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早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授 入山 章栄氏
日立製作所主催により生成AIをテーマとした講演会を開催した。今回ご登壇いただいたのは、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄(いりやまあきえ)氏。『世界の経営学から見た、DX・AI・人間の役割への視座』をテーマにした講演の採録を、前編・後編でお届けする。前編は、イノベーションになくてはならない両利きの経営の解説、そして企業が陥りやすい罠について。

「【前編】:両利きの経営とイノベーション」
「【後編】:DXの目的は「知の探索」はこちら>

イノベーションの根本原理

私はデジタルやAI、DXについて考える時に大切なことは、「何のためにやるのか」だと思っています。何のためにやるのか、それは当然ですが「業績を上げるため」です。この圧倒的に変化が激しく不確実性の高い時代に業績を上げ、新しい価値を生み出すのに必要なのが「イノベーション」であり、その源泉はアイデアです。

ではアイデアというのはどうやって生まれるのか。シュンペーターが90年前に言ったことは、知と知の新しい組み合わせ、「新結合(ニュー・コンビネーション)」から生まれるということでした。人間はゼロからは何も生み出せません。ゼロは何回掛け算をしてもゼロにしかなりません。すでにこの世に存在している知と、まだ組み合わされたことのない知を掛け合わせることで、新しい知が生まれる。これは今だに変わらないイノベーションの根本原理です。

しかし人間の認知能力には限界がありますので、どうしても今自分が見ている目の前のものだけをつい組み合わせてしまいます。イノベーションに悩む日本の企業の多くは、新卒一括採用、終身雇用でここまできていますから、きわめて同質性の高い人たちに囲まれて仕事をしていることが多いです。同じ業界、同じ場所、同じ仕事という人たちに囲まれていると、目の前の知と知の組み合わせで終わってしまうので、イノベーションは起きなくなっていきます。

画像: イノベーションの根本原理

これを脱却するために、私は両利きの経営という話をしています。スライドにある図の縦軸は、「知の探索」です。目の前ではなくなるべく遠く、あるいはできるだけ幅広くいろんなものを見て感じて、それを持ち帰って自分が持っている知と新しく組み合わせる。これが何より重要で、イノベーションは全てこの「知の探索」から生まれます。

例えば「この企画は一度はうまくいかなかったけれど、違うお客さまの顧客体験と組み合わせてみたらどうか」。「この要素技術の開発は途中で止まってしまったけれど、今度はこういう最終製品のアイデアと組み合わせてみよう」。こういった組み合わせを数多く試すことが重要なのです。

いろいろ組み合わせて、ここは儲かりそうだと判断したら、そこは徹底的に深く掘って、効率化して、磨き込んで、稼げるようにする必要があります。それが図の横軸である「知の深化」です。

この「知の探索」と「知の深化」の両方を高いレベルでできる企業、組織、経営者、ビジネスパーソンが、イノベーションを起こす確率が高いというのは、世界の経営学者のコンセンサスになっています。英語ではAmbidexterityですが、10年前に私がはじめて日本語で本を出した時に、『両利きの経営』という訳を付けました。

両利きの経営に潜む罠

画像: 両利きの経営に潜む罠

ここからがポイントなのですが、現実の企業活動においてはこの矢印が下に傾いてくる。放っておくと、すぐに「知の深化」の方に近づいていってしまうことが多いです。なぜかといえば、探索を行うことは実際にはとても大変だからです。遠くのものを幅広くいっぱい見るということは、どうしてもヒト・モノ・カネの無駄に見えますし、離れた知と知を組み合わせて試してみるということは当然失敗が多い。それよりも目の前の儲かりそうなところを深掘りする方が、効率的で失敗も少ない。ですから放っておくと、すぐに下の方に傾いてくる。これはコンピテンシー・トラップ、「競争力の罠」と言われています。

儲かりそうなところを掘るというのは、短期的にはいいのです。しかしこれからの時代に不可欠な探索をなおざりにするわけで、結果的に中長期的なイノベーションが枯渇することになります。多くの企業が、「知の深化」に偏り過ぎてしまうという競争力の罠につかまって、イノベーションを起こせない状況になっています。これだと変化の激しいこれからの時代に、独自の価値を生み出すことはできません。

ではこの矢印を、「知の探索」の方に持っていく良い方法はないのでしょうか。ひとつのヒントとなる言葉があります。ご本人がイノベーターである日本第2位のカレーチェーン「ゴーゴーカレー」創業社長宮森宏和さんの座右の銘で、「発想力は、移動距離に比例する」というものです。「知の探索」というのは、自分の狭い認知を超えていくことですから、一番手っ取り早いのは自分自身を遠くに「移動」させることです。私の知人の経営者、イノベーターは、とにかく移動しています。

経営者だけでなく、本当は若手社員や中堅社員にも移動して「知の探索」をしてもらいたいのですが、出来ていない企業が多い。それは、忙しすぎるからです。忙しい人間は「知の深化」しかやらなくなりますから、イノベーションにとって大敵なのです。これからデジタルで業務を効率化すれば時間が浮くわけですから、それをぜひ移動に使って欲しいと思います。(後編へつづく

「後編:DXの目的は「知の探索」はこちら>

画像: 世界の経営学から見た、DX・AI・人間の役割への視座 
【前編】両利きの経営とイノベーション

入山 章栄(いりやま あきえ)
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授に就任。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。
専門は経営学。国際的な主要経営学術誌に多く論文を発表している。著書の『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』、『世界標準の経営理論』はベストセラーとなっている。

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