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日立のCSR施策「SDGs協創ワークショップ」レポート
“都市と地域との協創”を通じて、イノベーションマインドを醸成したい。そんな思いから、日立製作所の情報通信部門が社員向けに実施した3日間のCSR施策が「SDGs協創ワークショップ」だ。3日間で社員は何をインプットし、どんなアウトプットを生み出したのか。その様子をお届けする。

日立が挑む「SDGs協創ワークショップ」

「社会が直面する課題にイノベーションで応える」をビジョンに掲げる、日立グループ。なかでも情報通信部門は「世界中の人々が安心・安全・快適に暮らせる社会に向けたインフラづくりが、わたしたちのCSR」と掲げ、さまざまなCSR施策を社員に向けて展開している。

今年7月に情報通信部門が実施した「SDGs協創ワークショップ」は、実社会への価値創出に取り組むことでイノベーションマインド醸成をめざす計3日間のプログラムだ。今回はSDGsの11番「住み続けられるまちづくりを」をテーマに、長野県塩尻市で社会課題を抱える現場の人々との協創に社員が挑んだ。

初日はアイデア創出のための考え方や塩尻市の基礎情報を参加者間で共有。2日目に塩尻市でのフィールドワークに臨み、そこで得た情報をもとに、最終日に課題解決のアイデア創出に取り組んだ。本稿では、1日目の様子をお伝えする。

SDGs:Sustainable Development Goals(2015年9月に国連の「持続可能な開発サミット」で採択された、持続可能な開発目標。)

フィールドワークの舞台は、長野県塩尻市

画像: フィールドワークの舞台は、長野県塩尻市

7月11日、午前9時。ワークショップの会場となった東京・田町のSHIBAURA HOUSEに、自らの意思により応募した日立グループ社員32人が顔をそろえた。職場も職種も年齢層もバラバラ、普段は接点がないメンバーが、1グループ4~6人のテーブルに分かれて座る。どことなくぎこちない空気が漂うなか、3日間のプログラムを運営するNPO法人ミラツクの代表理事・西村勇哉氏が「なぜ社会課題の現場に塩尻市を選んだのか」を説明した。

「塩尻市には“元ナンパ師”と自ら称する公務員、山田崇さんという方がいらっしゃいます。プライベートの時間を使ってどんどん新しい取り組みを始めて、しかもそれを市の事業にしていくという珍しい方。つまり、市の職員というだけでなく、課題が起きている現場で市民と関わり、その解決に取り組む実践者でもある。現地でフィールドワークをするからには、より具体的な話を伺いたい。塩尻市なら、それができると判断しました」

画像: SDGs協創ワークショップを運営するNPO法人ミラツクの西村勇哉氏

SDGs協創ワークショップを運営するNPO法人ミラツクの西村勇哉氏

西村氏のバックグラウンドは人格心理学。人間の心の構造をシステムとして捉える視点を持つ学問だ。NPO法人ミラツクでは、在籍するリサーチャーたちとともに未来潮流の探索をもとにした大手企業の新規事業開発のほか、フィールドワークを組み込んだビジネスパーソン向けの人材育成プログラムを行っている。また、理化学研究所未来戦略室のチームメンバー、大学教員(大阪大学社会ソリューションイニシアティブ特任准教授、関西大学総合情報学部特任准教授ほか)、スタートアップ企業の役員など幅広く取り組んでいる。

「このワークショップの目的は、日立のさまざまなリソースを使って、塩尻市とどんな協創ができるかを考えることです。その取り組みを通じて、『自分が取り組むべきテーマはどんな課題なのか』をぜひ見つけてほしい。そのために、初日は個人の関心事をコンセプト化する時間にしたいと考えています」

課題解決の第一歩は「本当はこうあってほしいな」のイメージ

各テーブルでの自己紹介を経て、「ソーシャルイノベーションとインパクト」と題した西村氏のレクチャーが始まった。ソーシャルイノベーションを生み出すために必要な視点や社会に対してインパクトを生み出すための要点などの説明に次いで、社会課題への向き合い方の例として西村氏が取り上げたのは、都市部で増えている空き家の問題だ。「空き家が増えて困っている」という捉え方は、実は課題の本質ではないと西村氏は指摘する。

「空き家が増えても本当は困らないんです、その使い方があれば。でも実際は、有効な使い方がないから空き家がほったらかしになる。そこが犯罪の温床になり、地域の人々が困る。大切なのは、そういう困った事態を予防できるように、空き家の有効な活用方法を用意しておくこと。つまり、状況の変化に対応できる社会をつくっていくことです」

そこで欠かせないのが、起きている課題に対して自分なりにイメージすることだと西村氏は続ける。

「目に見える課題の背景には、いくつもの要素がある。それを知ったうえで、単に課題に目を向けるのではなく『本当はこうあってほしいな』という構想を持つ。そして、構想と目の前の状況とのギャップを解消しようとすることが課題解決の本質です。このギャップの解消に向けて、自分たちの領域から離れ過ぎない位置で外部の技術やリソースを組み合わせた解決を生み出す。結果、そこにイノベーションが生まれます。目の前の物事を解決することが課題解決ではないことを覚えておいてください。

もう1つ大事なことは、課題の当事者が日々どんな状況に直面し、何を求めているか。それを把握したうえで『ここを変えれば全部が変わる!』というポイントを見つけることができると、課題が起きている現場に対して価値あるイノベーションが生まれます」

課題解決のポイントを見つける「システム思考」

「ここを変えれば全部が変わる」ポイントのことは、「レバレッジポイント」と呼ばれると西村氏は説明する。いわば、社会全体における急所。それを見つけ出す練習として、国内における都市と地域の協創事例が書かれたカード100枚以上をテーブルに並べ、そのなかから興味を持ったカードを1人1枚選んだ。そして、その事例についてインターネットで調べ、活用されている資源や特徴的な工夫、取り組みによって生まれる新たな価値などの要素をポストイットに書き出し、要素間の関連を因果ループ図で描いていくという作業を行った。

