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「第5回:テクノロジーに合わせて人間も進化を」
知的生産に伴走するパートナーに
加治
最後のテーマとして、今後、人間と人工知能の協働が進むなかでどのようなスキルやマインドセットが求められるか考えていきたいと思います。まず吉田さんから、人工知能との協働の例についてご紹介いただけますか。
吉田
山口さんがおっしゃるように生成AIは平均的な回答しか返さないものですが、何らかの指示に対して大量のキーワードを抽出できるという特性を生かし、「探索思考」の仕掛けを考えてみました。
例えば「フードロスを解決するサービスアイデア」というテーマを設定した場合、フードロスの例、解決策のアイデア、解決したときの嬉しさをイメージするキーワードをそれぞれ列挙させ、3つを掛け合わせたフレーズを大量に生成します。さらにそのフレーズから画像を生成させるのです。
こうした作業を人間が行うと時間がかかってしまいますが、AIならすばやく大量の処理ができます。そして生成された画像を人間が目で見て、思いもかけなかったアイデアや意外なヒントといった「気づき」に利用するのです。AI自体が出すのは平均値でも、キーワードかけ算などの形で人間がうまく誘導することによって、事業創生やビジネスのデザインにも使えると考えています。
加治
最近、「オーグメンテッド・インテリジェンス」つまり「拡張知能」という考え方が出てきていますね。人間の知性を拡張するために人工知能を使おうという考え方です。人工知能の出す答えは100%ではないし、ほとんどが凡庸なものだったとしても、吉田さんが紹介された例のようにうまく利用することで認知能力を高め、意思決定や学習などに役立てていくことが重要になっていますね。
山口
そうですね。吉田さんもおっしゃったように出力する力は非常に高いので、AIに仕事をとられるというような不毛な議論はやめにして、知的生産に伴走するパートナーになってもらえばいいのではないかと思います。
データの母集団の中央値だけを返してくるということについても、母集団のフレームをどう切るかは人間が設定できるわけですよね。問題の枠組みを決め、そのなかで生成されるアウトプットからインスピレーションを受け、また新しい問いかけを出すという仮説検証のサイクルが、AIをうまく活用できれば高速で回せるようになるので、知的生産のパワーが飛躍的に拡大するだろうと思います。
吉田
われわれは人材育成にも活用し始めましたが、やはりパートナー、相棒的な使い方が生成AIには向いているようです。これまで、データサイエンティストをゼロから育成するには少なくとも1年はかかっていましたが、生成AIを若手社員の教育に導入してみたところ、人によっては3か月程度でそれなりになったというケースも出てきています。上司や先輩に聞く、教科書や論文、講義、ネット検索といった従来の学ぶ手段に加えて生成AIも活用している若手社員にヒアリングしたところ、「先輩や上司とコミュニケーションが不足する状況でも24時間いつでも質問できる相談相手になる」、あるいは「生成AIは教科書的なありふれた説明が多く、先輩・上司は経験則や実体験に基づいたアドバイスが多い」、「何を学びたいかに合わせて手段を選び、使いこなすことが重要」などの意見があがり、学び方も進化しているという印象です。育つスピードは人それぞれでも、やはり使う人と使わない人で差が生まれやすくなっていますから、若手社員には「毎日使ってほしい」と言っています。
人間だけに残された仕事とは
加治
人工知能と人間との協業ということを考えたとき、最終的に人間だけに残される仕事は、「手動」、「判断」、「創造」、「共感」の4つだと言われています。この4つの能力というのは、山口さんのおっしゃるクリティカルなマインドセットと関係しているように思いますが。
山口
そうですね。ただ創造ということに関して言うと、AIと3Dプリンタで高名な画家の「新作」を作り出したというような試みもあり、その進歩に驚かされます。美術史の流れを変えるような新しい作品をゼロから作ることはできないとしても、「創造」ということにおける人間の立ち位置は盤石ではないと私は思います。
また「共感」に関しても、アメリカで人間とAIの産業カウンセラーを置いている企業では、AIのカウンセラーを選ぶ社員のほうが多いそうです。人間よりもAIのほうが、自分の弱みを語るのに抵抗が少ないのでしょうかね。相談されたAIが人間に共感するのかどうかは哲学的な議論になってしまいますが、少なくともAIに相談するほうが癒されると感じる人が現実に増えていることを考えると、共感も一概に人間だけの特権とは言い切れないかもしれません。
一方で、「未来はこうあるべきだ」という独善的な「判断」は、現時点では原理的にAIにはできないでしょう。なぜならAI倫理の問題として、独善に陥らずニュートラルな判断をするようなブレーキが制御プログラムに組み込まれていますから。意思というのはともすると独善に陥りがちで、今、世界各国で危惧されている極右政党の台頭やポピュリズムも1つの意思の表れだと考えると難しい問題ですけれど、現状の世の中はおかしい、社会はこう変わるべきだという意思に基づいた判断は、今のところ人間に残された仕事の筆頭ではないでしょうか。
加治
独善と社会善がうまく重なるわずかなポイントを突いているのが「クリティカル・ビジネス」であると言えるかもしれません。日立がこの十数年取り組んできた社会イノベーション事業も、当初は社内でもあまり理解されない独善的なものだったのかもしれませんが、ある意味でクリティカルなテーマであり、継続してきたことで社会イノベーションという言葉自体も広まってきました。
山口
歴史上でリーダーシップを発揮した人としてよく名前が挙がる人物っていますよね。日本だと坂本龍馬とか西郷隆盛、吉田松陰、海外だとケネディ、キング牧師、あるいはガンジー、イエス・キリスト、ソクラテス…。彼らの共通項は何かというと、その当時の社会においてマジョリティとは異なる価値観や倫理観、社会のあるべき姿を提示したことで抹殺された人たちだということです。つまり、次の時代を開くようなリーダーシップを発揮する人は必ずバッシングを受けるはずで、それこそが、人間に残された最後の仕事ということになると私は思います。
加治
われわれに残された仕事は、そのような勇気を持つことかもしれないですね。
では、最後に一言ずついただけますか。
吉田
山口さんのお話を伺って、新しい問いを生成する力を磨くことが大切であることがよくわかりました。生成AIとの協働により、人間として何ができるのかを私自身も考えたいと思いますし、今回視聴された皆さんにも考えていただければ幸いです。
山口
芸術の世界でも、新しい楽器や新しい画材が生み出されたことで、それを使う人間の感性やテクニックが進化してきました。今、AIというテクノロジーの飛躍的な進化を前にして求められているのは、それを使う側の人間の進化だと思います。私は基本的にオプティミストで、トータルに見ればAIは人間にプラスの影響をもたらしてくれるものだと思っていますけれど、そうなるかどうかは人間にかかっているということです。自分自身もあらためて、そのことを肝に銘じておきたいと感じました。
加治
皆さま、本日はありがとうございました。
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山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
吉田 順(よしだ じゅん)
株式会社日立製作所 Generative AIセンター長 兼 Chief AI Transformation Officer。1998年に日立製作所に入社。2012年にAI/ビッグデータ利活用事業を立ち上げ、AIやデータ利活用プロジェクトを多数推進。2021年より、トップデータサイエンティストを終結したLumada Data Science Lab.のco-leaderとして、Lumada事業拡大の加速と人財育成の強化に取り組んできた。現在は、デジタルエンジニアリングビジネスユニットData&Design本部長 兼 Generative AI センターのセンター長として、生成AIを活用したプロジェクトをリード。
加治 慶光(かじ よしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。
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