バイオロジーとエンジニアリングの技術を融合
「『細胞及びバイオ3Dプリンティングの力で、新しい社会を創出し、世界中の医療に貢献する』というのが、サイフューズの掲げる大きな目標です。元々は九州大学のひとつの研究室がルーツで、2010年に創業した再生医療ベンチャーです。2022年12月に東証グロース市場で上場させて頂く機会を得て、現在、次のステージに向け、さらなる成長を図っている最中です」
そう語るのは、同社代表取締役の秋枝静香氏だ。自身も研究者であり、日本再生医療学会が認定する臨床培養士の資格を持つ経営者である。
「サイフューズ(Cyfuse)という社名は、細胞を意味する“cyto”と融合を意味する“fusion”が由来で『細胞を融合させてひとつのモノを創る」という細胞の融合による再生を象徴する言葉であると共に、バイオロジーとエンジニアリングという異なる技術と多くの英知を融合させて人類や社会に貢献する新たな世界・価値を生み出していきたいという想いを込めています」
秋枝氏は落ち着いた表情の中に、熱を帯びた口調で社名の由来を語ってくれた。サイフューズの根幹となる強みは、「剣山」と呼ばれる針を使用し、細胞を融合させる基盤技術をベースに3次元の立体構造を持つ組織を「バイオ3Dプリンタ」によって自動的に生成できる技術を確立したことだ。
「人の皮膚の細胞から線維芽細胞を取り出し、その細胞を培養して、神経や血管を作ることができます。人の細胞のみから作られた人工神経は、現在医師主導による治験段階まで進んでおり、今後、厚生労働省が定める再生医療等製品としての承認を取得することを目指しています。他にも、骨と軟骨、歯科や消化器領域などの様々な領域の臓器の実用化に取り組んでいます」(秋枝氏)
特許技術の「剣山メソッド」で、立体的組織を形成
サイフューズは、これまでの再生医療では困難とされてきた、厚みをもつ実際の人の組織・臓器により近い三次元の細胞製品の開発に成功している。
「これまで、一般的に臓器のような形のあるものを作製する場合には、牛や豚のコラーゲンのような生体材料や人工材料を入れながら臓器作りが行われてきました。一方、当社では、人間の体の中にある細胞だけで立体的な組織・臓器を作っています。
具体的には3つのステップで製造していきます。まずは細胞の準備です。患者さまご自身の細胞をいただき、培養していきます。技術的にはiPS細胞でも、他人の細胞であっても、もの作りとして、臓器・組織を作製することは可能ですが、やはり疾患ごとに適切な細胞がありますので、そこは疾患ごとに医師や開発者と相談しながら細胞の種類を選びます。一般的には、鼠蹊部など、目立たない場所から5ミリほど切除させていただき細胞を採取しています。細胞が一定数(1億〜10億個。具体的イメージとしては冷蔵庫一段分にシャーレが埋まるくらいの量)まで増えたらステップ2に進みます。“スフェロイド(細胞塊)”という、細胞のお団子を作ります。そして、ステップ3では作りたい形状をコンピュータ上でデザインし、お団子を3Dプリンタにセットすると、あとは自動的に華道の剣山のような針山の土台の上に団子を積み重ねて、デザインした形に細胞を積み上げていきます。レゴブロックのように積み立てて立体的な組織を完成させるのです。少しずつですが、再生医療・創薬の業界で、世界的にも知られた技術になってきています」
100%人間由来の細胞だからこその安全性を確保
秋枝氏が説明してくれたように、これまでは、人間以外の他の動物のコラーゲンや、ゲルなどの人工材料と混ぜ合わせてシート状の構造体を作り、それを重ねることで立体化することまでが限界だった。サイフューズのバイオ3Dプリンタはその常識を覆したのだ。さらに、人の細胞のみを使っているので、感染症や、炎症・異物反応・拒絶反応などが起こる可能性を限りなく抑えることができ、安全性が高いのも特徴だ。
スフェロイドは細胞同士が自然に集まる「細胞凝集現象」を利用している。それこそが人体の不思議であり、生物の不思議なのだと秋枝さんは目を輝かせる。
