーションに苦労するとお考えですか。
ヤマザキ
人前で自分の意見を喋ることを、日本では得意な人にしかやらせないですよね。弁論大会でもなんでも。そこに問題があるのではないでしょうか。
古代から教育に弁証法が根付いているイタリアなどでは、全員が人前で喋ることを子どもの頃から慣らされます。恥ずかしがり屋であっても、試験の時には先生の前に立たされて「はい、読んできた本の感想言ってください」と促されてしまう。社会でも家族でも、日本のように相手が言いたいことを憶測したり阿吽でやりとりを成立させられるなんて、欧州の世界、特にイタリアではありえない。黙っていると、全く自分の意図とは違う意味に解釈されてしまいます。だから否が応でも思いを言語化していかなければならない環境なのです。
私たち日本人は試験もペーパーテストがほとんどだし、人前でプレゼンをするのが基本的に苦手な人種です。他の人の違う意見を聞くことにも、議論することにも慣れてないですよね。
日本では空気を読む、なんて言いますけど、イタリアではそんな風潮は皆無ですよ。私が喋っている上から、隣にいる人がガンガン別意見を被せてくる。「こういう場で普通こういうこと言う?」というのは日常茶飯事ですから、特殊なことでもなんでもない。人前で夫婦喧嘩なんかしょっちゅうで、「こんな場で夫婦喧嘩なんて、場をわきまえるべきでは」などと忠告すると「喧嘩?これは異論を交わすコミュニケーションだ、思ったことはすぐに言っておくべきだ」などと返される。耐え忍ぶことが美徳ではないし、意見主張にまとまりなんて求めていない。なのに、いざっていう時はバラバラなりに団結することもある。不思議です(笑)。
――黙っていても通じるとか、沈黙は金という言葉もありますけど…。
ヤマザキ
さまざまな国々がこれだけ日本と身近になってきている現代では、あうんや沈黙といった、言語化しない振る舞いを美徳と捉える言葉はそのうち効力を持たなくなっていくでしょう。むしろ、空気を読むことができても異論や意見を反感を買ってでも通すような人が出てこないと、全員で泥沼に嵌ってしまう顛末にもなりかねない。多様な意見が生まれない社会は熟成もしなければ強くもなっていかないと思います。
言葉というのは鍬やスコップと同じツールだと感じることがあります。土壌をどんどん耕して、どんなものでも育っていく肥沃な土にしていかないといけない道具を、日本ではまだ活用しきれていないように感じることがあります。
国民的な性質を考えると仕方のないところもあるけれど、少子高齢化で介護分野などで海外の力を借りなきゃいけない時代が来ているのだから、これからは黙っていれば誰かがなんとかしてくれるとか、黙っていても言いたいことを読み取ってもらえるとか、日本人には日本人らしいやり方を通すとか言っている場合じゃなくなっていくでしょうね。
イタリアから学ぶ、言葉の壁を超えた介護
――少子高齢化といえば、イタリアも日本と同じような状況にあるようですね。
ヤマザキ
日本に次ぐ少子高齢化の国なので、介護する人材が圧倒的に足りません。それでもカトリックの国なので、老人を施設に入れるのは可愛そうでできないという風潮が強い。基本的には老人をとても敬う人たちなので、いろんな思いを積み重ねて生きてきた大変な人生の老後くらいは安心して過ごしてほしいと、自宅で面倒を看ようとします。
そこで頼っているのが、ルーマニアやモルダビアなど、東ヨーロッパからの人材です。もともとは共産圏ですし、同じキリスト教でもギリシア正教など宗派も違うので、メンタリティも違うし、習慣も、もちろん最初のうちは言葉だって通じない。
それでも彼らはイタリア社会で共存しています。彼らの力を借りて家で自分たちの親を看てもらうというスタイルが、この20年の間にすっかり定着してきたように思います。日本には、老人介護のありかたの具体例としてイタリアのような国も参考にしてもらってもいいんじゃないかと、イタリアに戻ると感じますね。言葉の通じない、メンタルも異なる国外の人たちを受け入れて、少子化する未来に向かって、頑張ってハードルを乗り越えています。
――イタリアが外国人を受け入れることのできる理由はどこにあると思われますか。
ヤマザキ
すごく遡った話をしますが、古代ローマは紀元2世紀初頭、トライアヌス帝のときに最大の領地をもっていましたが、中には当然ローマの属州になることを嫌がる人たちも含まれていました。それに対してローマは、「ローマを好きにならなくてもいいよ」、「君たちがどの神様を信じようが自由だよ」、「私たちは君たちの文化を壊しませんよ」という姿勢を見せ、多文化の流入も積極的に受け入れた。
