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2024年7月12日、「生成AI×ヒューマニティ ビジネスの未来を創る鍵」をテーマに日立製作所主催のイベントを開催した。独立研究者の山口周氏をゲストに迎え、山口氏の特別講演、およびLumada Innovation Hub Senior Principalの加治慶光、山口氏、日立製作所 Generative AIセンター長の吉田順の3名で行われたトークセッションにおいて、急速に進化する生成AIを人間はどう活用し、どう向き合っていくべきか、深い議論が交わされた。その模様をまとめたイベント採録記事の第1回として、山口氏の特別講演「クリティカル・ビジネス・パラダイムとは」の前編をお届けする。

「第1回:人間に求められる「問題を生成する力」」
「第2回:未来を考えるときに重要なのは「外れ値」」はこちら>
「第3回:AIの民主化と精度向上で広がる活用」はこちら>
「第4回:重要なのは日常業務の中で活用すること」はこちら>
「第5回:テクノロジーに合わせて人間も進化を」はこちら>

問題の希少化と正解の過剰化

最初に皆さんと共有したい問題意識についてお話しします。ここ数日、日経平均株価が1989年の史上最高値3万8,915円を連日更新し、7月11日には4万2,000円台に到達したことが話題となっています。一方でアメリカの代表的な株価指数であるダウ平均株価は1989年からどうなったか、皆さんご存知でしょうか。だいたい15倍になっています。日本がアメリカと同程度の成長をしていたならば、日経平均株価は今、60万円ぐらいでなければならないということです。

また、1人当たりGDPはどうかというと、2000年時点で日本は世界2位でした。バブル崩壊後に株価は下がっても、その頃まではGDPはそれほど悪くなかったのですね。それが2023年は32位で、1年に1つ以上のペースで順位を落としてきたことになります。いったい何が起こっているのでしょうか。

原因として、いくつかの仮説が立てられます。まず「人材の質が落ちた」という仮説ですが、むしろ20年前より知識やノウハウ、スキルの面で優秀な人は増えている印象です。では「働かなくなった」のかというと、そんなことはないですね。日本の年間平均労働時間は2,000時間前後(フルタイム一般労働者の実労働時間)で推移しています。これは先進国の中では長い部類で、例えば1人当たりGDPが日本の1.8倍(2023年)となっているオランダの平均労働時間は1,400時間程度です。つまり優秀な人が長時間働いているにもかかわらず、1人当たりGDPは坂を転げ落ちるようにダウンしている。これはやはり働き方がおかしいということになります。

画像1: 問題の希少化と正解の過剰化

こうなってしまった背景として考えられるのは、20世紀と21世紀では価値の構造変化が起きているということです。簡単に言うと、問題が過剰で正解が希少だった時代から、問題が希少で正解がコモディティ化する時代に移行したことで価値の源泉が逆転しているのです。にもかかわらず、価値創出のプロセスが変化していないことが最大の問題です。

画像2: 問題の希少化と正解の過剰化

例えば、かつて日本の携帯電話産業は大きな存在感を放っていました。初代iPhoneが海外で発売された2007年当時、市場では多くの機種が販売されており、優れたエンジニア、デザイナー、ビジネスプランナーなどがかかわっていました。ところが、日本でトップクラスの優秀な方々が実直に一生懸命仕事をしていたにもかかわらず、十数年後の今、携帯電話産業は消滅に近い状態に追い込まれてしまった。なぜそうなったのかをしっかり考え、学習しておかなければ、同じような敗北が繰り返されてしまいます。

この問題は、「問題の希少化と正解の過剰化」のわかりやすい例です。当時すでに携帯電話には必要な機能がほぼ揃っていて、顧客は大きな不満や問題点を感じていなかったのです。顧客の声を聞いても解くべき問題がなく、正解ばかりがあふれていたという状態でした。そこへ、顧客の声はまったく聞かずに作ったiPhoneが新規参入してきて、たった5年でシェアの半分を奪われるということが起きました。つまり、経営学やマーケティングにおけるセオリーが破綻したわけです。

問題が過剰だった時代には、マーケティングで顧客の要望を精密に調査し、結果を統計的に分析して顧客の最も要望の大きいところにフォーカスした商品を開発すれば、一定規模のビジネスになった。そのセオリーが通用しなくなったということです。

