「音楽が何かの支えになったらいいなという思いが強くあります」。クラシックの魅力を多くの人に知ってもらうため、三ツ橋氏はシニアのための平日午後のコンサートや、子ども向けの企画にも積極的に取り組んでいる。神奈川県立音楽堂の「三ツ橋敬子の夏休みオーケストラ!」は選曲、タイトルから体験企画まで自身が中心となって進める人気企画。これまで音楽に縁遠かった大人も、気軽にクラシックに触れてみよう。音楽を入り口に広がる美意識は、経営者にとって大きな財産になるはずだ。

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クラシックから広がる世界

――エグゼクティブにはクラシック鑑賞を趣味にしている方が多いと思います。クラシックを楽しむためのアドバイスをお願いいたします。

三ツ橋
そうですね。世界的に、エグゼクティブにはクラシック鑑賞を趣味にしている方が非常に多いです。その理由を私なりに考えてみたことがあります。

クラシック鑑賞が趣味というと、ただ聴いているだけと思われるかもしれません。しかし実際は、誰か一人の作曲家にスポットライトを当てると、その時代を共に生きた文学者、画家など、歴史に名を残した偉人たちが交流しながら切磋琢磨し、刺激しあうことで現代まで残る素晴らしい作品を世に送り出していることがわかります。そうした歴史・背景を知っているということは、いま、これからの世の中をどうしていくかを考えるにあたって、とても大切なエッセンスだと思うんです。

ベートーヴェンの「運命」を聴いて、聴くだけで終わらない。クラシック音楽を扉にして、ベートーヴェンとゲーテはどういう関係だったか、この時代のウィーンはどうだったのか、いまあるこの建築は当時もあったのかなどと、興味が広がります。

たとえばクリムト展に行けば、同時代のマーラーや、ベートーヴェンの第九交響楽をモチーフにした作品「ベートーヴェン・フリーズ」に思いを巡らせる。「なぜこのモチーフを選んだんだろう」「ああ、彼は第九の第四楽章をこう解釈していたのか」……。そこで新たな気づきが生まれます。

やはり現代まで残っている名曲たちというのは、かならず魅力的な部分があるんです。クラシックは一曲が長いですし、難しいと感じる方は、はじめは移動中の車の中でちょっとクラシックを聴いて、盛り上がったさわりの部分だけ「いいな」と感じるだけでもいいと思います。そこからお気に入りの曲を少しずつ見つけていく。

私は、音楽というのは人の心に直接に訴えかけられるものだと思っています。これを聴くとなんだかうきうきする、これを聴くとなんだか気分が沈む――そういう聴く人のバイオリズムとリンクするところもあるので、そこから入り口を少しずつ見つけていただけたら、うれしいですね。

「その場にいる」という、この上ないぜいたく

――今日では、CDや動画配信などでいつでもどこでも好きな曲を聴くことができますが、「生」の音楽を聴く演奏会にはどのような魅力がありますか。

三ツ橋
演奏会には、その場でしか味わえない魅力があります。映画を観に行くような、「あちら側の舞台とこちら側の客席」という感覚とは、まったく違うんです。「お客様がコンサートを作る」のは、実際よくあることです。聴衆の雰囲気が、演奏のクオリティを何倍にもする。その空間を一緒に体感できるのは、ライブだけです。

そして、一人一人の人間が演奏していること。こんな動きをしているのか、こんな服を着ているんだ、素敵な人がいるな……その場で見て楽しむ。それは、この上ない贅沢だと思います。

動画じゃ空気は伝わりません。グルメ番組と一緒ですよ。匂いは、味は、伝わらない。周りの人たちが集中して、「気」が集まっていって、しだいに盛り上がって……逆に盛り上がらないこともあるかもしれないけれど(笑)、とにかくそれはその場だけで感じられることです。

指揮者は聴衆に背中を向けていますが、聴衆の空気はわかります。特に顕著なのは子どもです。「いますごく集中してる」「あ、飽きはじめてる」と、すぐわかります。

画像: 「その場にいる」という、この上ないぜいたく

自分がいちばん厳しい目を持てば他者の評価に心乱されない

――常に批評にさらされる仕事だと思います。そこにはどのように向き合っていますか。

三ツ橋
どんな仕事をしていても、批評を受ける場面はあると思うんです。作曲家のシューマンはその著作の中で、評論家は何もわかっていないと憤る登場人物に、「新聞なんか糞食らえ!」と言わせています。彼も生涯評論家に悩まされた人なのですが、あんな大作曲家もそうだったのだから(笑)、評論がどうかということではなく、自分がいちばん自分に厳しくなければいけないと思うんですよ。

