「第1回:15年目を迎えた、日立の社内ネットワーク活動」はこちら>
「第2回:『変われる組織』のロジック」はこちら>
「第3回:思考停止からの再起動」はこちら>
「第4回:コロナ禍で挑む『イノベーションのDX」」はこちら>
「第5回:Team Sunriseはなぜ続くのか」はこちら>
「第6回:イノベーションの原動力」はこちら>
「第7回:米国ベストセラー『The Human Element』を、日本に。」はこちら>
「第8回:グローバルマインドセットと英語力」はこちら>
「第9回:ボトムアップでイノベーションが起きる組織へ」はこちら>
「第10回:日立の挑戦する文化を支える「両利きの架け橋」~東原会長へ20年間の活動報告~」
※ 本記事は、2025年7月29日時点で書かれた内容となっています。
Team Sunriseの活動報告
2025年5月18日、Team Sunrise事務局代表の2名とアンバサダー代表の4名が、株式会社 日立製作所の東原会長に20年に渡る活動報告会を行った。Team Sunriseの代表で、現在は日立製作所の研究開発グループに所属する佐藤雅彦が、これまでの活動を振り返るところから報告会はスタートした。
2006年、日立製作所のIT部門のSEであった佐藤雅彦を含む数名による社内勉強会からスタートした社内ネットワーク活動は、5年目には仲間が500名ほどに増えていった。しかし日立の課題を検討する目的が、日立のあら探しを繰り返すようになり、一時期活動は暗礁に乗り上げた。それを創業小屋の訪問や日立製作所創業精神(※1)、落穂精神(※2)などを改めて学び、新しい事業の種を見つける活動へと軌道を修正していく。2015年、「一人称のマインドセット」をテーマに日立グループ全社員を対象にした社内ビジネスコンテスト「Make a Difference!」において、Team Sunriseの事務局メンバーがファイナリストとなったことをきっかけに、再び創造するネットワークとしての活気が生まれる。
※1:「和・誠・開拓者精神」
※2:日立製作所の「落穂精神」とは、小さなことや見逃しがちな問題にも注意を払い、丁寧に取り組む姿勢です。農作業で落ちた穂を拾うことに由来し、細部を大切にする心を表しています。これにより、高品質と顧客満足を目指しています。
2016年に「Team Sunrise」と改名し、2019年に登録者数は2,000人を超えるが、2020年に東原社長(当時)の参加も予定されていた文化祭と名付けられたイベントは、コロナ禍の影響で中止となる。「人をつなげる活動であるTeam Sunriseにとって、コロナ禍のインパクトは本当に大きなものでしたが、それがあったからこそ、活動を一気にオンラインを活用したデジタル化へとシフトすることができました」と、代表の佐藤と事務局の宮澤は振り返る。
Team Sunrise代表 佐藤雅彦
Team Sunrise事務局 日立アカデミー 宮澤亜紀
アンバサダーの活動報告1
佐藤によるTeam Sunriseの活動報告に次いで、アンバサダーによる個別の活動報告が行われた。トップバッターは日立製作所 社会イノベーション事業統括本部の大澤郁恵。Team Sunriseの活動に参加した日に、出会ったメンバーとチームを結成。業務を超えた仲間とエントリーしたMake a Difference! 2019の社内改革部門で、銀賞を受賞した。その後もTeam Sunriseを通じてカスタマーサクセスを普及させるイベントで270名を集客。現在は、Team Sunriseの仕組みを活用し、育休中に取得した国家資格キャリアコンサルタントの知見を活かしたキャリア支援に取り組む準備を行っている。「Make a Difference! 2019の育休部というアイデアを、東原さんが覚えていてくださったことが、とてもうれしかったです」と大澤は、発表の感想をのべた。
日立製作所 大澤郁恵
アンバサダーの活動報告2
続いて日立アカデミーの小野瑛子が発表した。日立アカデミーが主催する、日立グループ向けの学びの祭典OpenDayの25周年記念として、Team Sunriseとコラボで「日立アカデミーOpen Day2024」のプレイベントを企画した。第1部で東京科学大学教授の伊藤亜紗氏や(株)ハピネスプラネットCEOの矢野和男をゲストに、“イノベーティブ組織の「利他」との向き合い方”というテーマでディスカッションを行った。第2部では、イノベーションのための「つながり」と「コラボレーション」をテーマにTeam Sunrise内で呼びかけ、手を挙げた日立グループ各社14組の幅広い事業や研究内容をピッチおよび会場での展示で紹介するイノベーション文化祭を開催した。「日立アカデミーOpen Day2024」の本イベントでは30拠点60名のTeam Sunriseアンバサダーなどの協力により、1万4,000人という過去最高の事前申し込みを獲得した。