画像3: 問題の希少化と正解の過剰化

価値の源泉が変化している

経営学は自然科学ではなく社会科学です。マネジメントの方法論には普遍的な法則はなく、時代の変化に合わせて変わるべきものです。そこに、人間に求められる役割があります。ここでその例として挙げたいのは、スウェーデンの家具メーカーであるIKEAの「ThisAbles(これで使える)」というプロジェクトです。

IKEA ThisAbles- The Project (youtube.com)

障がいのある方々にとって一般的な家具は使いづらいものですが、障がい者専用の家具は高価になりがちです。そこでIKEAは、自社の既存製品を障がい者が使いやすくするための無料の後付けパーツ、例えばソファの座面を高くして立ち上がりやすくするための継ぎ足や、扉を開けやすくするパーツ、スイッチを押しやすくするパーツなどを実物や3Dプリンタのデータとして提供したのです。この取り組みによって、IKEAの売上は前年比37%増加、収益は33%収益増加しました。これはデジタル技術によって社会課題の解決と明確な経済的インパクトを両立するという、DXのお手本とも言うべきエレガントなプロジェクトだと思います。

画像1: 価値の源泉が変化している
画像: 「ThisAbles」プロジェクトで提供した後付けパーツの例

「ThisAbles」プロジェクトで提供した後付けパーツの例

ここまでの話をあらためて整理すると、世の中に問題があふれていた時代には、企業の売上と利益につながる価値の源泉は解決策であり、教育の目的は与えられた問題に解決策を出せる人を育てることでした。この価値観を日本は明治時代から綿々と受け継いできました。

ところが現在、とくに先進国で起きているのは、問題の希少化と正解・解決策の過剰化です。そのような状況下では、問題を解決することではなく、問題を生み出すことが価値の源泉になるのです。

では、問題はどうすれば生み出せるのでしょうか。あらためて定義すると、「問題」とは「ありたい姿と現状のギャップ」です。重要なのは、「現状に問題があるわけではない」ということです。よく「現状を分析して問題を把握する」などと言われますが、問題がありたい姿と現状のギャップとして定義される以上、これは矛盾していますね。問題とは現状の内部に存在するものではなく、ありたい姿を見つけることで「生成されるもの」なのです。

IKEAのプロジェクトの場合、「障がい者用の家具は値段が高く見た目もよくない」という現状があり、それに対して「障がいの有無にかかわらず自分が気に入った家具に囲まれて暮らせる社会」というありたい姿が掲げられ、「誰もが自分の好きな家具を自由に使えるようにするにはどうすればいいのか」という問題が生成され、「アフターパーツ」という解決策が提示されたわけです。

画像2: 価値の源泉が変化している

ここで注意すべきポイントは、この「問題」とは誰の問題なのかということです。「障がいを持つ方々の問題」と思いがちですが、そうではありません。この問題は、ありたい姿を掲げている主体、すなわちIKEAの問題です。

世の中の多くの人は、現状を「仕方がない」とか「そういうものだ」と受け入れてしまいがちです。でも、不本意ながらも受け入れてしまえば、問題を生成することはできません。諦めのよさや従順さという日本人の特性はよい面もありますが、問題の生成という面では百害あって一利なしと言えますね。

問題が過剰な時代には、価値の源泉は解決策にありました。一方で現在のような問題が希少な時代には、ありたい姿を掲げて問題を生成する力が価値の源泉になっています。そう考えると、「ありたい姿」を描けない組織、個人、国家には、価値も、それによる経済的インパクトも生み出せないということになります。

画像3: 価値の源泉が変化している

本日のイベントでは「AI」がテーマとなっていますが、「正解を出す」ということに関してAIは圧倒的なパワーを持っています。このパワーを最大限に活かすために必要なのは「問題を生成する力」であり、実はそこにこそ「人間の力」が必要なのだと言えます。(第2回へつづく

「第2回:第2回山口周氏特別講演 「クリティカル・ビジネス・パラダイムとは(後編)」未来を考えるときに重要なのは「外れ値」」はこちら>

画像: 生成AI×ヒューマニティ ビジネスの未来を創る鍵
第1回山口周氏特別講演「クリティカル・ビジネス・パラダイムとは(前編)」
人間に求められる「問題を生成する力」

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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