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海を愛して小型船舶免許を取得、アクティブに人生を楽しむ。そして自分の生活はきちんと自分でマネージする。音楽家・三ツ橋氏は、まっとうな社会人の一人でもある。もともとは正義感の強い法学部志望の少女だった。彼女が音楽の道を本格的にめざすことになった原点は、イスラエルでの強烈な体験だという。人と人がほんとうにつながるために、音楽こそが大きな力になりうる――三ツ橋氏の胸にその思いを刻ませた、1995年の出来事とは何だったのか。

「第1回:指揮者は演奏会で過去・現在・未来を生きている」はこちら>

コミュニケーションの要は相手への敬意

――企業の経営者と違って、指揮者はその組織に属していない存在ですね。限られた時間の中で、プロの演奏家集団をリードし、まとめあげるのは大変ではないかと思います。

三ツ橋
私は日本でプロデビューして12年目に入り、「はじめまして」というオーケストラは少なくなってきました。そういう意味では、「大きな組織対自分」ではなくて、「その組織の中の誰々さんと自分」という1対1の関係が徐々に築けてきていると感じます。それは、これからも深めていかなければと思います。

オーケストラは、人がアナログで演奏しているものです。体調も、気持ちもいろいろあります。それぞれが事情も抱えたうえで、それでも音楽をしようと、いいものを求めてその場にいる。そのことについては、最大限の敬意を払うべきだといつも思っています。

――海外のオーケストラでも指揮をされていますが、現地の演奏者とのコミュニケーションで大事にしていることを教えてください。

三ツ橋
語学が達者だからといって、相手の文化を尊重して、きちんと受け入れているかというと、また別問題なんですよね。流暢に喋れれば喋れるほど、相手は自分達の文化を理解しているものだと思って、礼儀やしきたりを求められます。カタコトなら多少間違えても敬称がなくても許せたりするじゃないですか。言葉だけでなく、相手を音楽家として尊重して、コミュニケーションすることが大切だと思います。

生活をマネージできてこそ仕事もできる

――指揮者のお仕事は、頭脳労働であると同時に肉体労働ともいえますが、体を整えるために何かしていることはありますか。

三ツ橋
指揮者は体幹がブレてはいけないので、ジムに通って体幹を鍛えるトレーニングをしています。基本的にずっと立っている仕事ですから、ご高齢の指揮者の方でも、ウォーキング、水泳、スキーなどを楽しむアクティブな方が多いですよ。

食事に関しては、本番前には生ものは避けます。演奏会前には炭水化物を取ります。とても食べていられない時もあるのですが、以前、それで本番中に目の前が真っ暗になったことがあって。それ以来、水分と食べ物はかならず取るようにしています。

――たとえばご飯を作ったりゴミを出したりと、日々の生活は雑事に満ちているものですが、音楽家はそうしたものからは離れて、音楽に没頭する生活が望ましいのでしょうか。

三ツ橋
私自身は、生きる力のない人間は仕事もできないと思っています。音楽家は男女問わず、お料理や整理整頓が好きな人が多いんです。中には「自らの楽器については几帳面なのに楽譜の整理整頓はバラバラ」という人もいますけれど。

――「音楽家は浮世離れして世事に疎い」というわけではないのですね。

三ツ橋
そういう方も、もちろんいらっしゃいます。私は大学から音楽の学校に通い始めました。それまで普通の女子校に通っていたので、同級生はさまざまな職業についています。医師、弁護士、保育士……さまざまな価値観の友人と青春時代を過ごしたことで、若干浮世離れを防ぐことができ、自分自身多様な価値観をもって、仕事も私生活もそれぞれマネージして全力で向き合うことができているのではないかと思っています。

画像: 生活をマネージできてこそ仕事もできる

法学部志望の少女が指揮者を志した理由

――その女子校時代に合唱コンクールで指揮をされたそうですね。指揮者を志したきっかけはなんだったのでしょうか。

三ツ橋
クラス対抗の合唱コンクールで指揮をしました。指揮は小学校の頃からやっていましたね。

仕事として指揮を考えるようになったのは中学生の時です。

通っていたヤマハ音楽教室の海外公演がきっかけでした。イスラエルを訪れ、自作の曲をピアノ演奏しました。それに加えて首相官邸で、イツハク・ラビン首相がピアノの鍵盤をいくつかたたき、その出してくださった音で即興演奏したんです。首相はとても喜んでくださいました。言葉が通じなくても音楽で通じ合えた。即興という一期一会、その場で生まれて消えていく音楽を共有し、確かに心が通い合ったという感覚。この体験は、私にとって大きな財産になりました。

そしてその数日後、ラビン首相が、反和平派の青年に暗殺されてしまったのです。

それまで経験したことのない感情を一気に味わった数日間でした。私は正義感の強い子どもだったので、将来は法律の勉強をしようと考えていました。しかしこの時、疑問を持ったんです。中東の平和のためにつくし、ノーベル平和賞を受賞したラビン首相が、たった3発の銃弾で命を落とした。いったい、正義って何なんだろう、と。

本当に人と人がつながるために、何ができるんだろう。

そう考えて、「私は音楽家になりたい」と思いました。ピアノや作曲もやっていましたが、合唱で指揮をして、指揮者という職業について真剣に考えるようになりました。リハーサルの中でみんなと音楽を作っていく楽しさに「こんな面白いものは他にない。指揮者という仕事を一生かけて追求したい」と決意したのが中学3年生の時です。

――作曲家を志さなかったのはなぜですか。

三ツ橋
それも考えたのですが、「白い五線譜と自分」という孤独感に耐えられないのと(笑)、締め切りに追われて「テーマが降りてこない!」というあの感じが、なんとも……。またピアノも、一人でやるものじゃないですか。これもちょっと違うな、と。人と一緒に音楽を作り上げる楽しさは、音楽教室に通っていた時に感じていたのかもしれませんね。人とコミュニケーションしながら音楽を作っていける指揮者という職業が、私には非常に魅力的だったんです。

画像: © Hiraku Hoshi

© Hiraku Hoshi

(撮影協力/神奈川県立音楽堂)

画像: ―経営に生かされるヒント― 指揮者は演奏会で過去・現在・未来を生きている
【第2回】音楽こそが人と人の心をつなぐ

三ツ橋敬子 KEIKO MITSUHASHI

東京藝術大学及び同大学院を修了。ウィーン国立音楽大学とキジアーナ音楽院に留学。小澤征爾、小林研一郎、G.ジェルメッティ、E.アッツェル、H=M.シュナイト、湯浅勇治、松尾葉子、高階正光の各氏に師事。第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールにて日本人として初めて優勝。第9回アルトゥーロ・トスカ二ー二国際指揮者コンクールにて女性初の受賞者として準優勝。併せて聴衆賞も獲得。国内外から注目を集める若手指揮者。

公演情報

画像: © 青柳聡

© 青柳聡

三ツ橋敬子の夏休みオーケストラ
神奈川フィルハーモニー管弦楽団とともに贈る子どものためのオーケストラ・コンサート。子どもたちが身体全体を使って音楽を楽しめる企画満載!
日時/8月17日(土)15時開演 [14時開場]
会場/神奈川県立音楽堂
チケットかながわ/0570-015-415 [10時~18時]

第126回定期演奏会 東京ニューシティ管弦楽団
日時/9月7日(土)14時開演 [13時開場]
会場/東京芸術劇場 コンサートホール
出演/指揮:三ツ橋敬子 ヴァイオリン:トーマス・クリスチャン
お問合せ/03-5933-3266

「第3回:音楽を入り口に広がる美意識」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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