Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
一橋大学特任教授(PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座)楠木建氏/(株)日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal 加治慶光/(株)日立製作所 事業主管 Vice President AI Strategy(取材時) 黒川 亮
2026年2月13日、Lumada Innovation Hub Tokyoにて開催したウェビナー「楠木建さんと語る、フィジカルAI時代の競争戦略」採録の第3回は、モデレータ役を務める加治慶光、パネリストの黒川亮と楠木建氏の3名によるトークセッションの前編。黒川は、日立のAIの強みは現場での実証と結びついていることだと語り、楠木氏はAIブームを石油ブームになぞらえ、真に重要なのは「掘り当てること」ではなく「どう使うか」だと指摘する。

「第1回:黒川 亮 講演「日立のAI戦略~世界一のフィジカルAIの使い手をめざして~」」はこちら>
「第2回:楠木 建氏 特別講演「戦略ストーリーとDX」」はこちら>
「第3回:トークセッション(前編)」

日立と他社との決定的な違いは「文脈志向」

加治
まず視聴者の皆さまのために全体像を整理したいのですが、黒川さんは日立のAI戦略を担い、世界中で競合やパートナーと対話を重ねてこられました。現在の概観を踏まえ、AIと日本の産業競争戦略をどのように捉えていらっしゃいますか。

黒川
楠木先生のご講演を聞き、日立の戦略は間違っていないと再確認できました。
日立の差別化ポイントは「ミッションクリティカル品質」です。「HMAX*」を立ち上げる際、まずは鉄道から始めましたが、そのソリューションをそのまま電力分野にコピーアンドペーストするのではなく、現場の人間が「これならミッションクリティカルな仕事に使える」ように使える部分をアセットとして取り込み、スピードとカスタマイズを両立させたから、うまくいったということです。
* HMAX by Hitachiは、AIで社会インフラを革新する次世代ソリューション群です。

私は長年AIに携わっていますから、今年はエージェンティックAIだ、来年はフィジカルAIだと、トレンドが変わるたびに振り回されることには慣れてしまいました。しかし、先日ラスベガスで開催されたCES2026を見ていると、AIに巨額の資金と注目が集まっていることで、浮き足立っている人が増えつつあるようです。そこに、先生がおっしゃっていた飛び道具のトラップにはまってしまう危うさを感じるのです。

日立はドメインナレッジで「因果関係」を担保していますが、AIの本質はあくまで「相関関係」です。「今、この瞬間に何と何が相関しているか」は提示できても、先生がおっしゃった「ビンタ」と「抱きしめる」の順番が逆になる可能性もあることは、強く意識しておくべきだと思いました。

楠木
多くのAIプロバイダーは今、AIブームの真っ只中にあります。「文脈」を重視する余裕などなく、とにかくトップラインを上げるために突っ走っている。その中で日立は、鉄道、電力といった自社内の文脈それぞれにAIを落とし込み、各現場の文脈を大切にしようとしている。この「文脈志向」こそが、他社との決定的な違いではないでしょうか。

画像: 日立と他社との決定的な違いは「文脈志向」

一方で、AIプロバイダーはもうそんなことやっている場合じゃないという状況ですね。これは歴史上、何度も繰り返されてきた現象です。例えば石油ブーム。まず大きなリスクを取って「油田を掘る人」が現れます。今で言えばOpenAI(ChatGPT)やGoogle(Gemini)といった、AIそのものを開発するプレーヤーです。

次に、その「供給を支える人」が現れます。石油なら掘削装置や輸送手段を提供した人々。AIで言えば、NVIDIAを筆頭とする半導体メーカー、データセンターを建設する企業、あるいは送電網や光ファイバーを供給する企業です。

