一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏 / 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー 山口周氏
楠木建氏と山口周氏の対談、最終回。山口周氏の黒歴史、そして現在の楠木建氏の「黒い巨塔作戦」とは。

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山口周の電通時代

楠木
「試行錯誤」というと、スキルを形成していく試行錯誤をみなさんは思い浮かべて、いろいろと苦しいこともあるけれどもできるようになっていく過程だと思われるでしょう。もちろんそれもあるのでしょうが、センスがどこで生きるのかという試行錯誤はさらに重要だと思います。人生前半戦は、迷ったらとにかくやってみる。それで、これは自分の土俵ではないなとか、やってるうちに見えてくると思うんです。これは自分の仕事じゃないなっていう見極めみたいなものがついているというのは、反対側から言うとセンスがある人なのではないでしょうか。

山口
私の場合、最初に電通という会社に入ったんです。もちろん、活躍できればいいなと思って行ったわけですけれども、これがまったく、誰がどう見てもローパフォーマーなんです。

楠木
ご自身が。

山口
ええ、私が。楠木先生からも、よく「山口さんにメールに返事してもらうにはどうしたらいいですか」って聞かれるぐらいの粗忽な人間が、巨大なキャンペーンをきめ細やかにコントロールするというのは、たぶんもっともやってはいけない仕事だったのです。

楠木
なるほど。

山口
ですから、見積りの桁を間違えるとか、送った原稿が裏返しに掲載されているとか、そういうことが頻発するわけです。で、最初はやっぱりスキルに逃げたんです。なんかやることを絶対忘れないメモ術とか、ああいうものを買ってきてやるわけですけれども、どう考えてもこの世界の仕事というのは自分には合わないと思いまして、私は29歳のときに電通を辞めました。

例えば電通では、巨大なキャンペーンになると100媒体ぐらいに広告を出します。それぞれがもう256ミリ×432ミリとか、こっちは428ミリとかって全部違うわけです。それをいつ送って、いつ再校が出て、いつデザイナーに確認してとか全部やるわけですから、どう考えても、もっともやらせてはいけない人間がキャンペーンを動かしている。もうクライアントも悪夢、上司も悪夢、スタッフも悪夢なわけです。

楠木
昔、映画で「全員悪人」というコピーがありましたけど、今の話は「全員不幸」ですね。

山口
そう、何かが間違っている。

楠木
誰一人として幸せな人がいない。

山口
なので、これは僕が辞めればみんな幸せになるということで、諦めが肝心と見切りました、あのときに。

楠木建の直面する危機

楠木
私も今まさに、非常に個人として重要な問題に直面しております。私の年齢になりますと、大学に勤めておりましても、大学それ自体を経営するという仕事が当然出てきます。つまり、芸者置屋と芸者みたいな関係で私は仕事場、勤務先をとらえていまして、自分の芸者としての芸、教えたりとか書いたりとか考えたりとか、これをやらせてくださいと。で、置屋のほうは私はタッチしませんのでどうぞいつまでも一介の一芸者として現場仕事でお願いします、そういうスタンスでこれまでやってきました。ところがですね、ある程度年齢もいくと、「君もこの辺で置屋の運営責任を担いたまえ」ということになってきます。そういうマネジメントの仕事がやりたくないし向いていないとわかっているので、こういう仕事に就いたのに。今まさにセンスのないやってはいけないことを引き受けなさいという状況になっていまして、ある種の危機なんです。3年に1度ぐらいそういう危機が押し寄せて来るのですが、今まさにこの2週間ぐらいがその山場になっていて。

山口
なるほど。

楠木
この状況をどう打開するのか。これを私は個人的に『逆白い巨塔作戦』、あるいは『黒い巨塔作戦』と呼んでいます。そういうネーミングをつけるのが好きなんですね。

山口
抽象化ですね。

楠木
みなさんは『白い巨塔』、ご存じでいらっしゃいますか。大学病院の中の政治権力闘争で、みんなが偉くなりたいという野望を持った者同士、そこでドロドロになって起きる悲喜劇なのですが、私の場合は、どれだけ偉くならないように逃げていくかということで、『逆白い巨塔作戦』、別名『黒い巨塔作戦』と言っているわけです。

山口
それは、争いがあるんですか。偉くならない争いが。

楠木
いろいろとあります。先方も条件をつけてくれるんですね。「そこにいるだけでいいんだから」とか。でもそんなことはない。引き受けた途端に、それはもう私にはまったくセンスがない行政的な仕事がガーッと出てくるわけで、これをどうやって回避するかというのをここのところ真剣に、それこそ戦略のストーリーを練っているわけです。

山口
なるほど。

楠木
今も話しながら、頭の半分ぐらいがそれで。

山口
思い出しちゃったわけですね。

楠木
ここですね、死活問題。自分のセンスにミスマッチな土俵を抱えてしまうと、これはもう取り返しがつかない致命傷になりますので。

山口
わかります。選手生命がね。

楠木
危機です。

山口
選手生命って言ったらあれですけどね。

楠木
みなさんにとっては本当にどうでもいいことですけれど、私にとっては大問題。これを私がどう切り抜けるのか、ぜひ乞うご期待ということで、対談を締めたいと思います。ありがとうございました。

山口
ありがとうございました。

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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