つまり、繁栄期の古代ローマにおける一貫したテーマは「寛容」なんです。「寛容」ですべての人たちを受け入れて認めた。そういう土台があったのです。異文化が混入するのを否定せず、それを機に今まで無かった新しい引き出しを増やすこと、そしてそれによって生き方がよりフレキシブルになると考えていたわけです。
独自のスタイルを作り上げることが大切
――日本の地方創生や町の活性化について、海外生活でのご経験や生活実感からお気づきになることはありますか。
ヤマザキ
海外から家族や友人が来ると日本の各地を巡ることがありますが、特徴的な建造物や景色を除くと、どこで写真を撮っても同じ場所に見えると言われます。
郊外に大駐車場のある量販店や大手ショッピングセンターがあって、周囲には新興住宅地が広がっている。経済的活性化を重視させるのであれば仕方がないとは思いますが、それより「そこでしか買えない」、「ここでしか見られない景色」をうまく守ることももっと考えていくべきかと。そして、他の事例ばかり真似をするのもどうかと思います。地方都市にもそれぞれの個性があるわけですから、自分たち独自のスタイルを持って画期的な地方が育まれていったらいいのではないかと思います。
――日本でルネサンスを興すには何が必要だと思いますか。
ヤマザキ
何に対してもすぐには納得せずに疑問を持つ、という精神的ゆとりではないでしょうか。どうしてこうなるのか、それは本当なのか、という疑念疑問はあらゆる知性教養に繋がっていく鍵になると思います。まあ、みんながそう言うのならそれでいいんじゃないの、なるようにしかならないでしょう、時代の風潮がそうだから、という安直な姿勢はその時は楽でいいですけど、その曖昧さは時に危険なものにもなり得ます。
何でもスマホやパソコンで検索じゃなくて、疑問を積極的に持って、人と話しをしていくこと。自力で調べること。そしてそれをできれば言語化することですね。
今の人たちは自分たちが感じたり思ったりしていることを、誰かが自分の替わりに発言してくれるのを待ちすぎています。TwitterやFacebookなどで「いいね」とやるのは、自分が言えないことを誰かが具体化してくれることに便乗しているだけ。それじゃ自分の言葉を持ったことに全くならないですから。
感性や感覚を言葉に置き換える練習を面倒であってももっとするべきです。誰かが自分の言いたいことを言ってくれるのを待つんじゃなくて、賛同でも反論でも自分の考えを言語の表現に置き換えることは大切なことです。
まずは文章をたくさん読むことです。なぜなら、たくさんの言語化のたとえを学んでおけば、自分の考えはこういうふうに置き換えればいいのだとわかるようになってきますから。
――今後はどのようなお仕事(作品)を手掛けていかれる予定ですか。また、10年、20年先、どこでどのような暮らしをされているのでしょうか。
ヤマザキ
それは全く考えていないです、考え通りに行った試しのない人生なんで(笑)。今までの自分の人生も自分であんまり選んでなってきたことではないし、あそこへ行ってあんなことがしたい、こんなことがやってみたい、なんてほとんど考えたこともありません。でも、自分にできるはずのこと、やるべきことを持て余したまま死んでいきたくはないなと、それだけは常に思っている。それを踏まえて、なんとなく、その時に来た波にのっているだけのような気がします。イタリアへ行ったのも、漫画家になったのも、今の家族も、全て自分の意思や意図とは関係ない顛末でしたから。
まあ、願っているわけではなくても、これからの人生、きっとまだいろんなことが起きるのは間違いないですから(笑)。それとしっかり向き合って、時には泣いたり笑ったりしながら、淡々と自分の命を生きていくだけです。
ヤマザキマリ - Mari Yamazaki -
1967年、東京都生まれ。1984年に渡伊。国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。東京造形大学客員教授。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリアと日本で暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。17年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』、『プリニウス』(とり・みきと共作)、『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品に『国境のない生き方』、『仕事にしばられない生き方』、『ヴィオラ母さん』、『パスタぎらい』など。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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