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鹿島 茂氏 フランス文学者・書評家
各界で第一人者と呼ばれる人たちは、どんな本を読んでいるのか。どんな基準で本を選び、読書体験から何を学んで来たのか。フランス文学者、書評家として知られ、セレクトショップ型の書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」をプロデュースした鹿島茂氏にお話を伺いました。

本は消費財ではなく耐久消費財

本の街として知られる東京・神田神保町のすずらん通りに、2022年3月にユニークな書店がオープンした。「PASSAGE by ALL REVIEWS」だ。一見、普通の書店だが、棚の一つひとつに棚主がいて、棚主はこれぞと思う本を新刊古書問わず並べて売ることができる。仕掛け人は、フランス文学者・作家であり無類の本好き、稀代の書評家として知られる鹿島茂氏だ。店名PASSAGE(パサージュ)はパリのアーケード街にちなんだ命名とのこと。開店のきっかけは2017年に始めた書評アーカイブサイト「ALLREVIEWS」にあったという。

「書評というのはむなしいものです。手間暇かけて書いて本を薦めても、それが読まれているかどうかがわかりません。その本の著者でさえ、書評が出たと知らないことがある。そこで、新聞や雑誌に掲載された書評をオンラインで公開して、みんなが無料で読めるようにすれば、薦められた本を買う人が出てきて、本の著者、出版社、本屋さんが喜びます。書評家にもお金が還元されるしくみを作ればむなしさもなくなる。誰も損をしないシステムだと思って始めました」

そのときに意識したのは、直近の書評に偏らず、10年前、20年前などの書評も収録する、つまり旧刊本にも光をあてることだった。

「本というのは消費財ではなく耐久消費財。永遠に価値を持つものです」

ところが、新刊ならまだしも、古い本は入手経路が限られる。さらに、新刊ですら書店の店頭にない場合も多い。書評を読んでその本が欲しいと思ったのに手に入らないというケースが相次いだ。そこで、古きも新しきも売る店舗を持つと決めた。

「本屋になっちゃえばいいじゃん、と。今の時代に実店舗は非合理だと言われます。でも、実物を見て買うことができるというのは絶対に強い。PASSAGEで試みているのは、相対取引という商業の原点の復活でもあります」

出会いにはリアルな場が必要

古本という商材には、新刊本やほかの商材にはない特徴がある。「古本は何千部も売れる必要はありません。その1冊だけが売れれば商売は成り立ちます。問題は、その1冊を買う人をどのようにして見つけるかです」

鹿島氏は、出会いにはリアルな場が必要という。「男女の出会いだって、リアルの場が必要ですよね(笑)。男女が恋愛感情を持つには、すれ違っただけではダメで、一定期間、同じ空間にいなくてはなりません」

1冊の本を売りたい人と、1冊の本を買いたい人。本と人。その出会いのためにも、同じ時間を過ごせる空間として、書店が必要なのだ。

場所として選んだのは、鹿島氏が2017年に上梓した大作『神田神保町書肆街(しょしがい)考』において、その成り立ちから現在までを掘り下げた、本の聖地・神田神保町。鹿島氏にとってはかつて事務所を構えていたなじみの街でもある。

画像: 著書 神田神保町書肆街考(ちくま文庫) 世界有数の本の街・神田神保町の成り立ちを幕末から平成末までたどった重厚な一冊。2022年10月発売の文庫版では親本出版以降の街の変遷についてもあとがきで触れられている。 www.chikumashobo.co.jp

著書 神田神保町書肆街考(ちくま文庫)
世界有数の本の街・神田神保町の成り立ちを幕末から平成末までたどった重厚な一冊。2022年10月発売の文庫版では親本出版以降の街の変遷についてもあとがきで触れられている。

www.chikumashobo.co.jp

しかし、課題があった。まず、神田神保町の家賃は決して安くないこと、そして「歌いたい人は多いけれど聞きたい人が誰もいないカラオケと同じで、本屋さんになりたい人は多くても、買いに来てくれる人はあまりいない」ことが危惧された。

「家賃の高さ」は本屋さんになりたい人に棚を有料で貸し出すことで、「来店客を増やすこと」は、パリの街並みを思わせる、入ってみたくなる店構えにすることで解決した。バックグラウンドで動いているしくみには最先端のテクノロジーを活用している。店舗での支払いはキャッシュレスのみなので、理屈の上では無人でも運営可能(現在は有人で運営)。在庫はオンラインで把握できる。ウェブサイトには棚主の情報や棚ごとの書籍の情報があり、本によってはオンライン購入も可能だ。それら情報はリアルの書棚に貼ってあるQRコードからも読み取れる。

「売れたら瞬時に棚主にお知らせが行きます。売れるとうれしい。こんな本を好むのは自分だけだろうと思っていた本が売れればなおさらです。これが好循環を生んでいるようです」

PASSAGEでは現在、約350ある棚の9割以上に棚主がいて、来店客も若い世代を中心に途切れることがない。6対4で女性が男性より多いという。棚主には、書評家や作家、研究者などもいるが、本好きの個人が多く見られるほか、小規模の出版社や古書店も出店している。

