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一橋大学特任教授(PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座)楠木建氏/(株)日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal 加治慶光/(株)日立製作所 事業主管 Vice President AI Strategy(取材時) 黒川 亮
2026年2月13日、Lumada Innovation Hub Tokyoにて開催したウェビナー「楠木建さんと語る、フィジカルAI時代の競争戦略」採録の第5回は、楠木建氏、黒川亮と加治慶光の3名によるトークセッションの後編。AIが雇用を奪うのではないかという懸念や、政府の成長戦略との関係が議論された。楠木氏は歴史を振り返れば技術は雇用を消してこなかったと指摘。将来予測は往々にして外れる。だからこそ重要なのは、流行に振り回されず、自社の「儲け筋」に専念することだと強調する。

「第1回:黒川 亮 講演「日立のAI戦略~世界一のフィジカルAIの使い手をめざして~」」はこちら>
「第2回:楠木 建氏 特別講演「戦略ストーリーとDX」」はこちら>
「第3回:トークセッション(前編)」はこちら>
「第4回:トークセッション(中編)」はこちら>
「第5回:トークセッション(後編)」

未来予測は外れるもの

加治
高市首相が2025年11月に設置した「日本成長戦略会議」では、AIをはじめとする17の戦略分野と、8つの分野横断的課題を議論のテーマとしています。その8つの課題の中には「家事等の負担軽減」が含まれ、人口減少を見据えてAIとロボットを組み合わせた家事の合理化が必要であるとしています。また、2025年末に発表された「人工知能基本戦略」でも、「フィジカルAIを競争力の源泉にする」ということをはっきりと打ち出しています。

これは視点を変えると、AI活用の加速が人減らしにつながるという見方もできますが、その不安についてはどうお考えになりますか。

楠木
これも近現代史で繰り返されてきた現象です。1980年代に産業用ロボットが導入された際も仕事がなくなると騒がれました。しかし約40年経った今、あらゆる研究が示しているのは、ロボットの導入は雇用と無相関か正の相関があるという事実です。仕事の内容は変わるものの、ロボットと人間が行うことは併存するのです。

しかも今後は絶対的な労働力不足になりますから、仮にAIが仕事を代替しても、人間のやるべきことはいくらでもあります。『逆・タイムマシン経営論』(日経BP)でも書いたように、メディアは戦後80年間、一貫して「仕事がなくなる」と言い続けてきました。オートメーション、コンピューター、産業用ロボット、インターネット、そしてAIによって仕事がなくなると言い続けた結果が、現在のこの深刻な人手不足ってどういうことなんだと。

画像: 未来予測は外れるもの

加治
確かにそうですね。

楠木
AIを理由に人が余るような事態は、まず起こらないと思っています。

黒川
私も同感です。5年先を見通したければ、5年前のフォーキャストがどうなったかを振り返るべきですよね。『ファクトフルネス』という本にもありますが、世の中が悪くなっているという報道ばかり見ていると、事実を見失います。例えば、世界人口が増えているのは困ったことではなく、救われている命が増えているということです。

日本語の言語人口は世界全体のわずか約1.7%に過ぎません。その日本が15億人規模の英語圏や中国圏の中で生き残るには、AIやロボットに仕事を奪われるなどと言っている場合ではなく、むしろ味方につけなければならないのです。

今、政府が後押ししようとしている流れに乗りつつも、企業は自分たちの力でどう生き残るかを分けて考える必要があります。刺激的な記事や言説に惑わされず、「自社が何で儲けるのか」という本質をしっかり考えるべきですよね。

楠木
フォーキャストが信用できないのは、予測している本人たちが「自分の予測が将来検証されることはないだろう」と高を括っているからです。ぜひ、5年前の経済誌などを読み返してみてください。今読むと、爆笑に次ぐ爆笑ですよ。

黒川
実は私はAIの前にメタバースに携わっていましたが、当時の市場規模の予測は、今のAIに匹敵するほど巨額でした。フィジカルAIが出始めたことで、人を送れない現場のテスト環境などにデジタルツインがようやく使われ始めましたが、もしこの文脈がなかったとしたら、当時のフォーキャストは何だったのかという話になります。

