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2010年に創業した再生医療ベンチャーであるサイフューズは、独自の技術で、新しい道を切り開いてきた。しかし、代表取締役の秋枝静香氏は「自分たちだけでは、成し遂げることができなかった」と強調するのだ。そこには、日本の再生医療の現実がある。なぜなら、産業と呼べるほどの基盤が確立されていないから。これまでの創薬、医薬品分野とは異なるために、まさに一から道を切り拓く必要があったのだ。サイフューズが人由来の細胞を臓器にまで成長させ、患者に移植するまでの過程にはさまざまなジャンルの企業の存在が不可欠であり、各社との協業があって初めてバリューチェーンが確立するからである。

「第1回:100%人間の細胞由来の人工神経や血管を画期的な3Dプリンタで実現」はこちら>
「第2回:九州大学のラボから再生医療ベンチャーが生まれた理由」はこちら>
「第3回:再生医療は垣根を超えたワンチームで道なき道を切り開く」
「第4回:武部貴則教授が語る「日本は再生医療における世界のトップランナー」はこちら>
「第5回:日本の「再生医療」の一翼を担いたい」はこちら>
「特別編:ガスとエネルギー大手の岩谷産業はなぜ「再生医療」に注力するのか」はこちら>

再生医療という道なき道を一から創ってきた

「再生医療について、世間からの注目は集まっていますが、2010年にサイフューズを創業した当時から、いわゆる“業界”と呼べるような市場はまだありませんでした。ですから、モノの開発と同時に、まずは畑を耕すところから始めました。小さなベンチャーなので自社だけで全てを賄うことはできません。耕すジャンル、道を創っていくことにご協力してくださる会社を一から探していったのです。実際には開発に困ったことを相談しているうちに、みんなで道を創っていったという感じです。道を創るならばその道のプロの皆さんとみんなで作った方が早いですし、『患者さまのために、新しい医療、新しい治療法をみんなで作っていきましょう』という想いに共感を頂ける皆さんと共に開拓してきたのです」

画像: 再生医療という道なき道を一から創ってきた

秋枝氏をはじめとする、サイフューズのスタッフは、同社の持つ技術を、「苦しんでいる患者さまに一刻も早く届けたい」という想いを最速で実現するために奔走してきた。伝手をたどりながら、サイフューズが必要とする細胞製品を製造するバイオ3Dプリンタ実機の製作、細胞を積み上げる剣山、出来上がった細胞製品をどのような形で患者に届けるのか……。再生医療等製品に関するありとあらゆるバリューチェーンの仕組みを構築することが、創業以来サイフューズが大切にしてきたことなのだ。

「バイオ3Dプリンタの『regenova®︎』の開発も、ほとんどの企業が難色を示す中で、石川県金沢市の澁谷工業さんが『一緒にやりましょう』とご協力をしてくださり、製品として完成しました。今、臨床開発が順調に進んでいるのも、澁谷工業さんが製品として仕上げてくださったお陰です。」(秋枝氏)

画期的な特許技術があったとしても、世間的にはまったく無名なベンチャーに過ぎなかったサイフューズだが、秋枝氏たちは“急がば回れ”とも思えるようなやり方で、協力企業を増やしていく。

医療用製品という高い壁に直面

「澁谷工業さんにしても、サイフューズの創業前からのお付き合いがあって実現したものです。『regenova®︎』ができても、次は剣山をどこに作っていただくかという問題に直面しました。なぜならば、例えば、先端加工の技術を有する針を作っている一流メーカーさんであっても、『再生医療用なんです』と、その用途を告げるだけで、『そこまでは責任を持てませんね』と二の足を踏まれてしまうからです。研究用までならともかく、人体に使うとなると万が一の事態に責任を取れないので、という企業もありました。私共が責任を負いますのでと伝えても、『ちょっと難しいです』と断られることがほとんどでした」