良い評が出ても悪い評が出ても、いま何ができるのか、何をどう自分が変えていったらよりよいものを作っていけるのかを、考える。自分自身がいちばん厳しく見る目を持っていれば、他からの評価に心かき乱されることもないのではないかな。そう私は思っています。

――同時代に生きる他の指揮者は、どういう存在ですか。

三ツ橋
仲間という意識が強いかもしれません。職業の性格上、同じ現場に二人いることはないので、久しぶりに会うとうれしいんですよ。もちろんライバルでもあるんですが嫌な意味ではなく『こういうやり方もあるのか』と刺激しあえるポジティブな関係です。楽譜の解釈について話したり『この曲難しいけどどうしてる?』と相談したり。心強い仲間です。

――仕事をする上でのこだわりの仕事道具はありますか。

三ツ橋
あまり道具がない仕事なんですが(笑)、守っていることとして、リハーサルでは長袖を着る。本番もですけれど。イタリア時代の先生に「あなたは絶対腕を見せないほうがいい。長袖がいい」と言われました。たぶん、弱く見えるんだと思います。指揮棒の太さで音が変わったりするんですが、それと同じで細い腕だと音楽も変わってくるんではないかな。それ以来ずっと長袖を着ています。

あとは、靴。私はヒールのあるものを履いているんですが、ヒールが臼の形をしたダンスシューズです。バレエダンサーの方に薦められて試したら、とても安定感があって、姿勢もよくなりました。ダンスシューズ専門店でオーダーメイドしています。

服装は、動きやすさ、見た目。私のポリシーとして指揮者が音楽を超えてはいけないと思うので、悪目立ちしない、男性の燕尾服に準じた黒いパンツスーツを着ています。

――これからどのような活動をしていきたいとお考えですか。

三ツ橋
自分自身がレパートリーを広げて、キャリアをきちんと積み重ねていきたいという思いはもちろんあります。それに加えて、クラシック音楽、オーケストラやオペラに興味を持ってくださる方が一人でも増えてくれたらうれしいです。それは大人も子どもも、ですね。

たとえば、仕事をリタイアされた方がこれから何かしようという時に、興味の入り口となるコンサートをやっていきたい。そして、子どもたちにいろいろな切り口で音楽に触れてもらう機会をたくさん提供できればいいなと思っています。

(撮影協力/神奈川県立音楽堂)

画像: ―経営に生かされるヒント― 指揮者は演奏会で過去・現在・未来を生きている
【第3回】音楽を入り口に広がる美意識

三ツ橋敬子 KEIKO MITSUHASHI

東京藝術大学及び同大学院を修了。ウィーン国立音楽大学とキジアーナ音楽院に留学。小澤征爾、小林研一郎、G.ジェルメッティ、E.アッツェル、H=M.シュナイト、湯浅勇治、松尾葉子、高階正光の各氏に師事。第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールにて日本人として初めて優勝。第9回アルトゥーロ・トスカ二ー二国際指揮者コンクールにて女性初の受賞者として準優勝。併せて聴衆賞も獲得。国内外から注目を集める若手指揮者。

公演情報

画像: © 青柳聡

© 青柳聡

三ツ橋敬子の夏休みオーケストラ
神奈川フィルハーモニー管弦楽団とともに贈る子どものためのオーケストラ・コンサート。子どもたちが身体全体を使って音楽を楽しめる企画満載!
日時/8月17日(土)15時開演 [14時開場]
会場/神奈川県立音楽堂
チケットかながわ/0570-015-415 [10時~18時]

第126回定期演奏会 東京ニューシティ管弦楽団
日時/9月7日(土)14時開演 [13時開場]
会場/東京芸術劇場 コンサートホール
出演/指揮:三ツ橋敬子 ヴァイオリン:トーマス・クリスチャン
お問合せ/03-5933-3266

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