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2024年7月12日、「生成AI×ヒューマニティ ビジネスの未来を創る鍵」をテーマに日立製作所主催のイベントを開催した。その議論の模様をまとめたイベント採録記事の第2回では、独立研究者の山口周氏による特別講演「クリティカル・ビジネス・パラダイムとは」の後編をお届けする。「クリティカル・ビジネス」とはどのようなビジネスなのか、その中における人間の役割とは何かについて山口氏が説いていく。

「第1回:人間に求められる「問題を生成する力」」はこちら>
「第2回:未来を考えるときに重要なのは「外れ値」」
「第3回:AIの民主化と精度向上で広がる活用」はこちら>
「第4回:重要なのは日常業務の中で活用すること」はこちら>
「第5回:テクノロジーに合わせて人間も進化を」はこちら>

社会批判、社会運動としての側面を持つビジネス

さきほどIKEAの事例を紹介しましたが、昨今、存在感を示している企業を並べてみると、共通点が見えてきます。1つめは、どのような社会をめざしたいのかというビジョン、すなわち「ありたい姿」を明確に示しているということです。

2つめは、それらのビジョンがどれも独善的だということです。独善というのは、他者から言われたこと、顧客から要請されたことではないという意味です。例えばTeslaが創業したのは2003年。約20年前のその時点で、「電気自動車に乗りたい」と思う人はいなかったでしょう。これは、市場調査で捉えたニーズが大きければ事業として参入するという経営学のセオリーを無視しています。Patagoniaも、Googleも、Appleも同じで、彼らのビジョンはその時点での顧客の声に基づいていません。むしろ彼らが掲げたビジョンに顧客が共感したことで市場が生み出されたのです。

画像1: 社会批判、社会運動としての側面を持つビジネス

わかりやすい事例が、自分で分解・修理可能なスマートフォンを売り出したオランダ発のスタートアップ、Fairphoneです。創業は2013年で、これまでの累計出荷台数が70~80万台と市場の一角を占めるほどに成長しています。AppleのiPhoneが顧客の声を聞かずに開発されたという話をしましたけれど、Fairphoneはさらに踏み込んで顧客を批判しています。「あなた方が次々と新製品に買い換えるから環境や資源に負荷がかかっているのだ。自分たちの消費行動を考え直そう」と訴えているのです。私が「クリティカル・ビジネス=社会批判、社会運動としての側面を持つビジネス」というコンセプトを考えるきっかけになったのは、この会社との出会いでした。彼らのビジネスは「修理できる権利」という社会運動なのです。

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Fairphone | The phone that cares about people and planet

私は「クリティカル・ビジネス」の対義語を、肯定するという意味から「アファーマティブ・ビジネス」と言っています。個人的課題、つまり顧客の欲求を全肯定して、それを叶えるビジネスのことです。従来のビジネスというのはほとんどがアファーマティブ・ビジネスで、そのことがカスタマーハラスメントなどの問題も引き起こしてきました。

画像3: 社会批判、社会運動としての側面を持つビジネス
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「山口の言うクリティカル・ビジネスとはソーシャル・ビジネスのことじゃないか」と思われるかもしれませんが、両者には決定的な違いがあります。それは、ソーシャル・ビジネスはSDGsのようなすでに社会的なコンセンサスがとれている課題を扱うビジネスだということです。対して、社会的なコンセンサスはとれていないけれども、これは大きな課題ではないかと提示するビジネスを「クリティカル・ビジネス」と私は呼んでいます。

今は社会的なコンセンサスがとれている課題も、最初はそうではなかったはずです。社会課題は誰かが言い出さないかぎり社会課題たりえないわけで、ビジネスを通じた啓蒙があって、多くの人々が「これは見過ごせない課題だ」と感じるようになる。ですから、すべてのソーシャル・ビジネスは、スタートの段階ではクリティカル・ビジネスだったと言えるでしょう。

