株式会社 日立製作所 執行役専務 阿部淳/野球日本代表監督 栗山英樹氏
北海道日本ハムファイターズ監督を経て、野球日本代表“侍ジャパン”の指揮を任された名将・栗山英樹氏。そして栗山氏の大ファンでスポーツをこよなく愛する日立製作所 執行役専務 阿部淳の対談。第4回のテーマはテクノロジーとデータ活用について。

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「第3回:これからのチーム力は、いかに早く失敗をするか」はこちら>
「第4回:野球が可視化したデジタル社会」
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退場になれない監督、デジタルが変えていく野球の未来

阿部
今、デジタルが世の中を急速に変えていますが、その波を受けて野球も変わってきている印象があります。例えばキャッチャーとピッチャーがサインを通信で交換するといった仕組みもあるようですが、栗山さんはこのデジタル技術と野球の関係についてどんなことを感じておられますか。

栗山
そうですね、確かにいろいろなものが数値化できるようになって、野球も本当に変わってきました。ピッチャーの変化球なんかも、これまでは「キレがある」とか「ユルい」といった曖昧な表現だったのが、手の角度からボールの回転数まで数値化されて分析される。デジタル化でいろいろなことが解明されていて、野球の技術もまた一気に進化すると思いますし、今はちょうど過渡期にあるのではないでしょうか。

そういう意味で、数字に裏づけられた発想で結果を出せるようになると、野球が好きだけど、プレー経験のない、けれど数字に強い人たちがチームの勝利に貢献するような可能性が広がっていくでしょうね。

阿部
以前観た『マネーボール』(※)というアメリカ映画でも、統計学やデータ分析(セイバーメトリックス)を駆使して野球チームを改革していくといった話が出てきました。

※ マネーボール:2011年のアメリカ映画。マイケル・ルイスの「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」が原作。オークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャーであるビリー・ビーンが、セイバーメトリックスを用いて経営危機に瀕した球団を再建するストーリー。

栗山
ええ、すでにメジャーリーグのカブスなどでは、優秀な大学を出た10数名のインターンがずらっと並んでゲームを分析していたりするのです。今後こういうアプローチが日本でも採用されて、野球のあり方を変えていくかもしれません。

阿部
日立グループには従業員のマインドセット改革プロジェクトがあります。「アイデアはあるが発信する機会がなかなかない」、「チャレンジする場が欲しい」という現場の声をヒントに新事業や社内改革に関するアイデアコンテストを実施しているものです。先日、その最終審査まで残ったプランのひとつが、アマチュア野球をテーマに選手自身が自ら考え挑戦することで成果につなげるデータ活用サービスの構想でした。これは子どもたちやアマチュア野球選手が、スマートフォンで撮影した自分のバッティングフォームをスマートフォンのアプリで動作解析して、自身の技術の成長につなげられるアイデアでした。

発表会では栗山さんからこのアイデアに対する力強い応援のビデオメッセージをいただきましたね。その節はありがとうございました。

栗山
あれは本当にすばらしいアイデアだと思いました。スマホさえあればお金をかけなくてもバッティングの上達が期待できるし、選手自身のモチベーションもアップします。そんなふうにITでスポーツに貢献してもらえるのは、スポーツに携わる僕らとしてはとてもうれしいことです。ぜひ頑張ってください。

阿部
どうもありがとうございます。今後デジタル技術がさらにスポーツ界に浸透していく中で、審判が機械化されたりするのかなと考えることがあります。

栗山
そうですね、メジャーリーグではそういう実験を始めていますが、日本のプロ野球にもすでに「リクエスト」という仕組みがありますよね。最初、僕は反対でしたが、いざやってみると、「いやいや、今のはセーフでしょ」とたびたびリクエストしていました(笑)。

結局のところ、野球は確率のゲームですから、以前まったく勝てなくなったときに、ふと「ITが監督をやったほうが勝てるのではないか」と思ったりもしました。

阿部
ただ、すべてが機械化されてしまうというのはどうなのでしょうね。

栗山
うん、たぶん全然、面白くないと思います。

阿部
やっぱりそこに人間の判定がある。キャッチャーのキャッチング技術などを含めて最後の微妙なところを人間が判定している。そこが面白いなと思ったりもします。

栗山
ドラマも生まれますよね。そう思って当初リクエスト導入には反対だったのですが、やっているほうは当然勝ちたいから、何度もリクエストを使いました。だからもう、退場ができなくなりました。以前なら選手たちに発破をかけようと、わざと退場になろうと思ったりもしたのですが、リクエストがあるから退場にはなれない。審判に食ってかかる意味がなくなったわけですからね(笑)。