画像: 出会いにはリアルな場が必要

「当初予想していたのは、超専門的な古書店の集合体でした。ところが実際の棚主は古本好きと言うよりも本好きで、自分が読んで面白かった本を誰かにも読んでほしいという人が多かった。ただ、多様性は期待通りです。棚主がほかの棚の本を買うこともありますね」

海外小説が並ぶ棚があれば、ビジネス書がぎっしりの棚もある。アダム・スミスに特化した棚や、自伝を集めた棚など、ユニークな切り口の棚も多い。包装紙で包まれて中がわからないようになっていたり、棚主からの推薦文が書かれた一筆箋が挟まれていたり。

もちろん鹿島氏の棚もある。自著のほかに書評した本などが並べられている。鹿島氏が書評で採り上げる本には基準がある。

「何よりも、自分が今、関心を持っているテーマであり、得るものがあること。書評を書き始めた頃、依頼された本がつまらない本で、『なんでこんな本を』と怒りに駆られたこともありました。以降、自分の選んだ本しか書評していません」

例えばここ数年は、人類がどこからきてどこへ向かうのかに関心を抱いているという。

「人間の無意識、特に集団的な無意識はどこからきているのかという観点から、家族に興味を持っています。フランスの人類学者エマニュエル・トッドの言う家族システムはどのように生まれるのか。自分の家族の形はひとつですが、世界には家族類型が複数あり、どれに属するのかによって思考パターンや社会のあり方も変わります」

最近の本では、米国の古人類学者ジェレミー・デシルヴァ著『直立二足歩行の人類史』がお薦めだという。

画像: ジェレミー・デシルヴァ著/赤根洋子訳『直立二足歩行の人類史』(文藝春秋) 「人類の謎を解くため、人類特有の二足歩行の起源を明らかにすべく通説を洗い直し、チンパンジーから進化したという説を否定して新しい仮説を提起している」(鹿島氏) books.bunshun.jp

ジェレミー・デシルヴァ著/赤根洋子訳『直立二足歩行の人類史』(文藝春秋)
「人類の謎を解くため、人類特有の二足歩行の起源を明らかにすべく通説を洗い直し、チンパンジーから進化したという説を否定して新しい仮説を提起している」(鹿島氏)

books.bunshun.jp

「この本は最新の研究成果を踏まえて二足歩行の起源に迫るとともに、二足歩行が人間の何を不利にしたかが書かれています。そのひとつが子育てです。難産だし、ほかの動物に比べて幼い状態で子どもが生まれるので手間がかかり、両親だけでは子育てが難しい。こうした点は、トッドの家族人類学的な問題意識にもつながります」

読むべき本は目利きに聞け

鹿島流書評の流儀は、まず、読みながらレジュメをつくること。「引用すべき箇所をレジュメにしていきます。これはフランスでは高校生でも教わる本の読み方です。最初は引用のみ、そして、その引用部分を自分の言葉で言い換えるという『レジュメ教育』を受けるのです」

レジュメをつくりながら、その本の独自性に着眼する。同じジャンルのほかの本とは何が違うのか、創造性があるのかをチェックし、続いて汎用性に目を向ける。「ほかの分野でも応用できるものかどうか。これが大事です」

読みたくなる書評は、こうして生み出されているのだ。

「たとえ15冊でも選んで薦めるとなったら大変ですよ。ただ、どんな人でもひとつのジャンルの本を集中的に読んでいくと、批評基準ができあがります」

PASSAGEに並ぶのは、そうした基準を持つ人たちが薦める本ばかりだ。

「まず、ここへ来てください。全部見ようとすると2時間くらいかかると思いますが、便利な場所にあるので、ちょっと立ち寄って、少数の棚ずつ順に見ていくのでもいい。自分の関心領域と重なる棚を見つけてください。故・丸谷才一さんは『わからないことは専門家に聞く』を常としていて、フランス関係でどの本を読むべきか迷ったら僕のところに電話を掛けてきていました。ここでは、350の棚それぞれに専門家・目利きがいて、お薦めの本を教えてくれます」

(取材・文=片瀬京子、写真=佐藤祐介)

画像1: 本好きを極めたら書店が生まれた

鹿島 茂氏

1949年、横浜市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。元明治大学国際日本学部教授。専門は19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい! 』でサントリー学芸賞、1996年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、1999年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ風俗』で読売文学賞、2004年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。近著に『神田神保町しょしがい書肆街考』『この1冊、ここまで読むか!』『多様性の時代を生きるための哲学』など。

画像2: 本好きを極めたら書店が生まれた

著書
この1冊、ここまで読むか!
(祥伝社)

ただ読むのと深く読むのとでは、本の味わい方がまったく異なる。楠木建、成毛眞、出口治明、内田樹、磯田道史、高橋源一郎の各氏との6冊のノンフィクションを巡る対談。「A L LREVI EWS」発。

画像3: 本好きを極めたら書店が生まれた

著書
多様性の時代を生きるための哲学
(祥伝社)

「ALL REVIEWS」での著者本人との対談をベースとした、手加減のない現代思想・現代哲学の入門書。6つの対話を通じて思考が深まり、我々の生きる世界の姿がクリアに見えてくる。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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