「現在は、日立アカデミーが推進する日立グループの自律的な学びの活動の中で、Team Sunrise内での呼びかけで自発的に集まった日立グループの方々と、国籍・組織を越えたネットワークによる語学学習のコミュニティを立ち上げました。現在800名超の方が所属し、徐々に拡がっています。語学学習目的での集まりという当初の想定以上に、異文化理解を深めあい、組織や国籍を越えた自律的な繋がりが拡がっています」と、最近の活動についても報告した。
日立アカデミー 小野瑛子
アンバサダーの活動報告3
続いて発表したのは、日立ソリューションズの中崎一成。システムを構築する企業から、社会の価値を協創する企業へと変わろうとしている日立ソリューションズでは、2022年度からSX(Sustainability Transformation)プロジェクトを始動し、50年先に人財も企業もひきつける企業創生をめざしてプロモーションを展開してきた。その一環として、協創でワクワクする未来を創っていくオープンなコミュニティ「ハロみん」を2024年4月から開始。そのひとつの成果として、新卒の就職ブランドランキングにおいて、2025年度メーカー系IT企業で第1位(週間東洋経済)となったことを報告した。
コミュニティ「ハロみん」では、サステナビリティをテーマにさまざまなイベントを企画したり、大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」へパートナーとして協賛、他のコミュニティとの協創イベントを通じて、3,500人以上の社外の方々との新たなつながりが生まれている。
Team Sunriseとの協創イベントでは、オープンイノベーションに向けたスタートアップ連携をテーマに行っていることを説明。イベントでは日立ソリューションズが取り組んでいる、世界有数のテック企業が集まるシリコンバレーで起業方法を学びながら、外部VC(ベンチャーキャピタル)からの出資を受け入れ可能なスタートアップ設立をめざすプログラム「スタートアップ創出制度」を紹介。「皆さんが共通の想いを持って参加されており、熱意に満ちた闊達な議論が広がっていきました」と中崎は語った。
日立ソリューションズ 中崎一成
最後は、日立製作所のIT事業部門であるデジタルシステム&サービス統括本部(以下DSS)の田中律羽が、新事業の創生にチャレンジしたDSS合同ピッチイベントについて発表した。これはDSSで新しい事業のアイデアを持つ人たちに、昼休みを使ってオープンスペースで3分間のプレゼンテーション(ピッチ)を行ってもらい、居合わせた方々に聞いていただいたりオンライン配信したりするという試みだった。Team Sunriseのネットワークと接続したはじめての社内オープンイノベーションの場に、現地・オンライン合わせて566人が参加し、人の紹介など次へのアクションが80件以上生まれたという成果を報告。田中は、こう振り返る。「アイデアを可視化することで、伴走してくれるメンターやビジネスユニットを超えた応援者が現れるなど、この施策が挑戦と応援のエンジンになるという実感をつかむことができました」
日立製作所 田中律羽
失敗からの学び
Team Sunrise代表の佐藤は、失敗からの学びというテーマで20年間を振り返り、当初なぜ活動が低迷したかについて解説した。それは若手が日立の大企業病を直すという思いが、利他や一人称といった心の欠如を招いてしまい、ゆがんだ正義感のアウトローサイクルに陥ってしまったことが原因だと考えた。また、東京科学大学の伊藤亜紗教授との対談(※3)における気付きにもあるが、「利他の毒」というように、相手が「喜ぶだろう」という思いが「喜ぶはず」になり、「喜ぶべき(相手を支配)」となってしまう思考にはまってしまっていたことも低迷の理由だと分析した。
※3:https://www.foresight.ext.hitachi.co.jp/_ct/17743416
佐藤はこの状況を突破するために、自身の大学恩師を頼って経済学や組織経営学を学び、オープンイノベーションを研究していく。そして2つの結論にたどりつく。ひとつは、組織の中から個人を分解するだけでなく、その先の新結合や再結合をうながす越境人財をめざす必要があること。そして利害でつながるだけではなく、共感でつながった個人のネットワークが、オープンイノベーションにはなくてはならないということだった。
