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株式会社サイフューズ 代表取締役 秋枝静香氏/大阪大学大学院医学系研究科教授、東京科学大学総合研究院教授、シンシナティ小児病院オルガノイドセンター副センター長 准教授 武部貴則氏
再生医療の分野で、若くして頭角を表し、日本とアメリカに6つの研究室(ラボ)を構える医師で研究者である武部貴則氏(MD/PhD)。折しも、2024年9月に、ユニークな研究を表彰する「イグ・ノーベル賞」を受賞するなど、世界的にもさらに知名度を上げている。日本を代表するトップランナーである武部教授とサイフューズとの交流は意外なところから始まっていた。初めて明かされる日本の再生医療の黎明期の秘話とは。そして、武部教授が語る、日本の再生医療の現在地とは。

「第1回:100%人間の細胞由来の人工神経や血管を画期的な3Dプリンタで実現」はこちら>
「第2回:九州大学のラボから再生医療ベンチャーが生まれた理由」はこちら>
「第3回:再生医療は垣根を超えたワンチームで道なき道を切り開く」はこちら>
「第4回:武部貴則教授が語る「日本は再生医療における世界のトップランナー」
「第5回:日本の「再生医療」の一翼を担いたい」はこちら>
「特別編:ガスとエネルギー大手の岩谷産業はなぜ「再生医療」に注力するのか」はこちら>

ミニ肝臓で世界のトップを走る武部教授

「私は人のiPS細胞やES細胞を使って、人間の、特に肝臓ですが、体内の臓器をどうやって育てるかをメインに研究しています。現在、研究室自体は6カ所。それが二つに分類できまして、一つは明らかな病気を持っていたり、健康課題が明確な方に対して、新しいテクノロジーを提供するものです。あるラボは臓器作りの研究をしていますし、別のラボではミニ肝臓を使って、病気の発生モデル作りのようなことをしています。正常な臓器ができれば治療に役立てられるので、再生医療に繋がることもやっています」

画像: ミニ肝臓で世界のトップを走る武部教授

と語るのが、武部貴則教授だ。日本とアメリカを行き来し、肝臓を中心とした臓器の基礎研究から応用まで幅広く手掛けている、日本の再生医療を牽引するリーダーの1人である。

「もう一つの柱は病気にかかるよりもずっと手前の、普通の暮らしをしている方に提供する新しい医療です。これは、テクノロジー開発というよりも、デザインやアプローチ方法の開発です。現在は特に“病気を自分ごと化”する必要がない健康な方が、将来の病気にならないためのアクションを取れるかについて研究しています。私たちが『ハピネスドリブン』と名付けたモデルです。一人ひとりがどう生きたいかに寄り添うタイプの医療をデザインするといえば、おわかりいただけますでしょうか」

「武部先生の応援団のゼロ番」と秋枝氏

武部教授は、ハキハキとした口調でご自身の研究について明確に説明をしてくれた。サイフューズの秋枝静香氏は、「私は武部先生の応援団の会員ゼロ番です」と語るほど、長い付き合いがあるのだという。出会いはサイフューズ創業後間もなくの、武部教授がまだ医学部の学生だった頃。自身が作った細胞を、福岡の秋枝氏たちのラボに持ち込んだことがきっかけだった。

「小さな教室だったのですが、武部先生が軟骨再生についてのプレゼンテーションをしてくださいました。それが衝撃的だったのです」(秋枝氏)

武部教授は当時について、

「軟骨再生を手掛けていまして、私の扱う細胞が秋枝さんたちが扱っている細胞の一つに非常に近いものでした。サイフューズさんのバイオ3Dプリンタで軟骨の再生を行なって、先天奇形の子供たちの治療をしようというプロジェクトが最初のご縁になります」

その後、再生医療学会の年次総会などで顔を合わせる機会が増え、徐々に交流が深まっていった。

「仲良くなるきっかけは懇親会ですね(笑)。はじめは横浜で行われた時だと思いますが、学会後の懇親会でサイフューズの皆さんとフランクにいろいろな議論させていただく場がありました。私は当時、横浜の大学にいたので、上司と一緒にサイフューズさんのバイオ3Dプリンタの技術を知りました。“臓器作り”というテーマは大枠としては当時からやっていたので、立体臓器再生という同じ目的を持つ“同志”として、とてもシンパシーを感じました。具体的な関係性が深まったのは4-5年前に、バイオ3Dプリンタを、シンシナティの我々のラボに入れさせていただいた頃からでしょうか」

画像: 「武部先生の応援団のゼロ番」と秋枝氏

新生児の胆道閉鎖症を治したい

オハイオ州シンシナティの武部教授のラボへバイオ3Dプリンタが導入されたことで、アメリカではまだ知名度がなかったサイフューズの持つ技術が浸透していったそうだ。

「私のラボが一つのハブになることで、『こんなアプローチがあるんだ』『日本人は面白いことやっているね』と、現地でも知られるようになり、実際に使用していただける病院や企業も増えてきていると感じます」(武部教授)

