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普通でいられないつらさ
山口
とはいえ、何かを始めるにあたっては、「適当にやって」というわけにはいかないと思うんです。プランをきっちり固めることと、ある程度は自由にやるということのバランスの取り方に知恵や経験の妙味が出てくるのではないかと思いますけれど、何かコツはあるのでしょうか。
細野
いやぁ、どうでしょうか。ただYMOのようにチームで何かをやる場合は、みんなをその気にさせるための仕掛けが、やはり必要ですね。
山口
例えば、坂本龍一さんと高橋幸宏さんにYMOの結成をもちかけたときの決意書ですか。富士山が噴火している絵と「ファイアー・クラッカー」のシングルで全米400万枚を目指す!と細野さんが直筆で書かれたという。
細野
そうです。あれは僕の「計画」です(笑)。半分は法螺(ほら)みたいなものでしたけれど。とはいえ、ビジネスの具体的な計画、スケジュールや予算はレコード会社が決めるわけで、それはまた僕たちのあずかり知らぬ世界なんですよ。だから、YMOも僕の計画がうまくいったということではない。考えてみると、自分ですべて計画してそれがうまくいったという経験はないと思います。
山口
そうですか。
細野
だから計画というものを放棄しちゃったんですね。その場限り、「その日が楽しけりゃいい」という生き方です。ところが、今はちょっと窮屈といいますか、そういう気持ちになれないんです。
山口
それは由々しき事態では。
細野
そうなんです。実は最近、1か月くらい寝込んでいたんですよ。さっきお話ししたバリ島でのライブから帰ってきたら、風邪なのか何なのかわからないけれど微熱が続いて、食欲がなくて、5kgくらい痩せてしまった。そこから回復して「普通」の状態になってみたら、なんと楽なことか。「こういう普通の毎日が続けばいいな」と思ったんです。ところが世の中が何だか普通じゃない。ニュースを見ていると、自分だけ普通ではいられない気がしてくる。若い頃は、自分では普通の日々が続いていたような気がするんですけれどね。世の中はあまり変わっていなくて、自分の感覚が変わってきただけかもしれないけれど。
山口
「普通」ではいられないわけですね。
細野
そうなんです。体は普通でいられるけれど、精神はそうではないです。「その日が楽しけりゃいい」というふうに思えない。
山口
やっぱり今の世の中が異常なんだと思います。計画は英語でprojectですが、ビジネスの世界にはproって付く言葉ばかりです。profit、program、projection…。proというのは、「前もって」とか「あらかじめ」という意味で。
細野
そうですよね。
山口
けれど、人間も結局は動物です。動物って、あらかじめ何か計画しておくといったことは…。
細野
しないです。だから見習いたいです。
山口
そう考えると、計画、計画ばかり言われる状況は自然ではないと思いますし、普通じゃいられないという感覚はわかります。普通じゃいられない世の中で普通でい続けるためには、やっぱり大変な努力が要りますね。
細野
そうですね。世捨て人になるしかないというか。
演奏者と観客という二項対立を避けたい
山口
今日、お伺いしたいと思っていた3つめのポイントは、個人的には大問題だと思っているのですが、「客」というものについてです。最近、カスタマーハラスメントという言葉を耳にすることも増えてきて。
細野
大流行です。
山口
お客さんに暴言を言われて精神を病んでしまう人まで出てきています。「客」は英語で言うとcustomerやguestですけれども、日本語では「主」と「客」が対比され、「主」が「中心に置くもの」であるのに対して「客」は「外側のもの」という意味なんですね。
細野
主体と客体ですよね。
山口
ええ。もっと広げると「主」が「重要なもの」であるのに対して、「客」というのは「重要でないもの」なんです。なのに、今は客のほうが大きい顔をしているように感じます。細野さんは以前、「お客さんはわからない。ミュージシャン同士で楽しく演奏していることが主で、それをたまたま見ている人がいるだけ」とおっしゃっていました。「客に向き合う」ということは大切なことだと考えられてきましたが、実はそのことがいろいろな問題を生み出しているのではないかとも思います。なので、細野さんにとっての「お客さん」とは何なのかということが、主と客の関係性を考える上でのヒントになるのではないかと思うのですが。
細野
お客さんはわからないというふうに思い始めたのは、もうずいぶん前ですね。20年ぐらい前のことかな、伊勢の猿田彦神社のおまつりで毎年、奉納演奏をしていたんです。で、ライブを頼まれて何をやろうかと考えたときに、奉納だから神楽だろう、神楽の本質は即興であろうと思い、即興演奏をしていました。即興演奏というのは、自分たちが一番楽しくできる方法なんです。演奏ミスというものがないし、譜面を憶えてちゃんと演奏しなければというストレスもない。
山口
即興だから原理的に間違えようがない。
細野
そうそうそう。だから、気楽なんですね。僕たちはお互いの顔が見えるように半円を描くように並んで、即興で楽しく、ジャズとまではいかないけれど、そんな雰囲気で演奏した。それをお客さんが観ているのだけれど、お客さんとのあいだには祭壇を設けました。主と客、演奏者と観客という二項だと対立してしまうので、真ん中に何かが必要だろうと思ったんです。
山口
依り代みたいなものでしょうか。
細野
ええ、そうですね。お客さんに面と向かって演奏するのではなく、あいだに何かあったほうが、場が和らぐと思ったんです。ライブの会場が稲刈りを終えたあとの御神田(おみた)だったのでそういうことができたわけで、普通のホールだと難しいかもしれないですけれどね。お客さんというものをあまりに意識してしまうと、緊張してしまって楽しくできないんですね。普通のライブでも、緊張するのが嫌なんですよ。(第4回へつづく)
![画像1: 音楽も生き方も「楽しい」を軸に
常にぶれながら、自分の音楽と向き合ってきた
【その3】「その日が楽しけりゃいい」という生き方をしたい](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782574/rc/2024/11/11/dd0270eaccf9b9d8f37339959fa69febb2c8ae8e.jpg)
細野 晴臣
1947年東京生まれ。音楽家。1969年「エイプリル・フール」でデビュー。1970年「はっぴいえんど」結成。73年ソロ活動を開始、同時に「ティン・パン・アレー」としても活動。78年「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成、歌謡界での楽曲提供を手掛けプロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント、エレクトロニカを探求、作曲・プロデュース・映画音楽など多岐にわたり活動。
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山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。最新著は『クリティカル・ビジネス・パラダイム:社会運動とビジネスの交わるところ』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
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新たな企業経営のかたち
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Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。