大切なのは、ブームに踊らされず本質に専念すること

楠木
ウォーレン・バフェットの言葉に「潮が引いて初めて、誰が裸で泳いでいたか分かる」というものがありますが、まさにその通りです。過去を振り返れば、本物と偽者ははっきりします。

2020年5月の緊急事態宣言下、あるメディアの企画で50人の有識者がポストコロナの世の中を予測しました。私は「感染症はいつか収束する。収束した5年後を考えれば、8~9割は元に戻るだろう」と書きました。すると「何を呑気なことを言っているんだ」と猛烈に叩かれ、大量の批判ハガキが届きました。しかし今、どうでしょうか。会議がオンラインで行われるようになったという変化はありつつも、社会はほぼ元通りになりましたよね。

コロナ前の社会のあり方には、相応の強い理由があったのです。当時「世界は一変する」と語っていた8割の有識者たちを集めて、「あの時の発言はどうなったか」を問い詰めるパネルディスカッションをやりたいくらいです(笑)。

潮が引いた後に裸で泳いでいた人が明らかになるのは、今回の生成AIブームも同じです。重要なのは自社の「儲け筋」を冷静に考えること。5年後に「あの時はあんな騒ぎだったね」と笑って振り返ることができる側に回っていただきたいですね。

黒川
まさに先生がおっしゃる通りです。クラウドについても、かつてのブームでは皆が一斉に動きましたが、潮が引いた後に残ったのはビッグテックだけでした。AIも同じで、結局残るのは現場で使われる業務アプリケーションです。技術は、素晴らしいから使われるのではなく、現場の切実な課題を解決するから使われるものです。私たちは、「最先端」ではなく「最前線」で皆さまのお役に立つために、「HMAX*」に引き続き注力していきたいと考えています。
* HMAX by Hitachiは、AIで社会インフラを革新する次世代ソリューション群です。

画像: 大切なのは、ブームに踊らされず本質に専念すること

楠木
石油を掘っている人たち(AI開発者)の熱狂に、ユーザーまでがそわそわする必要はありません。「死ぬまで競争していなさい」と傍観していればいいのです。私たちは「どう使って儲けるか」という商売の本質に専念すべきです。

加治
ありがとうございます。それぞれの会社の歴史や文脈の中に技術をきちっと入れていくことが大切ということですね。

楠木
その通りです。

加治
日立が2009年に掲げた「社会イノベーション」は、創業時の社是に立ち返ったものでした。当時は「そんな悠長なことを」という批判もありましたが、地道に続けた結果が今、評価されています。AIに対して日立の社内に浮足立った雰囲気がないのも、戦略が文脈に沿っているからでしょう。本日のウェビナーが、視聴いただいた皆さまが自社の歴史を振り返り、文脈に沿った戦略を立てていく上でのヒントになりましたら幸いです。

「第1回:黒川 亮 講演「日立のAI戦略~世界一のフィジカルAIの使い手をめざして~」」はこちら>
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「第5回:トークセッション(後編)」

画像1: 楠木建さんと語る、フィジカルAI時代の競争戦略
【第5回】トークセッション(後編)

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

画像2: 楠木建さんと語る、フィジカルAI時代の競争戦略
【第5回】トークセッション(後編)

加治慶光(かじよしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。

画像3: 楠木建さんと語る、フィジカルAI時代の競争戦略
【第5回】トークセッション(後編)

黒川 亮(くろかわ りょう)
株式会社日立製作所 事業主管 Vice President AI Strategy(取材時、現在はデジタルシステム&サービスセクター Chief Lumada Business Officer兼 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット事業主管)。日本発グローバル企業日立の一員として、日立グループ内外のAI トランスフォーメーション推進、技術計画、ステークホルダ対応担当。
AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットにおけるChief Lumada Business Officerとして、Lumada推進を通じたデータ活用を担当。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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