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認定NPO法人サービスグラント代表理事 嵯峨生馬氏
現役のビジネスパーソンやすでに企業を退職した人が、仕事で培ったスキルをNPOが抱える課題の解決に活かす。そんな新しい社会貢献の形として近年注目されているのが「プロボノ」だ。このシリーズでは、企業が社員向けの施策としてプロボノを採り入れる効用を、関係者へのインタビューを通じて探っていく。その第1弾として登場していただくのが、今から10年以上前にプロボノを日本に紹介し、自らその普及に努める認定NPO法人サービスグラントの嵯峨生馬氏だ。プロボノが生まれた背景と日本に広まりつつある経緯、プロボノを通じて嵯峨氏が目にしたNPOと企業の課題、プロボノが持つ可能性について、3回にわたってお届けする。

特定の業界のものだった、プロボノ

「仕事を通じて培った経験とスキルを活かして、社会に貢献するボランティア活動。端的に言うと、これが『プロボノ』の定義です」

そう語るのは、認定NPO法人サービスグラントの代表理事を務める嵯峨生馬氏。日本におけるプロボノの草分け的存在だ。

「プロボノの語源は、“公共善のために”を意味するラテン語の“Pro bono publico”に由来します。言い換えると、社会的・公共的な目的。ですから、NPOはもちろん、行政機関や学校、病院のほか、ときにはソーシャルビジネスを行う企業もプロボノの支援対象となります」

日本ではまだなじみの薄いプロボノだが、その言葉が生まれたのはそう最近のことではない。

「プロボノはもともとアメリカ法曹協会で生まれたもので、アメリカでプロボノと言えば“弁護士がやるボランティア”と一般の人たちから認識されていました。1998年から日本でも放送されたアメリカの法廷ドラマのなかでも、『週末はプロボノ活動して…』なんて会話が出てきます。日本でも、例えば国選弁護人(*1)を引き受けるとか、今で言う法テラス(*2)で法的なトラブルの相談に対応するといったプロボノ活動を年間10時間、弁護士に義務づけている弁護士会もあります」

限られた業界のものだったプロボノが広がりを見せたのは、2001年。「イノベーションが起きたんです」と嵯峨氏は続ける。

「『弁護士だけではなく、ITやマーケティング、広告デザインといった仕事の経験やスキルを活かしたボランティアだって、プロボノじゃないか』。タップルートファウンデーションというアメリカのNPOがそう宣言して、プロボノを再定義したんです。そこから、幅広い業界・職種のビジネスパーソンに対してプロボノが広がっていきました」

*1 貧困などの理由で被疑者・被告人が弁護人を選任できない場合、裁判所が国費で選任する弁護人。
*2 日本司法支援センターの愛称。法的なトラブルの解決に必要な情報やサービスを国民に無料提供している。

支援先団体とプロボノワーカーとをつなぐ、“翻訳者”

嵯峨氏がプロボノという言葉を初めて耳にしたのは、2004年のことだった。

「当時勤めていたシンクタンクの仕事で、NPOに関する調査のためサンフランシスコを訪れました。訪問先のNPOがちょうど翌週にホームページのリニューアルを控えていたのですが、そのWeb制作をプロボノで支援したのが、先ほどお話ししたタップルートファウンデーションだったんです」

実はその頃、嵯峨氏も仕事の傍らNPOを運営していた。2001年に渋谷を拠点とする地域通貨「アースデイマネー」を運営する団体を創設し、2003年にNPO法人化。しかし、運営の難しさに直面していた。

「NPOって立ち上げよりも運営のほうがはるかに大変で、とにかく人手が必要なんです。当時わたしたちの活動を『手伝いたい』と言ってくださる方は多かったのですが、そのほとんどはアドバイス止まりでした。やっぱり皆さん、本業の仕事がありますから…。わたしたちNPOの側から、実務に踏み込んだ関わり方を提案することもできなかったですし、仮にできたとしても上手なマネジメントのしかたがわからなかった。どうすればいいか悩んでいたときにプロボノを知って、『これこそNPOに必要なしくみだ』と直感しました。そして『早く日本でも実現しなきゃいけない』と思ったんです」

画像: 東京・渋谷にあるサービスグラントのオフィスでインタビューに応じる嵯峨生馬氏

東京・渋谷にあるサービスグラントのオフィスでインタビューに応じる嵯峨生馬氏

帰国後、嵯峨氏はNPO活動に専念することを決意し、翌2005年にシンクタンクを退職。アースデイマネーの活動と並行して、タップルートファウンデーションを参考に、日本でプロボノを運営するしくみづくりを始めた。その活動が今の法人名にもなっている「サービスグラント」だ。「グラント(Grant)」とは、英語で助成金のことをさす。「サービスグラント」は、お金ではなく、スキルや専門性によって非営利セクターを支援することを意味する。

「本業で培ったスキルや経験をボランティアとして活かしたい『プロボノワーカー』と、彼らによる支援を必要としているNPOなどの団体とをつなぐ。それがサービスグランドの役割です」