「組織の枠を越えて新しい考えや価値を取り入れることは重要ですが、ただ活動範囲を広げて分解するだけでは十分ではありません。分解した知見や経験を「再結晶化」し、組織に新しい価値としてつなげてこそ、越境人財と呼べます。分解だけで終わってしまう場合は、越境人財ではなく越権人財となってしまうことを学びました」と佐藤は振り返る。
失敗を学びに変え、20年間活動をつづけたTeam Sunrise。その発展を支えたのは、自主性と利他的応援のマインドを持つ社員達の「原石を探し育む」ような両利き活動のネットワークであった。新事業の種を探し出し、種の見える化とマッチングをうながし、種を新事業に育てる。まさに、日立社内のインフォーマルな活動で新しいアイデアの種を育み、フォーマルな活動で事業へと育てるような「両利きの架け橋」としてTeam Sunriseを発展させて行きたい。さらに、このオープンイノベーションのエコシステムを、これからはグローバルに拡張していくこと。日立社員によるイノベーションのフォーラムとして「イノベーションBUNKASAI Hitachi」を開催するなど、これからの夢を語り、Team Sunriseからの報告は終了した。
東原会長の感想
佐藤
Team Sunriseの活動報告にお付き合いいただき、ありがとうございました。率直な感想をお願いいたします。
東原
Team Sunriseが一人称、利他、One Hitachiといった考えを持ってこうした活動を続けてきたことはよく理解できました。私がこれまで伝えたかったことが届いていることがわかり、とても嬉しく思います。利他の心は英語でaltruism、しかしこれがなかなか伝わりにくい。自分の利害を抑えて社会のために構想することは、心の満足度や幸せといったwell-beingのベースになるという思いから、利他ということを言ってきた私の考えは変わっていませんが、人間の「ほめられたい」「認められたい」という気持ちはなくならない。
自分の利害を追求するのは人間の本能だという点を押さえた上で、世の中の課題を自分事としてとらえ、行動してもらえる参加型の社会をどう作るのか。それを考えるために、NTTの澤田会長と京都大学の哲学の出口康夫教授が共同代表で立ち上げた京都哲学研究所(※) に博報堂と読売新聞とともに理事役として参加しました。今年の9月に京都でマルクス・ガブリエルなどの哲学者を集めて国際大会をやる予定で、いろんな考えをお互いに認め合い、共有する会議にしたいと思っています。
※ 京都哲学研究所:京都哲学研究所について | 京都哲学研究所
利他や一人称といっても、マズローの五段階モデルでいう生理的な欲求が満たされない段階の人、Hand-to-mouth(その日暮らし)を強いられている人には通用しません。私たちは、2つ解決しなくてはいけないことがあって、ひとつは物理的な生活が苦しい人たちに対してどういった支援ができるのか。もうひとつは、ある程度考えられる人が自由に議論できる社会を、どうやって作るのか。日立はその両方をリードする存在になっていくべきだし、Team Sunriseもいろいろなポテンシャルを持っているので、ぜひグローバルに展開して欲しいと思います。
佐藤
Team Sunriseの活動をグローバルで展開する時、留意すべき点があれば教えてください。
東原
3つの重要なポイントをお話します。まず一人称で考えて、自分ならこういうことができることをしっかりと相手に伝える「主体性」。2つ目は、これはいいことだからと押し付けるのではなく、相手を良く理解した上で自分の考えを理解してもらう「共感力」。3つ目は、周りを巻き込んでいく「コミュニケーション力」。この3つを大切にして欲しいと思います。
世界中を眺めた時に、文化や宗教といったバックグラウンドが違う相手を理解することは、簡単ではありません。特に海外とはジョブセキュリティ(雇用の安定)が違うので、まず自分のポジションを最優先で考える人も中にはいる。雇用が守られた環境下で話すことと、確たる雇用の保障がない環境で話すことは違いますから、グローバルでOne Hitachiは難しいという人もいます。私は、特に海外において、会社の都合によりたくさんの人が辞めざるを得ないような状況は非常にもったいないと思っていて、海外の同じ地域にある他の日立グループで働けるようにできないかなども幹部と話し合っています。
研究者もビジネスユニットの人たちも、一人称で仕事をしてもっと目立って欲しい。そして会社は、そういう人をしっかりと評価することが大切だと思う。海外では、人を評価するのは上司だけではありません。常に横で見ている人たちがいて、One Hitachiに貢献しているかといったことをしっかりとモニタリングしている。Team Sunriseのような利他的な活動を、今後もどう発展させて行くのかなども含め、またみんなで話す機会を作りましょう。
