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「世の中を良くすること」を目的としながら利益も生み出す経営戦略、J-CSV*。その実践例第2弾は、日本を代表するアウトドア用品メーカー、株式会社スノーピーク。最高の品質を追求した製品開発で他の追随を許さない同社が生み出す、社会への価値とは何か。広大なキャンプフィールドに囲まれた新潟県三条市の同社で、代表取締役社長の山井太氏に話を聞いた。
* CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)とは、2011年にマイケル・ポーター氏らが提唱した経営戦略。その日本版として、一橋大学特任教授の名和高司氏が「J-CSV」を2015年から提唱している。

キャンプが現代人を変える

――スノーピークはオートキャンプの愛好家向けに、ハイエンドクラスのアウトドア用品を提供し続けてきました。今、どんな方針でビジネスを展開しているのですか。

山井
我々は、オートキャンプが大好きな社員たちがユーザー目線で「キャンプでこんな製品があったらいいな」というアイデアを出し、それを自分たちで形にしていくというビジネスのスタイルをずっと貫いてきました。そこから20年以上経ったタイミングで、「我々のビジネスって、根源的には何のためにあるんだろう?」ということを社内で改めて話し合ったんです。その結果導き出されたのが「人間性の回復」というフレーズです。

画像: 本社のキャンプフィールドに設営されたスノーピーク製のテント。

本社のキャンプフィールドに設営されたスノーピーク製のテント。

例えば、大都会のマンションで暮らしている家族を思い浮かべてください。家族全員で同じことをして、本当の意味でみんなが共有できている時間って、普段の生活ではとても限られているのではないでしょうか。一方で、キャンプをしている時間は原始的な生活をすることになるので、まずはテント…いわば家を、みんなで一緒に建てるところから始まりますよね。仮に2泊3日でキャンプに行くとしたら、起きている間、おそらく20時間くらいは家族と一緒にいることになります。それって、とても人間らしい時間の過ごし方だと思うんです。

都会における高度に文明化された社会とは異なる時間を、我々はキャンプというスタイルで世の中に提供させていただいています。自然の中で家族みんなが何か一つのことをすることで、都会の中だけで毎日生活しているよりも、きっと家族の絆が深まるはず。そんな時間をスノーピークのビジネスを通じて提供することで、現代人の「人間性の回復」をお手伝いする。それが、今の我々にとってコアなミッションだと考えています。スノーピークには全国から社員が集まってくるんですが、その多くは都会での生活を経験しています。だからこそ出てきた発想だと思います。

画像: スノーピークの社屋(右奥)を取り囲む広大なキャンプフィールド。一般のユーザーも社員もオートキャンプを楽しめる。山井社長自身、ここでキャンプをしてから出勤することもあるという。

スノーピークの社屋(右奥)を取り囲む広大なキャンプフィールド。一般のユーザーも社員もオートキャンプを楽しめる。山井社長自身、ここでキャンプをしてから出勤することもあるという。

新たな市場「アーバンアウトドア」

――これからのスノーピークは、都会に暮らす人たちに対して価値を提供していくということでしょうか。

山井
今、社内では「アーバンアウトドア」という新しい言葉を掲げて、キャンプの愛好家ではない人たちへのビジネスを始めています。これまでは、愛好家向けのビジネスをメインで展開する中で、キャンプをすることでユーザーの皆さまの笑顔が増え、幸せになっている姿を見てきました。でも、日本のキャンプ人口は6%くらいしかなく、スノーピークが幸せを提供できる人たちは限られてしまっています。キャンプをしない残りの94%の皆さまに対しても、都市の中で自然を感じることで本来の自分を取り戻す、つまり人間性を回復する製品やサービスによって、幸せを提供できるんじゃないか。そう議論して、アーバンアウトドアという新しい市場を創っていこうと考えました。

画像: 本社クリエイティブルームにおける仕事の一コマ。窓からはキャンプフィールドが見える。

本社クリエイティブルームにおける仕事の一コマ。窓からはキャンプフィールドが見える。

――「アーバンアウトドア」として提供するのは、キャンプではなく日常生活で使えるような製品やサービスですか。

山井
日常生活を対象としたビジネスも始めています。昨年、三井不動産レジデンシャル株式会社さまと共同で、東京の立川市における同社のマンションプロジェクトの1階住戸にアウトドアライフを取り込んだ「半ソト空間」を開発しました。

高層マンションって、普通は最上階から売れていきますよね。1階は景色もよくないし、防犯上の不安もあるので、なかなか売れない。最上階よりだいぶ安値で売っても、売れ残ってしまうことがあるそうです。ただ、1階の住居には、専用の庭が付いているというメリットがあります。そこで我々は、1階のすべての住戸において、テラスから専用庭にかけての部分にシェード(日よけ)を設置し、バーベキューのできるテーブルやチェア、テントなどを配置する空間デザインを「半ソト空間」と名付けて提案しました。