「傷口が自然に塞がるように、細胞が自然とくっつき合うというのは、歴史的にもずっと知られていた生物における発生学の基本です。開発当初はいろいろなものを添加していました。『これを入れるといいんじゃないか』とか、『これを添加したらもっといいものが作れるんじゃないか』と実験していましたが、実は何にもしないことがベスト、ということに辿りつきました。手を加えていろいろなものを入れて作ったものと、あまり手を加えずに作ったものを比較すると、あまり手を加えない、自然に近いものの方が結果が良かったのです。最後に行き着いた境地といいますか、『自然が一番だった』が結論でした。自然に任せたほうが体の中でのなじみも早いですし、段々と自分の臓器に置き換わって再生していきます」
サイフューズのバイオ3Dプリンタを根幹とする事業領域は、現在のところ3つある。1つ目が、デバイス領域。2012年に実用化したバイオ3Dプリンタの「regenova®️」や「S-PIKE®︎」といった製品を、大学などの研究機関に向けて製造販売する事業。
2つ目が創薬支援領域。製薬会社等を対象にミニ肝臓などを製造販売し、創薬スクリーニングツールとして、新薬の開発を担っている。ごく小さなヒトの肝臓の組織を作って、さまざまな薬剤を投与することでよりスピーディに薬剤の開発を進めるというものだ。動物実験に代替する方法としても期待されている。
3つ目が「人の細胞由来の人工神経や血管」などを、人体に移植する再生医療分野。細胞製神経導管を移植することで、断裂した神経を再生し、感覚神経や運動神経を回復するための製品開発が進んでいる。さらに、骨軟骨の再生の製品開発も行政からの支援も得て開発が加速しており、いずれも「再生医療等製品」としての承認取得を目指している。
その事業すべてにおいて、「細胞から希望をつくる。」というサイフューズのミッションが貫かれているのだ。(第2回へつづく)
「第2回:九州大学のラボから再生医療ベンチャーが生まれた理由」はこちら>
秋枝 静香(あきえだ しずか)
明治大学農学部農芸化学科卒業。九州大学大学院を経て、九州大学において遺伝子解析・再生医療分野の研究者として従事したのち、JST事業化検証プロジェクトを経て、九州大学発ベンチャーとして、2010年に株式会社サイフューズを創業。
AMED・NEDOプロジェクトをはじめとする公的機関等の各プロジェクトに参画し、社内外のプロジェクトを横断的に統括するとともに、バイオベンチャーの経営に従事、現在に至る。
サイフューズとしての活動においては、バイオ3Dプリンタの開発・販売及び再生医療等製品の開発を通じて、国内外の様々な企業とパートナーシップ戦略を構築し、2022年12月東京証券取引所グロース市場に上場。大学発ベンチャー表彰、産学官連携功労者表彰、JAPAN VENTURE AWARDS等、数々受賞。
【コラム】人の細胞製人工血管は透析患者の福音に
腎不全などで人工透析が必要な患者は、動脈と静脈の血管をつなげる動静脈内シャントという処置が必要です。自己の血管が使えない場合、合成繊維や樹脂などの人工材料から作成される人工血管を使用しています。およそ週に2~3度太い針を刺す必要がある透析患者にとっては、感染症や血管の損傷、人工血管の寿命などの課題を抱えていました。サイフューズの作る細胞製の人工血管は、患者自身の細胞のみから作られているため、時間と共に人体になじんでいき、針を刺して血液透析機とつないでも、空いた穴が再生することがわかってきています。2019年11月に佐賀大学医学部附属再生医学研究センターを中心に臨床試験が開始され、実際に細胞製人工血管を人に移植してその効果を検証している段階まで進んでいます。将来的には再生医療等製品としての承認を目指しており、現在日本で人工透析を受けている35万人弱(2022年現在。全国腎臓病協議会発表)いる患者の感染症リスクや、苦痛を大幅に低減することが期待されています。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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