長野県塩尻市 企画政策部 地方創生推進課 地方創生推進係長(シティプロモーション担当) 山田崇氏
世間で思われている地方公務員のイメージからかけ離れた外見と発想と行動力で、日本中を飛び回っている一人の男性がいる。元ナンパ師の肩書きを持つ長野県塩尻市の職員、山田崇氏。自身が仕掛ける空き家プロジェクト「nanoda」をきっかけに、「TEDカンファレンス」に登壇してその名を知られると、各地から講演依頼が殺到。今年6月には著書『日本一おかしな公務員』を出版し、その注目度はますます高まっている。山田氏のすごさは、勤務外の時間での取り組みを塩尻市の事業に昇華させてしまう実践力にある。その根底にある思考を、5回にわたって探った。

地方創生推進係長のしごと

2014年、元ナンパ師という異色の経歴を持つ地方公務員が、ナンパと計画的偶発性理論(*)の関係性を絡めて、自身が取り組む空き家プロジェクト「nanoda(なのだ)」について語ったインターネット動画がバズった。それが、叡智にあふれる人々が講演することで有名なスピーチイベント「TED」の長野県版「TEDxSaku」。登壇したのは長野県塩尻市の職員、山田崇氏だ。

長野県のほぼ中央部に位置する塩尻市は、人口約6万7千人。山田氏は「nanoda」のほか、市民と市役所による対話プロジェクト「塩尻未来会議」や、首都圏の大企業の社員が塩尻市の地域課題の解決に取り組む「MICHIKARA(ミチカラ) 地方創生協働リーダーシッププログラム」など、従来の公務員の枠を超えた独自の活動を展開している。現在、山田氏は44歳。塩尻市のシティプロモーション担当として全国各地を駆け回り、年間200以上もの講演を行っている。また、今年6月には著書『日本一おかしな公務員』を刊行した。

* 計画的偶発性理論:スタンフォード大学のクランボルツ教授が20世紀末に提唱。個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定されるものであり、その偶然を計画的にキャリアアップの機会に変えていくべきだとする考え方。

8月の下旬、長野県塩尻市のシビック・イノベーション拠点「スナバ」で山田氏にインタビューを行った。

画像: 山田崇氏

山田崇氏

――山田さんの現在の役職である地方創生推進係長とは、どんなお仕事ですか。

山田
市の予算科目に紐づいた仕事としては、大きく3つです。シティプロモーション、移住・定住促進、地域ブランド創造事業。

地域ブランド創造事業には2つの柱があって、1つは塩尻産のレタスやワイン、木曽漆器といった産品ブランドのプロモーション。もう1つは、われわれ市の職員が「こうありたい」と思う街づくりを住民にしっかり伝えると同時に、住民の「こんな街になってほしい」「こんなことを望んでいるんだ」という声を聴くためのコミュニケーション戦略です。30年先に選ばれる塩尻市であるために、「知の交流と創造」という市のブランドアイデンティティを確立していこうと。

塩尻でワインの醸造が始まって、今年でちょうど100年なんですよ。市内の桔梗が原(ききょうがはら)という産地が開拓されて150年。かつ、市政60周年。じゃあ次の60年、100年に向けて塩尻の「知の交流と創造」を具現化する事業なりサービスなりをつくっていく新たな挑戦をしていこうと。5年前から信州大学と共同研究を重ねていまして、実は今年の8月に信州大学の「教育・産学官地域連携」特任講師になりました。地域ブランド実践ゼミ、ローカルイノベーター養成コースという講義を担当しています。

この「スナバ」という施設も、新しい挑戦が始まる拠点として、2018年にオープンしました。いろいろな職業の人が出入りするこの「スナバ」で起こった新しいアイデアをしっかりと形にして、地域課題をビジネス視点で解決し、次の塩尻のブランドアイデンティティとして顕在化させていく。塩尻という地域が持つ資源のブランド価値を強化するための共同研究や共創事業を、このスナバを拠点としてやっています。