プロボノを希望する人は、サービスグラントのWebサイトに自分のスキルやそれまでに経験した業務内容、プロボノに参加できる時間帯などの情報を登録する。希望者のスキルと、支援先候補として手を挙げたNPOが抱えている問題をサービスグラントが吟味して両者のマッチングを行い、プロボノがスタートする。

プロボノの期間は1カ月から半年。1つの支援先に通常4~6名のプロボノワーカーが、平日の夜や土日を利用し、NPOの活動拠点を訪ねたり自宅やカフェなど思い思いの場所で資料を作成したりなどしながら、週5時間程度作業を行う。プロジェクトは主に3つのフェーズに分かれている。例えばNPOのWebサイトを制作するプロジェクトの場合、フェーズ1でマーケティング、フェーズ2でプランニングを行い、フェーズ3でWebサイトを制作し納品するという流れだ。プロジェクトのスタートと各フェーズの節目にはミーティングを行い、運営事務局であるサービスグラントのスタッフも同席する。

「プロボノワーカーには現在企業に勤めている人だけではなく、個人事業主や、子育てを理由に退職した主婦、定年退職した人もいらっしゃいます。さらに、プロボノワーカーと支援先のNPOなどの団体とで仕事の進め方はだいぶ違います。プロボノワーカーのほうは、自分たちのスキルがどのように役立つのかわからない。団体のほうは、活動のどの部分を手伝ってもらったらいいかわからない。多様な主体をコーディネートし、そのミスマッチを是正するためにそれぞれの思いを翻訳するのがわたしたちなんです」

最初のプロボノはWeb制作支援

児童虐待の防止、マタハラ被害者への支援、難病支援、里山保全…。サービスグラントがプロボノ支援を行うNPOの活動は多岐にわたる。しかし、内閣府が今年3月に発表した『平成29年度 特定非営利活動法人に関する実態調査』によると、全国のNPOのうち約半数は職員5人以下という小所帯。さらに財政面でも一般企業に比べてリソースが限られているNPOは、「大きく3つの課題を抱えている」と嵯峨氏は指摘する。

「1つめは、対外的に情報を発信してステークホルダーを巻き込んでいくのが苦手なこと。2つめは、組織の運営を効率化すること。NPOのなかには、数人しかいない職員で100人以上のボランティアスタッフをマネジメントしなければならない団体もあります。ところが、効率的な運営に必要なITの活用スキルを持つ人材は、NPOにはなかなかいません。3つめは事業戦略の策定です。中長期的に何をめざしてどう活動を進めていくべきか、何から着手するべきかという意思決定は、一般企業と同じように多くのNPOにとっても悩みどころです」

画像: 最初のプロボノはWeb制作支援

活動を始めた当初は「支援メニューはWeb制作だけ」という時期がしばらく続いた。そのままでは“プロボノ=Web制作支援”というイメージが先行し、「わたしはWebを作るスキルがないからプロボノには参加できないんだ」という誤解を参加希望者に与えてしまう。「実際はそんなことないのに」というもどかしさが嵯峨氏にはあった。

「NPOのWebサイトを作るときに重要なのは、ステークホルダーに対して伝えるべき情報をきちんと整理することです。ですから、プロボノワーカー4~6人でチームを組んだ場合、制作の指揮を執るWebディレクターとデザイナーが1人ずついれば、あとの人はWeb制作の経験がなくても大丈夫なんです。むしろ、クリエイティブとは別の世界で働く人たちが持っている営業やマーケティングの経験が、NPOの発信力強化につながることもあります」

プロボノ支援を重ねるごとに、NPOの実態が少しずつ見えてきた。それは、プロボノの可能性を広げるヒントでもあった。

「例えば、どのNPOも困っているのが資金調達です。企業から支援を受けるために30社にファックスを送ったけど、どこからも反応がない…あるNPOがそんなアプローチを繰り返していました。そこで、企業にプレゼンするための営業資料の作成をプロボノの支援メニューに加えたんです。それから、事業計画の策定、業務フローの見直しなど、支援メニューをちょっとずつ増やしていきました」

徐々に手応えをつかんでいった嵯峨氏は、活動開始から4年後の2009年にサービスグラントをNPO法人化。しかし、新たな壁にぶつかることになる。

画像: 社員と社会をつなぐ「プロボノ」
【第1回】NPO支援という社会貢献

嵯峨生馬(さがいくま)
1974年、神奈川県横浜市生まれ。1998年、東京大学教養学部を卒業し株式会社日本総合研究所に入社。研究員として官公庁・民間企業とともにIT活用、決済事業、地域づくり・NPOなどに関する調査研究業務に従事した。2001年に渋谷を拠点とする地域通貨「アースデイマネー」の運営を開始し、2003年からNPO法人アースデイマネー・アソシエーション代表理事。2005年に日本総研を退職し、サービスグラントの活動を開始。2009年にNPO法人化し、代表理事に就任。著書に『地域通貨』(NHK生活人新書,2004年)、『プロボノ〜新しい社会貢献 新しい働き方〜』(勁草書房,2011年)など。

「第2回:社員を巻き込めるCSRへの取り組み」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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