SDGsの17の目標に取り組むビジネスはもちろん大切ですけれども、次の時代の大きなビジネスを考えたとき、ほんとうに重要なのは18番目、19番目の社会課題は何なのかを見出すことです。

徹底的なインクルージョンを

すでに社会のコンセンサスがとれているビジネスに参入しても、ファーストムーバーアドバンテージは得られません。市場を創出した一番手のプレーヤーこそが、その市場が成長しても優位性を保つことができるのです。例えば、電気自動車と言えば必ずTeslaの名が挙がりますし、環境問題に積極的な企業と言えば多くの人がPatagoniaと答えるように、ブランドイメージではファーストムーバーが優位です。

これは企業や商品に対して顧客が主観的に意味づけする価値、いわゆる「意味的価値」の創造という観点からも重要です。企業の時価総額のうち実物資産で説明できるのは1割程度で、9割は無形資産、わかりやすくいうと期待値、意味的価値です。その中にブランドイメージが含まれることを考えると、コンセンサスのとれていない社会課題に取り組むことの重要性がわかると思います。

そして、コンセンサスのとれていない社会課題は何か考える上で大きいのが人間の役割です。ChatGPTをはじめとした生成AIでは統計手法が用いられていますから、生成するコンテンツは基本的に学習データの中のマジョリティ、中央値です。そこはAIの領域ということです。

画像1: 徹底的なインクルージョンを

一方で、社会は必ず変化しますから、現在のマジョリティが未来においてもそうであるとは限りません。100年前、女性に参政権がないことや貧しい家の子が高等教育を受けられないのは当たり前だと思われていました。でも、どこかの時点で「それはおかしい」と言い出した人がいた。マイノリティの意見ですから最初はバッシングを受けますが、共感する人々が少しずつ増え、やがて社会のスタンダードが変化してきました。

現在の社会で当たり前に受け入れられていることも、50年後、100年後には「とんでもなかった」と言われることになるでしょう。ということは、未来を考えるときに重要なのは、今、世の中において「外れ値」になっているところです。そこに人間の領域があるということですね。

人間の領域、つまりコンセンサスのとれていない社会課題について考えるとき、鍵になるのは徹底的なインクルージョンだと思います。多様性を高めるということです。そのためにまず大切なのが女性の活躍であることは言うまでもありませんが、実は女性だけでなく若い人たちも社会におけるマイノリティと言えます。

画像2: 徹底的なインクルージョンを

世界各国の権力格差、立場が弱い人が声を上げやすいかどうかをスコア化して並べてみると、権力格差が最も高い、つまり声を上げにくいのはロシア、最も低いのはデンマークです。この権力格差のスコアと一人当たりGDPを散布図にとってみると、きれいな相関が出ます。つまり権力格差が低い、若い人や経験のない人、専門家以外の人など、相対的に弱い立場にある人がどんどん意見を出せる社会であればあるほど、実は一人当たりの稼ぐ力が高い傾向にあるということです。

画像3: 徹底的なインクルージョンを

GAFAの創業者たちが起業したときの平均年齢は24歳です。また現在、世界のユニコーン企業の創業者の平均年齢は20代後半から30代前半です。私たちの社会も、マイノリティの立場にある人たちをいかに包摂できるか、その人たちの違和感、批判というものをどれだけビジネス、組織に取り込んでいけるかが、これからの重要なポイントになるでしょう。
新著『クリティカル・ビジネス・パラダイム』では、本日お話しした内容をさらに掘り下げていますので、お手にとっていただけると嬉しく思います。ご清聴ありがとうございました。

画像: クリティカル・ビジネスを生み出していくために|山口周(note.com) note.com

クリティカル・ビジネスを生み出していくために|山口周(note.com)

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画像: 生成AI×ヒューマニティ ビジネスの未来を創る鍵
第2回山口周氏特別講演 「クリティカル・ビジネス・パラダイムとは(後編)」
未来を考えるときに重要なのは「外れ値」

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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