画像: 都市と地域の協創事例が書かれた100枚以上のカードから、興味を持ったものを1人1枚選ぶ。写真のカードは、観光を通じて離島の魅力を伝える長崎県五島列島の「おぢかアイランドツーリズム」や、東京都世田谷区の廃校を利用した「IID 世田谷ものづくり学校」などの協創事例。

都市と地域の協創事例が書かれた100枚以上のカードから、興味を持ったものを1人1枚選ぶ。写真のカードは、観光を通じて離島の魅力を伝える長崎県五島列島の「おぢかアイランドツーリズム」や、東京都世田谷区の廃校を利用した「IID 世田谷ものづくり学校」などの協創事例。

画像: 1人1枚選んだ協創事例の要素をインターネットで調べ、ポストイットに書き出していく。写真のピンクのポストイットは「おぢかアイランドツーリズム」の要素。

1人1枚選んだ協創事例の要素をインターネットで調べ、ポストイットに書き出していく。写真のピンクのポストイットは「おぢかアイランドツーリズム」の要素。

例えば気候変動シミュレーションを行う場合、物理法則の数式と数値データがその材料となる。そのため、背景でどんな要素が絡みあっているのかまではわからない。しかし実際は、地域の課題とグローバルな課題が互いに影響しあって、地球規模での気候変動が起きている。そこで西村氏が紹介したのが「システム思考」というアプローチだ。

「システム思考はもともと気候変動に対するシミュレーションを検討するための手法から始まったもので、要素の関係性や時系列から社会課題の全体像を描くアプローチです。数値ではなく出来事レベルの情報を材料として、その一つひとつのつながりをもとに仮説を考えます。1カ所の地域でも、いろいろな出来事が同時に起きています。例えば森林の減少、化石燃料の消費量の増加、世界中で進行する都市化……。こういったいろいろな出来事は単独で存在するわけではなく、互いに影響し合いながら社会全体を構成する。つながりを軸に社会の全体像をつかむことで、課題を解決するにはどこに重点的にリソースを投入すればよいか、つまり『レバレッジポイント』の仮説が見えてきます」

そう語って、西村氏は午前の部を締めくくった。

大企業と協創する街、塩尻

午後には、冒頭で西村氏が紹介した塩尻市の山田崇氏が登壇。山田氏は2014年、長野県佐久市で開催された地域密着型プログラム『TEDxSaku』に登壇。スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱する「計画的偶発性理論」をもとに、ナンパと空き家の関係性についてプレゼンしたころ、その映像が爆発的に拡散して一躍有名になった。しかし、なぜ空き家なのか。

「大学を卒業して地元に戻ったときに、シャッター街と化した商店街を見て愕然としたんです。地元でいったい何が起きているのか? その課題を当事者になって体感するために、自ら空き家を借りてさまざまな施策を実践しています」

画像: 日立の社員を前にプレゼンする塩尻市の山田崇氏

日立の社員を前にプレゼンする塩尻市の山田崇氏

そんな山田氏は、塩尻だけでは解決できない地域課題にさまざまな企業の社員と一緒に取り組む「MICHIKARA(ミチカラ) 地方創生協働リーダーシッププログラム」を立ち上げ、今年で5期目を迎える。

「複数の企業の社員が約1カ月間かけて塩尻市の職員と議論を重ね、課題解決のアイデアを考えます。普段は新規事業開発やR&D、人事などの仕事をしている優秀な社員の皆さんを、企業が『塩尻に行って一皮むけてこい』と送り出す。新しい価値をつくるということを塩尻で学んで、自社に還元するというしくみです」

日立の社員が2日目のフィールドワークで訪れる現場は、この「MICHIKARA」で過去に取り組まれたテーマのなかから抽出されたものだ。そこで1つお願いがある、と山田氏は締めくくった。

「市役所の職員のように塩尻に長く住んでいると、地域の人々に対して強い言葉が言えなくなっちゃうんです。でも皆さんは遠慮しないでいただきたい。大丈夫です。どんなにキツイこと言っても、皆さんには帰る場所があるから! 課題を抱えている現場の人たちに対して、日立の皆さんだから言える言葉をどんどん投げかけてほしいです」

5つの課題ごとに分かれ、いざ塩尻へ

その後は、参加者同士による1対1のインタビューが行われた。「あなた自身が考える理想的な未来社会の姿とは?」「理想的な社会の体現に近づくために、属している組織におこるとよい変化とは?」など10を超える質問に答えることで、理想的な未来社会の実現のために自分が何をしたいのか、それによって社会にどんな新たな価値を提供できるかを、一人ひとりが掘り下げた。

最後にフィールドワーク先の希望をとり、仮説としての課題解決アイデアを各自考案し、ワークショップ初日が終了した。2日目の7月18日に社員たちが向かうフィールドワーク先は、課題テーマごとに以下の5つに分かれる。

  1. 「子ども・教育」:塩尻市こども課
  2. 「山・森」:塩尻市森林公社
  3. 「高齢者・障がい者雇用」:塩尻市社会福祉協議会
  4. 「空き家・空間」:しおじり街元気カンパニー/塩尻市建築住宅課
  5. 「文化・伝統産業の継承」:塩尻・木曽地域地場産業振興センター

次回、いよいよ日立の社員たちが塩尻に向かう。本連載では5つ目のテーマ「文化・伝統産業の継承」のフィールドワークに密着し、その様子をお伝えする。

「2日目:木曽漆器をフィールドワークする」はこちら>

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