画像: インタビュー場所となった「スナバ」。1階がコワーキングスペースになっている。

インタビュー場所となった「スナバ」。1階がコワーキングスペースになっている。

空き家を借りることで見える、本当の課題

――山田さんが注目されるきっかけとなった取り組み「nanoda」について教えてください。もともとどのようにして始まったのでしょうか。

山田
始めたのは、塩尻市の職員として働き出して14年目の2012年です。JR塩尻駅前にある大門商店街の130軒のうち、30軒が空き家になっていたんです。いわゆるシャッター街ですね。わたしは塩尻市で生まれ育ったのですが、子どもの頃はものすごく活気があった商店街なのに、どうしてそうなってしまったのか理由がわからない。わたし自身は郊外のレタス農家出身なので、商店街に住んだこともない。だったら自分が当事者になって、どんな課題が起きているのか見てみようと、1軒の空き家を借りてみたのが最初ですね。

画像: JR塩尻駅前の大門商店街

JR塩尻駅前の大門商店街

そのときに何軒かの大家さんと話して感じたのが、もしかしたら皆さん、空き家の掃除に悩んでいるんじゃないかと。そこで、「お掃除なのだ」というイベントを始めました。元・時計店、元・ラーメン店、元・喫茶店……あちこちの空き家を掃除させてもらいました。掃除が終わると大家さんを囲んで食事会をして、昔の商店街の話やいま抱えている課題を聞きました。

そこで見えてきたのは、どの大家さんも「空き家になったけれど、どうしていいのかわからない」状態だと。改修するほどでもないし、解体して更地にして売る予定もない。わたしはてっきり空き家“問題”なるものが存在するとばかり思って「お掃除なのだ」を始めたんですが、実際はそうじゃなかったんですね。関係者にとって空き家は“問題”ではなかったんです。

128時間の活動が、40時間の仕事に

山田
最初に借りた空き家を「nanoda」と名づけて、そこを拠点として掃除以外のイベントも始めました。商店街に朝食を出す店がなかったので、喫茶店とパン屋さんに協力してもらって実現した「朝食なのだ」、カツサンドを出している店がなかったので精肉店とパン屋さんにコラボしてもらった「三河屋のカツサンドなのだ」、1日限定でミニFM局をやった「コミュニティラジオ放送局なのだ」。――何でもいいんです。衝動的に思いついたアイデアのなかに、世の中を変えていく種が眠っているかもしれない。市民のだれかがアイデアを出したら、わたしが最後まで伴走して一つひとつ実現させています。

画像: 山田氏が借りている空き家「nanoda」。1階入り口の「大門商店街」と書かれた看板と2階の「nanoda」の看板は、地元の小学生がプロジェクト「カンバンなのだ」で10日間通い詰めて制作した。

山田氏が借りている空き家「nanoda」。1階入り口の「大門商店街」と書かれた看板と2階の「nanoda」の看板は、地元の小学生がプロジェクト「カンバンなのだ」で10日間通い詰めて制作した。

例えば、毎月20日にやっている「ワインなのだ」は、7年間欠かさず続けてきたのでもう80回以上になります。内容は本当にゆるゆるで、参加者のみんなで買い出しして、飲み食いして、後片付けするだけ。ワインって守らなきゃいけないマナーがいろいろあって、格式が高いイメージがあるじゃないですか。もっと気軽にワインを楽しめるような文化を、ワインの産地である塩尻でつくりたいよねという思いから始まりました。

画像: 空き家「nanoda」の1階。最大で30人近くが入ることができ、奥にはキッチンもある。2階には和室が2部屋あり、市内の農家の手伝いに来ていた学生が取材の当日まで生活していた。

空き家「nanoda」の1階。最大で30人近くが入ることができ、奥にはキッチンもある。2階には和室が2部屋あり、市内の農家の手伝いに来ていた学生が取材の当日まで生活していた。

――「nanoda」のイベントは、すべて勤務時間以外での活動ですか。

山田
そうです。1週間って、だれにでも平等に24時間×7日で168時間あるじゃないですか。そのうち8時間×5日=40時間、わたしは市の職員として働いているわけですけど、残りは128時間もある。その128時間、職員ではなく市民の立場で何かやってみれば、市民が直面している課題が見えてくると思ったんです。

