Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
矢野 和男 株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
これまで20年以上に渡って、ウェルビーイングへの科学的アプローチによる研究で数々の成果を上げてきた 株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO 矢野和男。『トリニティ組織』という組織理論の書籍を上梓したばかりの矢野は、2025年8月26日、全く新しいコンセプトの生成AIサービスを発表した。人間の仕事を代替するのではなく、経営者の能力を増幅することを目的として開発された「Happiness Planet FIRA(フィーラ)」(以下「FIRA」)。圧倒的な知見を自律的に活用できないという生成AIの弱点を、キャラクターたちの議論によって乗り越え、生成AIのポテンシャルを一気に進化させたこの革新的なサービスについて、インタビューを行った。3回に渡ってお届けする本記事の第1回では、「FIRA」誕生の背景について話を聞いた。

※ 本記事は、2025年8月7日時点で書かれた内容となっています。

ルネサンスの天才たちが生まれた理由

私は20年以上に渡り、人の幸せ、ウェルビーイングについて研究し、そのための道具としてビッグデータやAIに早い時期から注目し、活用してきました。ようやく生成AIがビジネスに実装されるようになってきましたが、今よくある議論は、AIが人の仕事を奪うというものです。確かに人間らしくない仕事もありますから、そういうことは起きるだろうし、起きていいと思います。

しかし生成AIには、人の仕事を「代替する」こと以上に重要な役割があります。それは、人の力を「増幅する」ことです。私は人や組織をよりクリエイティブに、よりイノベーティブにするためにビッグデータやAIを活用してきました。ハピネスプラネットのサービスは、すべてこの考え方に基づいています。

では人がクリエイティブになるということは、どういうことなのか。この30年ほどさまざまな研究が行われてきました。私たちはそれが人間の脳にあると考えがちですが、そうではありません。14世紀から16世紀にかけて、フィレンツェでルネサンス運動が起こり、多くの天才が生まれました。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ダンテ、マキャヴェリといった天才が、なぜそんな短時間に狭い地域で出現したのか。突然変異が起こった?いえ、そうではありません。その時代のフィレンツェには、メディチ家という資産家を中心に絵画や哲学や文学といった分野を超えて人と人が交流し、融合したり協力し合い、時には対立し合えるような情報や知識のネットワークがあったからです。異なる才能が交流し合える状態が、人を創造的にし、天才を輩出したのです。これをコレクティブ・インテリジェンス(集団的知性)と言います。

私たちは、こうした研究の世界的権威であるマサチューセッツ工科大学のトム・マローン教授と、20年前から共同研究を行い、論文を一緒に書いてきましたが、人間が創造的になるためには、どんなに優れた才能でも孤立していてはだめで、分野を超えたネットワークが必要であることがわかってきました。

物知りのLLMを賢くするチャレンジ

生成AIは、社会やビジネスの仕組みを根本から変革するものです。LLM(大規模言語モデル)は途方もない物知りですが、それだけでは何も創造できません。その能力は、異なる分野の知識を組み合わせたり、新しい問題を提起してはじめて創造的に賢くなります。今の生成AIにおいてそのトリガーは、人間がプロンプトを書くことになっていますが、それではコレクティブ・インテリジェンスは発動しません。

私たちは問題を提起する時にこそ、生成AIの力を使うべきだと思います。生成AIが人と一緒に考えることで、コレクティブ・インテリジェンスが働くことになる。それが人間の能力を増幅し、私たちの思考を拡張してくれるのです。しかしこれだけ生成AIが騒がれているのに、この方向性を探っているという話は聞こえてきません。であれば、これはむしろチャンスなのではないか。この20年の間、人間研究や、創造的なチームの研究や、AIのテクノロジーについて研究・開発してきた私たちなら、可能かもしれない。むしろこれが私たちの使命だと考え、開発した「生成AI」を越える「創造AI」が「FIRA」です。

画像: 物知りのLLMを賢くするチャレンジ

「FIRA」の目的は、経営者の意思決定支援

経営者は、予測不能なこの時代に、毎日複雑な経営課題と向き合い、ステークホルダーと対話し、事業戦略から従業員のエンゲージメント施策まであらゆる意思決定を行わなければなりません。中期経営計画のような大きな戦略を立てることもあれば、今起きている地政学的な変化や関税の問題にどう対応していくのかを判断し、適切な指示を出す必要もあります。その時、経営者は誰に相談すればいいのでしょう。

もちろん役員会議で各セクションの代表と話しをしたり、コンサルタントに相談するなど、意思決定を支援する仕組みはあるでしょう。しかし会社の人間は、部署内のことについて把握していても、世界情勢という視点から事業を見ているわけではありません。コンサルタントも、常に的確なプラン提案やアドバイスができるわけではありません。何より、経営者に真正面から自分の意見をぶつけられる人は、きわめて少ないはずです。

つまり、企業という人間集団の中でできる議論や意思決定には、限界があるのです。その中で異なる才能が交流し合えるルネサンス期のフィレンツェのような、コレクティブ・インテリジェンスを発動させることは構造的に難しい。しかしAIなら、途方もない物知りの異なる才能を集め、自由闊達に議論し、意見を出し合えるような場を作ることは可能です。それは、経営者がうまく言葉にできないような不安材料を、異なる才能たちに議論してもらうことで思いもかけない展開を発見したり、あるいは自分の思いを確信に変えるような機会を作ることになります。さまざまな才能が24時間365日、あなたの質問のための自由な言論空間を作ってくれるのが「創造AI」です。

私は経営者の力を増幅するこの創造AIを、「FILA」と名付けました。フィレンツェ・アルケー(Firenze Arche:フィレンツェの原理)の略で、異なる才能が交流する場をイメージしています。次回は、「FIRA」が具体的にどんな議論で経営者を支援するのかを解説します。

第2回は、9月22日公開予定です。

画像: 最良のコンサルタントは生成AIの中にいる
【第1回】経営者の力を増幅する生成AI「FIRA」誕生

矢野 和男
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
1959年山形県酒田市生まれ。1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。同社中央研究所に配属。2007年主管研究長、2015年技師長、2018年より現職。博士(工学)。IEEE Fellow。
1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行して実社会のデータ解析で先行。
論文被引用件数は4500件、特許出願350件以上。大量のデータから幸福度を定量化し向上する技術の開発を行い、この事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立し、代表取締役CEOに就任。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.