武部教授のラボは肝臓で作られた胆汁の通り道である胆管の再建を手がけており、その際にバイオ3Dプリンタを使用している。

「胆管はとても重要な臓器です。胆道閉鎖症という生後間もない赤ちゃんの命を奪ってしまう、一番治りにくい病気があります。肝臓よりも胆管の病気が厄介なので、そこを治してあげたいという強い思いがあり、外科の先生と一緒に研究をしています。まだ基礎研究の段階ですが、プリンタの実用化はできているという意味で道は拓けていて、可能性はすごくあると思っています」

オルガノイドで個別の臓器再生の道が見えてきた

再生医療も新しい段階に差し掛かっているのだと武部教授はいう。

「私たちのこれまでのスタンスは細胞たちがどうやって自分で臓器を育てていくのかというバイオロジーに基づく研究でした。例えば受精卵は1個の細胞から10カ月経つと、全身の臓器ができて赤ん坊になります。そこからようやく臓器がどのようにできるかが見えてきましたが、決定的に足りていない課題が形を制御することでした。それが、オルガノイド(Organoid)という試験管の中で幹細胞から作る肝臓などのミニチュアの臓器を作成できる可能性が見え、どうやって形を加工するのかまでは到達できました。ですから、これからはエンジニアリングの技術や発想が大切になってきています。その意味でもサイフューズさんが確立された技術との融合によって、本当に意味のある再生医療が実現できるフェーズに入ってくると思っています。まだ明かせませんが肝臓以外の臓器でもサイフューズさんとの研究が始まっています」と、武部教授は教えてくれた。そして、日本の再生医療の現在地については、胸を張ってこう断言するのだ。

画像: オルガノイドで個別の臓器再生の道が見えてきた

「日本は再生医療のトップランナーです。アメリカにもヨーロッパにもほぼ負けていません。ただ、ES細胞を使った膵臓などの臓器についてはアメリカが早くに研究を始めたので強みがあります。一方でiPS細胞などの幹細胞全般については、日本が圧倒的に先を走っています。

とはいえ業界としての成熟度では三合目あたり。患者さんを明快に助けた事例がまだまだ少ないからです。皆さんが再生医療という言葉からイメージする臓器の機能を置き換えるというところまでは到達していません。そういう医療の実現に向かってこれからも努力を続けていきたいと思っています」(第5回へつづく

「第5回:日本の「再生医療」の一翼を担いたい」はこちら>

画像: 日本における再生医療の最先端企業「サイフューズ」が目指すもの
第4回 武部貴則教授が語る「日本は再生医療における世界のトップランナー」

武部貴則(たけべ たかのり)MD/Ph.D

1986年横浜市生まれ。2011年横浜市立大学医学部医学科卒業後、同大学助手に着任。26歳の若さで「ミニ肝臓」を生成し注目を集める。現在は、大阪大学大学院医学研究科ゲノム生物学講座 器官システム創生学教授。シンシナティ小児病院オルガノイドセンター副センター長。シンシナティ小児病院消化器部門・発生生物学部門 准教授。横浜市立大学先端医学研究センターコミュニケーション・デザイン・センター長/特別教授。東京科学大学総合研究院教授などを兼務。日本再生医療学会理事としても、日本の再生医療を引っ張っている。

【コラム】武部教授の提唱するハピネスドリブンとは

本文中でも触れましたが、武部教授が推進しているものとして、再生医療の他に、医学とクリエイティブでウェルビーイングの社会実装を目指す活動があります。母校である横浜市立大学の先端医科学研究センター コミュニケーションデザインセンターのセンター長として、クリエイティブスタジオのWhatever Co. と、株式会社オープンメディカルラボ(Open Medical Lab, Inc.)を設立しました。武部氏は同社の代表取締役社長も務めています。そこでは、ウェルビーイング(誰もが身体的・精神的・社会的に充足した状態)施策やプロダクトの設計で「ハピネスドリブン(幸福起点)」アプローチに重点を置いています。例えば、おいしさを重視した健康食の開発。病院の入院食や介護食、企業の社員食堂向けに、味覚アルゴリズムの研究開発に基づく健康食メニューの開発や、食事の幸福度を高める体験を設計します。

他にも健康経営のために働き方や企業カルチャー、空間デザインも含めたコンサルティング活動。デベロッパーと協働した、ウェルビーイング・シティの研究開発、地域住民のウェルビーイングが促進される街のあり方の研究開発などを行なっています。その方面について詳しく知りたい方は、武部教授の著書『治療では遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医」の再定義』(日本経済新聞出版)をぜひご一読ください。

画像: 【コラム】武部教授の提唱するハピネスドリブンとは

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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