ちなみに、わたしは2015年からは市の空き家バンク担当になりました。「あいつはプライベートで空き家のプロジェクトやってるから打ってつけだろう」ということで指名されたんでしょう。市民としての128時間のほうの時間を使っていた活動が、職員としての40時間の仕事になりました。

自腹で年間25万円の出費

――いま、山田さんは何軒の空き家を借りているのですか。

山田
一番多いときで6軒借りていました。いまは3軒です。最初に借りた空き家「nanoda」はもともと花屋さんで、そのあと化粧品店が入ったんですけど空き家になっていました。2軒目はもともと電器屋さんで、「アトリエなのだ」という名前でスタートして、いまはマルシェ兼セレクトショップをやっている団体に貸しています。3軒目が、廃業して10年以上経つ「ビジネスホテルみそう」。

画像: 空き家「nanoda」の入り口のガラス戸には、過去のイベント情報の付箋が貼られていた。

空き家「nanoda」の入り口のガラス戸には、過去のイベント情報の付箋が貼られていた。

――ビジネスホテルみそうは、どんなことに活用していますか。

山田
年に1、2回、地元の小学生が「総合的な学習の時間」の一環で掃除をしに来てくれます。それ以外は何もできていないのが現状ですね。実はガス管と水道管が使えない状態で、かろうじて電気だけ通っています。過去に1年間、「インドで仕事がしたいからその練習に」って30代の男性が住んだことがありますが、その1人だけですね。

大家さんは「タダで貸すよ」と言ってくださったんですが、固定資産税だけで年間9万円も払い続けていらしたんですよ。しかもご自身は東京にお住まいです。せめて固定資産税の分だけでもわたしが支払うということで、月7,000円で貸してもらっています。たまに内見に来てくれる人はいるんですよ。全部で8部屋あるので「1部屋、月1,000円でいいよ」って言うんですけど、それでも借りてもらえないですね。何かに活用できればいいんですけど、いまはわたしが忙しすぎて手が回っていないのが現状です。

画像: 自腹で年間25万円の出費

――空き家の家賃に月7,000円使っていることに対して、ご家族は理解されていますか。

山田
実は、先ほどお話しした「128時間の活動」に、空き家の家賃も含めて年間25万円くらい自分の財布から出しているんですよ。でも、妻は理解してくれています。彼女とは5年前にあるインターンシッププログラムのイベントで知り合ったんですが、すでにわたしには「元ナンパ師」っていう肩書きがついていましたし、「nanoda」の活動をしていることも知ってくれていたので。

これがもしキャバクラでの出費だったら、仕事につながっているかどうかなんてわからないじゃないですか。でも実際、7,000円の出費が空き家バンクの仕事につながっているので、妻も「ちゃんと役立ってるね」と言ってくれています。

画像2: 仕掛けつづける公務員
【第1回】自腹を切って当事者になる。空き家プロジェクト「nanoda」

山田崇(やまだたかし)

1975年、長野県塩尻市生まれ。千葉大学工学部応用化学科卒業。1998年、塩尻市役所に入庁。現在、塩尻市役所 企画政策部 地方創生推進課 地方創生推進係長(シティプロモーション担当)。空き家プロジェクトnanoda代表、内閣府地域活性化伝道師。2014年「地域に飛び出す公務員アウォード2013」大賞を受賞。同年、TEDx Sakuでのトーク「元ナンパ師の市職員が挑戦する、すごく真面目でナンパな『地域活性化』の取組み」に登壇し、話題になった。自身が手掛ける「MICHIKARA 地方創生協働リーダーシッププログラム」がグッドデザイン賞2016を受賞。2019年、『日本一おかしな公務員』(日本経済新聞出版社)を上梓。信州大学 キャリア教育・サポートセンター 特任講師(教育・産学官地域連携)を務め、ローカルイノベーター養成コース特別講師/地域ブランド実践ゼミを担当している。

「第2回:塩尻の課題に大企業の社員が挑む『MICHIKARA』」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

This article is a sponsored article by
''.