「第1回:人間に求められる「問題を生成する力」」はこちら>
「第2回:未来を考えるときに重要なのは「外れ値」」はこちら>
「第3回:AIの民主化と精度向上で広がる活用」
「第4回:重要なのは日常業務の中で活用すること」はこちら>
「第5回:テクノロジーに合わせて人間も進化を」はこちら>
頼もしい壁打ち相手として
加治
ここからのトークセッションでは、山口さんのおっしゃる「クリティカル」な視点と「人工知能」について考えていきたいと思います。山口さんは、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』の執筆の際には人工知能をかなりお使いになったそうですね。
山口
共著者と言ってもいいぐらい使い倒しました。例えば「社会批判、社会運動としての側面を持つビジネスをクリティカル・ビジネスと定義した場合に、クリティカル・ビジネスと考えられるような歴史上の営みを挙げてください」と聞くとバーッと列挙されるわけですね。それをそのまま使ったわけではありませんけれど、壁打ち相手として非常に頼もしい。何と言っても、夜中の3時にふと目が覚めて何か聞いてもちゃんと返してくれますから、これは人間相手にはできないことです。すごい時代が来たなと思いますね。
加治
新著を拝読して言葉の選び方も素晴らしいと感じました。アファーマティブ・ビジネスによって生み出されている消費者を「甘やかされた子供」と表現をされておられたのも印象的でした。
山口
20世紀初頭に活躍したスペインの思想家、オルテガ・イ・ガセットの言葉ですね。オルテガは『大衆の反逆』という著書の中で、消費社会の発展によって、ふるまいだけは王侯貴族のようだけれど見識も美意識も倫理観もない人々が、顧客である自分たちの要望を叶えろと主張するようになってきたと批判しています。そのような人々は、顧客の要求や欲求を絶対視して、アファーマティブに対応する企業によって生み出された「甘やかされた子供」であるとオルテガは言いました。そのような顧客の要求に応えて見識も美意識も低い商品やサービスが次々と生み出されると、世の中はますますダメになるという悪循環が生まれてしまうのです。
オルテガの著書は20代の頃に読んで共感していました。そして近年になってFairphoneのようなビジネスを展開している企業が増えているという現実と、彼の主張がアタマの中で結びついたとき、顧客を批判することの必要性に気づいたわけです。
加治
そのように、蓄積してきたさまざまな要素から何かと何かを組み合わせて新しいものを生み出すというのは、やはり人間でなければできないものだと思われますか。
山口
人工知能は今のところ、そうしたことは得意ではなさそうです。とくに意外性のある組み合わせというのは統計手法だと最も出しにくいアウトプットですよね。例えば料理であれば、ChatGPTにイチゴ大福は考えつかないんじゃないかと思います。幕の内弁当のおかずを考えてほしいと言えば無難にまとめてくれそうですが。美術で言う「キュレーション」、つまり意味で横串を刺すというようなことは、まだまだ難しいのではないでしょうか。
生成AIに今後期待される進化
加治
日立は2023年5月に生成AIの全社的な利活用を統括する「Generative AIセンター」を設立しました。吉田さんがそのセンター長をお務めですけれど、生成AIに関して「これはすごい」と思われた瞬間はありますか。
吉田
最もすごいと感じているのは、AI自体が民主化されたことです。私自身は10年あまり前からAIとビッグデータの利活用に携わってきましたが、少し前までAIは一部の専門家が使うものというイメージでした。それが今ではどなたでも生成AIを利用でき、日常生活にも企業の業務のなかにもどんどん入り込んでいます。この普及のスピードには正直、驚いています。
加治
実際の仕事の場面でも積極的に使われているのでしょうか。
吉田
私の場合、外国人が上司になって英語でのコミュニケーションが増えているのですが、英語があまり得意ではないので翻訳に活用しています。また、最近は社内文書の学習と活用も進んでいます。GPT-4oなど、テキストと画像など異なる種類のデータを統合的に扱うマルチモーダル生成AIの機能が発展してきたことから、PowerPointやExcelなどの社内文書の読み取り精度が向上しているのです。
例えば、棒グラフの上部に数値が書かれている場合など、人間なら数字と項目の関連が一目で理解できるものでも、生成AIに読み取らせようとすると、これまではなかなか思うようにいきませんでした。表データでもセルの結合に弱かったり、表が大きくなると縦横の関係が曖昧になったりして、正しく情報が読み取れないことが多くありました。完全に正しく読み取ることはまだ難しいものの、精度は確実に向上しています。
さらに、小規模言語モデルも進化しています。これまでの生成AIはGPTをはじめとした大規模言語モデルで、大量の電力、計算リソースを使うためクラウド上で動きます。一方、小規模言語モデルはパラメータ数が少なく計算リソースも消費しないため、スマートフォンやパソコンなどの中でオフラインでも動きます。お客さまによってはクラウドにつながずに言語モデルを扱いたいというニーズもあり、レスポンスや信頼性の面でもローカル環境で扱える言語モデルが発展していくと、業務活用のユースケースが増えていくと期待しています。
加治
山口さんは先日、ラジオ番組でChatGPTを使った面白い試みをされたとのことですね。
山口
私がナビゲーターを務めているJ-WAVEのラジオ番組「BIBLIOTHECA」(ビブリオシカ)で、ITに強い番組のディレクターが、私の声と、パートナーを務めていただいている長濱ねるさんの声を学習させて、リスナーからの質問に対する私とねるさんの回答をChatGPTに生成させたのです。ChatGPTが生成した回答は、自分が聞いても声や話し方に多少の違和感しかなく、言っている内容も私っぽくてちょっと驚きました。
さらに驚いたのは、番組では流さなかったのですが、話している内容を英語にもロシア語にもスペイン語にも翻訳できるんです。聞くと明らかに私の声なのに英語をネイティブのきれいな発音で話しているので、とても不思議な感じでした。こうした技術には怖い側面もあって、単なるフェイクにとどまらず詐欺にも悪用されかねませんよね。そのような危険性も含め、かなり驚かされた体験でした。
加治
そこまで技術が進んでいるとなると、AI倫理などをきちんと整備してハンドリングすることが重要ですね。
山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
吉田 順(よしだ じゅん)
株式会社日立製作所 Generative AIセンター長 兼 Chief AI Transformation Officer。1998年に日立製作所に入社。2012年にAI/ビッグデータ利活用事業を立ち上げ、AIやデータ利活用プロジェクトを多数推進。2021年より、トップデータサイエンティストを終結したLumada Data Science Lab.のco-leaderとして、Lumada事業拡大の加速と人財育成の強化に取り組んできた。現在は、デジタルエンジニアリングビジネスユニットData&Design本部長 兼 Generative AI センターのセンター長として、生成AIを活用したプロジェクトをリード。
加治 慶光(かじ よしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。