視点を変え、異質なものを結びつけるデジタルの力

阿部
一方で、栗山さんはご著書の中で「データは大事だが、その使い方がもっと大事だ」とおっしゃられています。

栗山
とりわけ数値化しやすい野球という競技では、今後さらにデータ活用が盛んになると思うのですが、そのときアナリストやスコアラーといったスタッフと、現場の人間とでは出てくるデータの読み方がまったく違うと思うわけです。

実は今、侍ジャパンでもeスポーツ、テレビゲームの野球ゲームプレイヤーの人たちを、なんとかスタッフに入れられないか検討しているのです。そうすると野球の幅がさらに広がるし、勝利にも大いに貢献してくれると思っています。

阿部
野球ゲームが得意な人をリアルな野球の現場に取り入れるというアイデアはすごく斬新ですね。違う人を入れて、違う視点で物事を捉え直すという発想は、データ活用を考えるうえでとても参考になる話です。

栗山
データを駆使して日々ゲームで勝負している彼らのほうが、実は僕らよりもその選手の特徴を知っているのかもしれないと、ふと思うことがあるのです。実際に野球をプレーしているわけではないし、野球界のこともよく知らない人たちだと言われるかもしれませんが、僕にとっては全然関係ないのです。僕が必要なのは、勝つための知識を持って教えてくれる人なのですから。

阿部
実は私たちの仕事でも違う視点が価値を生むことがあります。例えば同じ製造業でも製品や業態ごとに、その生産管理のノウハウはそれぞれ確立されていて、違いがたくさんある一方で、共通する部分も少なくありません。しかしそうした知見やノウハウが通常企業間で共有されることはありませんから、ある企業の独自のやり方が、違う業種の長年解決できなかった難題の解になったりすることも決して珍しくないのです。

栗山
つまり、視点を変えれば新しい発想も生まれ得るということですね。当たり前と思ってやってきたことが実は無駄だった、といったことは僕にも経験がありますし、違う視点からの違う意見にはっとさせられたことは一度や二度じゃありません。

阿部
違う視点や異質なものどうしを組み合わせることは、日立のビジネスにおいてもとても重要なアプローチです。

日立は3年ごとに中期経営計画を策定しているのですが、4月から始動した新しい計画では、サステナブルな社会の実現をめざすための目標として「プラネタリーバウンダリー」と「ウェルビーイング」を掲げました。「プラネタリーバウンダリー」というのは、地球環境がバウンダリー、つまり「境界線」「限界」を越えてしまわないように、温暖化や資源・エネルギー問題の解決をめざそうというものです。もう一方の「ウェルビーイング」は、幸福や健康、安心・安全といった人々にとってかけがえのない価値を実現し、社会に提供していこうという考え方です。

この「プラネタリーバウンダリー」と「ウェルビーイング」をめざすうえで必要なのは、これまでバラバラだった価値や能力の新しい組み合わせを見つけること、つまり私たちが追求する「協創」です。そして先程もお話ししたように、異質なものどうしを結びつけるための触媒になるものこそ、デジタルの力にほかなりません。

野球に関しても、デジタルの力でその裾野がさらに広がって、ファンを含めた球界全体がもっと盛り上がっていけばいいと思いますね。(第5回へつづく)

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栗山 英樹(Hideki Kuriyama)
1961年、東京都生まれ。東京学芸大学を経て、1984年にヤクルトスワローズに入団。1989年ゴールデングラブ賞を獲得。1990年に現役を引退した後は解説者として活躍するかたわら少年野球の普及に努め、2002年には名字と同じ町名の北海道栗山町に同町の町民らと協力して少年野球場「栗の樹ファーム」を開設。2004年からは白鷗大学でスポーツメディア論などの講義を担当した後、2012年からは北海道日本ハムファイターズの監督としてチームを2度のリーグ優勝に導き、2016年には日本一に輝く。2021年、野球日本代表監督に就任。現在、北海道日本ハムファイターズプロフェッサー。

阿部 淳(Jun Abe)
1984年、株式会社 日立製作所入社、2001年ソフトウェア事業部DB設計部長、2007年日立データシステムズ社シニアバイスプレジデント、2011年ソフトウェア事業部長、2013年社会イノベーション・プロジェクト本部・ソリューション推進本部長、2016年制御プラットフォーム統括本部長(大みか事業所長)、2018年執行役常務、産業・流通ビジネスユニットCEO、2021年執行役専務、サービス&プラットフォームビジネスユニットCEO、日立ヴァンタラ社取締役会長に就任。