そして7月29日、One Hitachiや利他をさらに掘り下げるために、同じメンバーでの東原会長との座談会が行われた。その内容は、第11回~第14回の記事で詳しく紹介していく。
「第11回:日立の挑戦する文化を支える「両利きの架け橋」~東原会長とTeam Sunriseメンバー座談会~ その1」はこちら>
東原敏昭(ひがしはら としあき)
株式会社 日立製作所
取締役会長 代表執行役
1955年生まれ。1977年日立製作所入社。電力や鉄道など様々な分野の制御システムの品質保証や取り纏め業務に長く従事。国内外の子会社社長等の経営経験を経て、
2014年執行役社長兼COO兼取締役、2016年執行役社長兼CEO兼取締役、2021年執行役会長兼CEO兼取締役、2022年4月より現職。
社外でも経団連審議員会副議長や日本科学技術振興財団理事長などを務め、社会課題解決や科学技術教育支援に尽力。著書に「日立の壁」(東洋経済新報社)
佐藤雅彦(さとう まさひこ)
株式会社日立製作所 研究開発グループ
技術戦略室 戦略統括センタ
オープンイノベーション推進室
チーフストラテジスト
国際関連NGOのIT責任者を経て、2001年日立製作所に入社。情報通信事業のシステムエンジニアリングや新会社設立、M&Aなど新事業企画に従事しながらMBAを取得。現在博士課程にて組織経営学を学ぶ。本社IT戦略本部、研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 主任研究員などを経て、2023年より現職。研究開発戦略の立案やオープンイノベーションの推進を担っている。2006年より継続する社内ネットワーク活動「Team Sunrise」代表。
宮澤亜紀(みやざわ あき)
株式会社日立アカデミー ビジネスパートナリング本部
ライフBPグループ
主任
日立製作所に入社後、営業職を経て日立アカデミーの前身である日立総合経営研修所に異動。現在はビジネスパートナリング本部にて、BUやグループ会社と連携した事業戦略・人財戦略・育成ニーズの共有、組織力強化ソリューションの企画を実施。若手から管理職層までの育成支援やナレッジ活用の促進。Team Sunrise事務局として活動し、近年は日立アカデミーのイベントとのコラボも企画。
大澤郁恵(おおさわ いくえ)
株式会社日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部
社会イノベーション事業統括本部
ウェルビーイングソサエティ事業創生部
ウェルビーイングソサエティ第二部
主任
ウェルビーイング事業の企画検討に従事。自主的な活動として、社員のキャリアサポートに取り組み、提案した社内改革アイディアが社内ビジネスコンテストで銀賞を受賞。育休中にはキャリアコンサルタント国家資格を取得し、キャリア形成を支援する取り組みを行っている。
小野瑛子(おの えいこ)
株式会社 日立アカデミー 研修開発本部 L&Dソリューション部
主任
2009年日立製作所入社。IT部門の営業を経て、顧客人事部への人事システム提案をきっかけに、自律的なキャリア形成や人財分野に興味を持ち、 2022年に日立グループ内の公募で自ら異動し現職。
現在、日立アカデミーにて、語学・グローバル研修開発/企画や、自律的な学びを支援する学習体験プラットフォーム(LXP)を活用した語学学習活性化など、人財育成支援に携わる。
中崎一成(なかざき かずなり)
株式会社 日立ソリューションズ 経営戦略統括本部
サステナビリティ推進本部
ブランド・コミュニケーション部
部長代理
2003年、株式会社日立ソリューションズに入社。入社以来一貫してマーケティング・コミュニケーション分野に従事。2022年、全社SXプロジェクトの事務局を担当し、企業ブランディングのプロジェクトマネジメントを推進。2024年、協創でサステナブルな未来社会の実現をめざすコミュニティ「ハロみん」の立ち上げを牽引し、コミュニティマネージャーとして持続可能な社会づくりへの貢献に挑戦している。経済産業大臣登録 中小企業診断士。
田中律羽(たなか りつは)
株式会社日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部
経営戦略統括本部 事業開発本部
2023年に新卒入社。スタートアップとの協業による事業開発や、両利きの経営(既存事業の深化と新規事業の探索)の実現に向けた社内制度の検討・施策の実行に従事。学生時代は応用化学を専攻し、学会発表や論文執筆を通じて技術と社会の距離感に課題意識を持つ。研究と並行してアメリカ・欧州へ留学し、現地でスタートアップ立ち上げやアクセラレータでのインターンを経験。現在は、これらの経験を活かしながら、新事業創出に向けたエコシステム形成に挑戦している。