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一橋ビジネススクール客員教授 名和高司氏
各界で第一人者と呼ばれる人たちは、どんな本を読んでいるのか。どんな基準で本を選び、読書体験から何を学んできたのか。今回は、経営学者の名和高司氏にお話を伺います。数々の著書を通じ、あくまで日系企業を鼓舞する立場を貫いてきた名和氏。その思考の源流は、意外かつ多彩な読書体験にありました。

哲学科志望だった

コンサルタントや研究者として、数々の企業に経営の助言をしてきた名和高司氏。その基本姿勢は、あくまでも日系企業を鼓舞し続けるというものだ。人間味にあふれた思想の原点は、東京大学の文科一類に属していた1・2年生の頃の読書体験にあった。

「実存主義哲学にハマり、カミュに傾倒しました。人間性をつかみ取るには、それを侵すすべてのものに反抗すべきだという思想に強く共感したのです。特に、不条理について考察した2 つの随筆、『シーシュポスの神話』(新潮文庫)と『反抗的人間』(新潮社『カミュ全集6』)は衝撃でした」

画像: アルベール・カミュ著『シーシュポスの神話』(新潮文庫)。『異邦人』『ペスト』に代表されるカミュの文学作品の根本をなす思想“不条理の哲学”を、ギリシャ神話に登場する人物「シーシュポス」に仮託し理論的に記述したエッセイ www.amazon.co.jp

アルベール・カミュ著『シーシュポスの神話』(新潮文庫)。『異邦人』『ペスト』に代表されるカミュの文学作品の根本をなす思想“不条理の哲学”を、ギリシャ神話に登場する人物「シーシュポス」に仮託し理論的に記述したエッセイ

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東大では3年生になると文科一類から法学部に進むのが原則。なぜ哲学にのめり込んだのか。

「人間とは何かを理解したかったのです。それで哲学書を読み漁ったのですが、難しかった。専門家のもとで本格的に学ぼうと、哲学科への進学を考えました。父(※)に相談すると『哲学は学ぶものじゃない。自分で考えるものだ』と言われて妙に納得し、結局法学部に進みました」

※名和太郎。昭和・平成期の評論家。朝日新聞の編集委員を務めた。著書に『ホロン経営革命』など。

その後、名和氏の読書に生命論というジャンルが加わる。きっかけは、父親からの勧めで手に取った清水博著『生命を捉えなおす』(中公新書)だ。

「競争して勝ち残るという利己的な進化ではなく、一部の個体に起きた環境変化をきっかけに種全体が進化していくという考え方が目から鱗で、後年イノベーションを研究した際のヒントにもなりました。父に勧められなかったらきっと出会うことのなかった本です」

画像: 哲学科志望だった

読書以外にも、学生時代の名和氏が熱中したことがある。「実は小説家をめざし、雑誌に作品を応募していた」のだ。

「でも諦めました。人生経験が圧倒的に不足していることに気づき、創作に限界を感じたのです。わたしが敬愛する詩人のランボーは、10代でブレイクしたあと詩が書けなくなり、各地を放浪した末にアフリカで商人になりました。ならば自分もと、文学からかけ離れた商社に就職し、人生経験を積もうと考えました」

三菱商事への入社後に出会い、今でも読み返しているのがピーター・ドラッカーの『イノベーションと企業家精神』(ダイヤモンド社)だ。

「ドラッカーの主張は科学よりも思想に近いため、アメリカのビジネススクールでは扱われていません。ですが深い洞察があり、何度読んでも新しい視点が得られる。要するに、哲学的な本が大好きなのです」

人間とは、社会とは

自らを「凝り性」と語る名和氏は、まず全集を買い揃え、一人の作家の作品を徹底的に読み込んでいくと言う。なかでも19世紀のロシアの小説家、ドストエフスキーの作品は別格だ。

「一番好きなのが『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫)。きれいごとではない、人間の生の姿がしっかり書かれているのが素晴らしい。厳しい運命にさらされる主人公が、決して絶望することなく立ち向かっていく。それこそが人間だという思想がドストエフスキー作品にはにじみ出ています」

画像: フョードル・ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』上・中・下(新潮文庫)。帝政ロシアを舞台に、性格の異なる三兄弟を襲う壮絶な運命が描かれている。「ロシア人を理解したくなり、最近また読み返しました。人間洞察の深さに圧倒されます」(名和氏) www.amazon.co.jp

フョードル・ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』上・中・下(新潮文庫)。帝政ロシアを舞台に、性格の異なる三兄弟を襲う壮絶な運命が描かれている。「ロシア人を理解したくなり、最近また読み返しました。人間洞察の深さに圧倒されます」(名和氏)

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現代文学では、『騎士団長殺し』(新潮文庫)をはじめとする村上春樹作品を愛読している。

「村上春樹さんの本は全部読んでいます。人間が持つ多重性がしっかりと描かれ、特徴的な登場人物たちのやりとりに人間社会の縮図を見ることができる。彼の作品によく見られるリアルとバーチャルの世界を行ったり来たりするストーリー展開も、深みがあっていいですよね」