「半ソト空間」で入居者の方に体感していただきたいのは、くつろぐ・食べる・寝るという3つの生活シーンです。外の空気に触れ、自然を感じながら読書や雑談をカフェ感覚で楽しめる。また、みんなでテーブルを囲んで、グリル料理や創作料理をキャンプ感覚で楽しめる。さらに、家族みんなで寝袋を並べて、おしゃべりしながら眠りにつくといった楽しみ方もできる。いずれも根っこにあるのは、我々のコアミッションである「人間性の回復」です。高層マンションでの生活の中でも、日常的に自然に触れることができれば、人間らしさを取り戻せるはず。そういった新しい選択肢を、都会の暮らしにもたらしたいと考えました。この「半ソト空間」を付けた1階の住戸は最上階と同じくらいに人気があり、完売したそうです。

画像: 三井不動産レジデンシャルと共同開発した「半ソト空間」のイメージ

三井不動産レジデンシャルと共同開発した「半ソト空間」のイメージ



スノーピークはこのほかにも、キャンプを軸にした新たなビジネスを展開している。ここでは、同社が今年始めた2つの取り組みについて紹介する。

ビジネスシーンにキャンプを取り込む「アウトドアオフィス」

スノーピークは新提案「アウトドアオフィス」を推進するため、今年7月、愛知県のIT系企業と共同で株式会社スノーピークビジネスソリューションズを設立した。「アウトドアオフィス」とは、ビジネスにキャンプを取り入れた新しいワークスタイル。例えば、社内の打ち合わせや社員研修などをテントで行い、オフィスとクラウドでつなぐことで、自然を感じながら快適に働くことができる。「ビジネスシーンにおいてもアウトドアで原始的な時間を過ごせば、都会における普段の時間の流れとは違うリズムが生まれ、人間が本来持つ感覚を取り戻すことができ、創造力を豊かにできる」と同社は考えている。

画像: 「アウトドアオフィス」の活用イメージ

「アウトドアオフィス」の活用イメージ

キャンプで「地方創生」

今年2月、スノーピークは株式会社北海道銀行と北海道地域活性化のための連携協定を結んだ。その内容は、北海道銀行の店舗ネットワークを活かし、道内の各自治体に対してスノーピークが持つアウトドア事業のノウハウを活かしたブランディング提案を行うというもの。道内には330ものキャンプ場をはじめとする豊富なアウトドア施設があるが、その観光資源としてのポテンシャルを活かしきれていないという危機感が北海道銀行にはあった。そこで、スノーピークに白羽の矢が立った。

その第1号案件は、今年7月に帯広市と結んだ、観光振興を柱とする包括連携協定だ。十勝平野のほぼ中央に位置する同市は、日高山脈のふもとに広がるポロシリ自然公園オートキャンプ場をはじめ、ラフティングやカヌーが楽しめるなどアウトドアのリソースに恵まれている。また、ジャガイモやトウモロコシに代表されるように日本の食料供給基地としての役割を担うほど農業が盛んで、市内には見事な農村景観が広がっている。スノーピークの役割は、そういった一つひとつの素材を磨き上げてつなぎ、世界に発信していくこと。今後、観光のコンテンツや商品の開発、販路開拓、そして人材育成に関わることで、地域の活性化に貢献していくという。活動はまだ始まったばかりだが、ゆくゆくは国内だけでなく欧米からも来てもらえるようなブランディングをめざしている。

画像: 山井太(やまいとおる) 1959年新潟県生まれ。明治大学商学部卒業。外資系商社リーベルマン・ウェルシュリー & Co.,SA勤務を経て、1986年、父の故・山井幸雄氏が創業した株式会社ヤマコウ(現・株式会社スノーピーク)に入社。アウトドア用品の開発に着手し、現在のオートキャンプスタイルを生み出した。1996年、代表取締役社長就任と同時に社名を株式会社スノーピークに変更。著書に『「好きなことだけ!」を仕事にする経営』(日経BP社, 2014年)。

山井太(やまいとおる)
1959年新潟県生まれ。明治大学商学部卒業。外資系商社リーベルマン・ウェルシュリー & Co.,SA勤務を経て、1986年、父の故・山井幸雄氏が創業した株式会社ヤマコウ(現・株式会社スノーピーク)に入社。アウトドア用品の開発に着手し、現在のオートキャンプスタイルを生み出した。1996年、代表取締役社長就任と同時に社名を株式会社スノーピークに変更。著書に『「好きなことだけ!」を仕事にする経営』(日経BP社, 2014年)。

(後編に続く)

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