Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
音楽界では民族音楽への再回帰が新しい潮流になっていると細野氏。また、作品づくりと計画についての山口氏の問いには、作品づくりは無限の可能性がある中から一つに絞ることであり、計画してつくるものではないと話す。

「第1回:古いものは新しい」はこちら>
「第2回:無限の可能性がある中から一つに絞る」

民族音楽への回帰という流れ

山口
パーソナルな音、職人的につくられた音というのは、情報量が多い音ということでしょうか。僕は民族音楽に興味があってトルコやアラブの音楽を聴くのですが、いかにも情緒があるんです。特にトルコのある民族は1オクターブを48に分けているので。

細野
ええ、微分音がね。

山口
ものすごく目が細かい、デジタルじゃないんです。

細野
あれはわくわくする。うん。

山口
聴いていると、なんていうのかな、裸足でコケの上を歩くような感覚が音でも感じられるといいますか、ものすごい情報量があって、ざわざわする感じなんです。

細野
そういう意味ではパーソナルな音というのは情報量が多いと言えるかもしれないですね。それも分析できないような情報が。だから、一人ひとり違う音楽をつくっていると話したけれど、実は民族音楽にはもともとそういう要素があったということだと思います。最近、アフリカやモロッコの音楽を取り入れるアーティストがまた少しずつ増え始めていますね。僕の身近なところで言うとCHO CO PA CO CHO CO QUIN QUINという若手のバンドが、アフリカっぽい、民族音楽を取り入れた作品をつくっています。音楽界全体としても、そうした方向に向かっていくような感じがしていますね。

山口
1990年代頃にワールドミュージックがブームになって世界的に浸透したと言えると思うのですが、そのセカンドウェーブのような位置づけでしょうか。

細野
うーん、ちょっとニュアンスが違うかもしれない。あのときは「ワールドミュージック」というラベルを貼って売り出していた感がありますけど、今、起きていることはそれとは違うと思います。さっきおっしゃったような、情動が動くような本能的な音楽をみんなが感じたい、感じさせてもらいたい、あるいは人に伝えたい、そういう自然な思いが集まってムーブメントとなっている。自然にそういう方向へ向かっていくという時代が来つつあるのかなと感じています。

できればつくりたくない

山口
この連載は、テーマが「リベラルアーツ」なんです。私は、リベラルアーツとは自由であり続けるための技術であると考えているのですが、細野さんはとても自由に生きておられますよね。

細野
ええ、本来はそうなんですけど。

山口
今日お伺いしようと思っていたことのもう一つは「計画」ということについてです。細野さんは「計画を立てること」について否定的ですよね。ご著書の中でも「計画を立てることで自分が本来やろうと思っていたことよりも、小さくなってしまう可能性がある」と書かれています。また「アルバムづくりに関して言えば、旅をする感覚に近い。本来の計画とは違った結果に辿り着いたほうが面白いものになる。」という鈴木惣一朗さんのコメントを肯定しておられました。それで私が思い出したのはサグラダ・ファミリアです。詳細な計画、設計図がないことによって、後世の建設にかかわる人々に考える余地、いい意味でのゆらぎを残していると思うのです。

細野
なるほど。そうね。

山口
細野さんは、長らくプロデューサー的な立場で音楽づくりに携わってこられています。ご自分では「発起人だよ」と、おっしゃっていますけども。その音楽づくりにおいて、計画ということをどのように位置づけていらっしゃいますか。
今の世の中を見ていると、特にビジネスパーソンの方々は計画できないこととか、予測できないことに対して、ものすごく臆病になっていると思うんです。でも計画することの弊害ってありますよね。

細野
そうですね。計画という話とは少し違うかもしれませんが、特に音楽というのは、頭の中で鳴っているときには無限の可能性があるわけです。ああでもない、こうでもない、こうすればああなるだろうし…って無限なんですね。それを一つの作品というものに絞らなきゃいけない。それがとてもつらいし、嫌なんですよ。できればつくりたくない。しかも、アルバムにするためにはさらにミックスダウンというのがあって、それも無限の可能性がある中から、バランスをとって一つにまとめちゃうわけです。それはいつも、楽しいけれど、もったいないなと思っています。ほんとうは、いろんな方向があるはずなのに。

山口
素晴らしい才能を持った選手が大勢いる中で、甲子園でベンチに入れるのは20人しかいない。そんなイメージでしょうか。

細野
そうですね。

山口
捨てる悲しみというか。

細野
ちょっと言い過ぎとは思いますが、つくらないほうがいいという感覚ですね。

山口
では、スケジュールがなければ永久に考え続けていたいと。

細野
そうです。終わらないです。つくり続ける工程をずっと楽しんでいるだけでしょうね。

山口
それでもパッケージとしてリリースしなければいけないから、どこかでエイヤ!と決めなければいけないわけですね。映画のディレクターズカット版みたいに、バージョンを変えるということはできるかもしれないけれど。

細野
そう、それはね、やっていますよ。聴く人が混乱してしまうから、あまり頻繁にはできないんですけど。

山口
過去を遡って、ここはこのほうがよかったとか。

細野
ええ、もうそればっかりですよ。全部そうです。今やり直せばまた違うものができます。だから最初からすべて計画してつくっているということはないんです。(第3回へつづく

「第3回:「その日が楽しけりゃいい」という生き方をしたい」はこちら>

画像1: 音楽も生き方も「楽しい」を軸に
常にぶれながら、自分の音楽と向き合ってきた
【その2】無限の可能性がある中から一つに絞る

細野 晴臣
1947年東京生まれ。音楽家。1969年「エイプリル・フール」でデビュー。1970年「はっぴいえんど」結成。73年ソロ活動を開始、同時に「ティン・パン・アレー」としても活動。78年「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成、歌謡界での楽曲提供を手掛けプロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント、エレクトロニカを探求、作曲・プロデュース・映画音楽など多岐にわたり活動。

画像2: 音楽も生き方も「楽しい」を軸に
常にぶれながら、自分の音楽と向き合ってきた
【その2】無限の可能性がある中から一つに絞る

山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。最新著は『クリティカル・ビジネス・パラダイム:社会運動とビジネスの交わるところ』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.