患者の体内に移植する細胞製品を作るための装置部品である“剣山”1つでも、当然ながら100%に近い安全性が求められる。それだけにハードルは高かった。

「中小企業セミナーや、ライフサイエンス業界の先輩方にご紹介頂いた企業様に出向いてプレゼンを行い、NEDOやAMEDのプロジェクトであることなどを丁寧に説明していきました。いきなり、『御社のこの技術が必要なのです』と踏み込むのではなく、セミナー後の懇親会や、後日に設定した会での雑談などで我々に足りない技術、こんな技術や装置が欲しいなどの現状を説明していきながら、先方がお持ちの技術を再生医療用に転用できる可能性がないかとお伺いしていたのです」

秋枝氏たちサイフューズのスタッフは、ビジネスの付き合いよりも、まずは、「人として」のお付き合いを大切にしながら、協力してくださる企業と協業していった。そうして、創業から5年余りが経ち、臨床試験がはじまった頃から風向きも変わってきた。実際の患者への移植がはじまり、これまで描いていた再生医療に、明確な目標ができたからだ。そうしたニュースが広まるにつれ、サイフューズの事業に興味を持ってくれる企業が現れてくる。

画像: 医療用製品という高い壁に直面

富士フイルムからの出資が転機に

「エポックだったのは2017年に富士フイルム様にご出資いただいたことでした。世界的企業がサイフューズに注目している事が世間に知られるようになり、多くの企業様から声をかけられるようになってきたことを身をもって感じました。名刺交換の際に『どちら様でしょうか?』と不審な目で見られていたのが、『ああ、あの再生医療の会社さんですね』と、少しずつですが知名度が上がってきていることを感じました」

富士フイルムが“お墨付き”を与えた企業という事実は、サイフューズにとっての追い風になった。そして、地道に人脈を広げてきたことが徐々に実を結び、花開いていく。創業から14年、サイフューズとパートナーシップを組んでいる医療機関や企業は100社近くに及ぶほどになった。医療スタートアップとしては異例の数を誇っている。

「商業生産にあたっては、量産や保管の技術に加え、製造施設、再生医療に関するバリューチェーンも構築しなければいけません。そこで、細胞の大量培養技術の開発には藤森工業様、細胞保存技術の開発については、ガス・冷却技術を持つ岩谷産業様と業務提携をしています。現在は東京と福岡のオフィスにラボがありますが、日立グローバルライフソリューションズ様と提携し、小規模で効率の良いCPC(細胞培養加工施設)用クリーンルームを設計製造していただきました。さらに、大阪府高槻市の太陽ファルマテック様の施設内に細胞製品の製造拠点が設置され、基準をクリアした環境で、製造を行っています」

秋枝氏はその他の提携企業についても、ここで紹介しきれないほど詳しく説明をしてくれた。

「いろいろな先生方、企業の方々など、本当にたくさんの人たちにお支えいただいています。餅は餅屋といいますか、例えばシャーレや培地、検査機器等、それぞれ得意な企業様に特注します。細胞を大量に培養することも同様です。生きた細胞を運ばないといけませんので航空会社さんにご協力いただくことも。私たちが得意とするのはモノづくりと新しい道創り、その他のジャンルについては、パートナーの皆様方と“フュージョン”しながらこれからも進めていきたいと思っています」(第4回へつづく

「第4回:武部貴則教授が語る「日本は再生医療における世界のトップランナー」」はこちら>

画像: 日本における再生医療の最先端企業「サイフューズ」が目指すもの
第3回 再生医療は垣根を超えたワンチームで道なき道を切り開く

秋枝 静香(あきえだ しずか)

明治大学農学部農芸化学科卒業。九州大学大学院を経て、九州大学において遺伝子解析・再生医療分野の研究者として従事したのち、JST事業化検証プロジェクトを経て、九州大学発ベンチャーとして、2010年に株式会社サイフューズを創業。
AMED・NEDOプロジェクトをはじめとする公的機関等の各プロジェクトに参画し、社内外のプロジェクトを横断的に統括するとともに、バイオベンチャーの経営に従事、現在に至る。
サイフューズとしての活動においては、バイオ3Dプリンタの開発・販売及び再生医療等製品の開発を通じて、国内外の様々な企業とパートナーシップ戦略を構築し、2022年12月東京証券取引所グロース市場に上場。大学発ベンチャー表彰、産学官連携功労者表彰、JAPAN VENTURE AWARDS等、数々受賞。

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