人間と社会の本質に迫りたいという知的欲求が見え隠れする、名和氏の読書遍歴。近年は禅への関心も高いと言う。

「もともとは西田幾多郎さんの『善の研究』(岩波文庫)が好きなのですが、何度読んでも難しい。仏教の角度から生き方を説いている鈴木大拙さんの『禅と日本文化』(岩波新書)も併せて読むと、物事を『理』で考える哲学と『情』で受け止める宗教のミラーイメージで禅を捉えることができます」

読書で得られる3つの学び

今こそ経営者に読んでほしい本として名和氏が薦めるのが、松岡正剛著『日本文化の核心』(講談社現代新書)だ。

「オリジナリティに乏しいと言われがちな日本の産業ですが、松岡氏は既存の要素同士を編集=リミックスして新たなものを生み出す=リメイクするのが日本の得意技だと指摘しています。その主張はまさにイノベーションの発想そのものであり、一読の価値があります」

画像: 松岡正剛著『日本文化の核心』(講談社現代新書)。「イノベーションについて、一段深く掘り下げられているのがこの本。松岡氏が提唱する『編集工学』の手法は経営に非常に役立つので、ぜひみなさんにも学んでほしいです」(名和氏) www.amazon.co.jp

松岡正剛著『日本文化の核心』(講談社現代新書)。「イノベーションについて、一段深く掘り下げられているのがこの本。松岡氏が提唱する『編集工学』の手法は経営に非常に役立つので、ぜひみなさんにも学んでほしいです」(名和氏)

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そのほか、生物の進化のプロセスを要素に分解することでイノベーションのプロセスを体系化した太刀川英輔著『進化思考』(海士の風)、哲学的なエッセンスを経営に応用するためのヒントが詰まった稲盛和夫著『心。』(サンマーク出版)もおすすめだ。

名和氏自身は、読書の際に3つのことを意識していると言う。

「まず、Deep Learning 。特定の作家やジャンルにのめり込むことで、その世界を深く理解できます。次がBroad Learning 。分野を問わず乱読することで、探求心の視野が広がっていきます。そしてTransfer Learning 。一見関係のなさそうな本同士の知見が実は関係しあっていることに気づき、新たな発想が生まれる。イノベーションの発想と同じです。Deep Learning と Broad Learning の両方に取り組まないと、Transfer Learning は起こらない。AIと一緒なのです」

名和氏自身、数々の著作を通じて経営者にメッセージを贈ってきた。欧米型経営を超える日本型経営のあり方を提示した『学習優位の経営』(ダイヤモンド社)。日本型の競争戦略「J-CSV」を提唱した『CSV経営戦略』(東洋経済新報社)。流行する経営モデルに振り回されず自社の存在理由を見極めることの大切さを説いた『経営改革大全』(日本経済新聞出版)。日本が生んだ2人の〝経営のカリスマ〞の本質に迫った『稲盛と永守』(日本経済新聞出版)――。日系企業のさらなる活躍を期待し、その潜在能力を開花させてほしいという切なる思いが名和氏の著作に通底している。

「今も新しいテーマで本を書いています。とにかく書くのが好きなんですよ」

広く深い読書が、新たな発想にあふれた名和氏の執筆活動の養分となっている。

画像1: 人間の本質を読み解く旅

名和高司(なわ たかし)

1957年生まれ。東京大学法学部卒業。三菱商事、ハーバード・ビジネススクール(MBA 取得)、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て2010年に一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授就任。2018年より一橋ビジネススクール客員教授。2016年までボストン・コンサルティング・グループのシニアアドバイザー、現在インターブランド、アクセンチュアのシニアアドバイザー、京都先端科学大学教授を兼任。著書に『学習優位の経営』(ダイヤモンド社)、『CSV 経営戦略』『パーパス経営』『企業変革の教科書』(いずれも東洋経済新報社)、『経営改革大全』『稲盛と永守』(いずれも日本経済新聞出版)、『シュンペーター』(日経BP)、『コンサルを超える 問題解決と価値創造の全技法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

画像2: 人間の本質を読み解く旅

著書
『経営改革大全』(日本経済新聞出版)

「100の通説と真説」として、経営理論の表面だけをなぞった、巷に流布している“通説”の間違いを指摘。“真説”を正しく理解できるよう一つひとつ丁寧に解説している。

画像3: 人間の本質を読み解く旅

著書
『稲盛と永守』(日本経済新聞出版)

京セラを興した稲盛和夫氏と、日本電産を創った永守重信。世界が認める2人の“経営のカリスマ”を比較し、リーダーとして、ビジネスモデルとしての共通点をあぶり出した一冊。

画像4: 人間の本質を読み解く旅

著書
『シュンペーター』(日経BP)

今から約100年前、29歳にして「イノベーション」の概念を初めて世に問うた経済学者、ヨーゼフ・シュンペーター。彼が残した数々の理論を紹介し、イノベーションの本質に迫る。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

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ベンチマーク・ニッポン

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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