しかし、これらは氷山の一角に過ぎません。石油が真にインパクトを与えたのは、それを使う「ユーザー」が現れた時です。一般家庭、事業者、ありとあらゆる人々が石油を使って新しい経済活動を始めた。今、私たちが注目すべきはそこです。家を暖めたい人がみずから石油を掘りに行くことはありませんが、今はAIブームの熱気で、誰もが「掘り当てる側」になろうと色めき立っています。しかし、歴史を振り返れば、重要なのは「AIを使ってどんなビジネスをするか」という視点です。

技術とは「人間が行ってきたタスクの外部化」

黒川
本当におっしゃる通りですね。日立はAIニーズの供給を支える側とAIユーザー側の両面を持っているのが強みだと感じています。例えば、データセンター事業者向けに変圧器や冷却装置、発電設備までを供給するベンダーであると同時に、日立自身がサービス提供者として現場にしかないデータやユースケースを持っている。OpenAIとのパートナーシップ締結においても、ここが大きな背景にあったと思います。

生活の中にAIを浸透させるには、形を変えて「気づかないうちに提供される」ことが理想です。なので、AI担当者としては、むしろ「AI」という言葉が早く消えてほしいとさえ思っています。30年前、今の「かな漢字変換」は「AI変換」と呼ばれていましたけれど、今は誰もそう呼びませんよね。あれは日本や韓国などダブルバイト文字の文化圏だけが恩恵を受けて「AI」と騒いでいただけで、アルファベット圏の人達には関係のない話でした。

一方、今のトランスフォーマーモデルは世界中の人々に恩恵をもたらし始めています。「英語ができないからアメリカには行けない」と諦めていた優秀な学生が、高速・高精度な翻訳で言葉の壁を越えられるようになる。このインパクトは、かつてのAI変換とは比較にならないほど大きいものです。

画像: 技術とは「人間が行ってきたタスクの外部化」

楠木
そこが技術の本質ですね。技術とは「人間が行ってきたタスクの外部化」です。産業革命で蒸気機関や内燃機関が生まれ、徒歩や馬での移動が汽車や自動車に代わりました。今「新幹線の方が俺より速い」と悔しがる人はいません。人間を凌駕する能力があるからこそ、外部化する意味があるのです。

したがって、これまで自分の中に持っていたスキルが少ない人ほど、AIの恩恵は大きくなります。例えば「英語がネイティブ並み」というスキルがAIに外部化されれば、その希少価値は下がりますが、英語ができない人は、おっしゃるように大きな恩恵を受けることになる。

加治
そろばんや暗算も同じですね。

黒川
おもしろい視点です。ネット検索で「AIを使うと」と打ち込むと、「バカになる」「頭が悪くなる」という言葉が上位にサジェストされます。しかし、ここ約4年間のブームの結果を見れば、AIで業務効率が大きく改善したのは、どちらかと言えばジュニア層や業務に慣れていない方々でした。一方で仕事のできるトップ層ほど、こだわりがあってAIを使ってこなかった。もし今後4年で、そのトップ層が真剣にAIを使いこなすようになれば、劇的な展開が起こるかもしれません。

楠木
結局は「使い方次第」ですよね。

第4回は、5月22日公開予定です。

画像1: 楠木建さんと語る、フィジカルAI時代の競争戦略
【第3回】トークセッション(前編)

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

画像2: 楠木建さんと語る、フィジカルAI時代の競争戦略
【第3回】トークセッション(前編)

加治慶光(かじよしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。

画像3: 楠木建さんと語る、フィジカルAI時代の競争戦略
【第3回】トークセッション(前編)

黒川 亮(くろかわ りょう)
株式会社日立製作所 事業主管 Vice President AI Strategy(取材時、現在はデジタルシステム&サービスセクター Chief Lumada Business Officer兼 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット事業主管)。日本発グローバル企業日立の一員として、日立グループ内外のAI トランスフォーメーション推進、技術計画、ステークホルダ対応担当。
AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットにおけるChief Lumada Business Officerとして、Lumada推進を通じたデータ活用を担当。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.