株式会社 日立製作所 執行役専務 阿部淳/野球日本代表監督 栗山英樹氏
北海道日本ハムファイターズ監督を経て、野球日本代表“侍ジャパン”の指揮を任された名将・栗山英樹氏。そして栗山氏の大ファンでスポーツをこよなく愛する日立製作所 執行役専務 阿部淳の対談。第2回のテーマは世界への挑戦について。

「第1回:一人ひとりに100%尽くせば、チームは必ず強くなる」はこちら>
「第2回:世界に挑む日本の強み」
「第3回:これからのチーム力は、いかに早く失敗をするか」はこちら>
「第4回:野球が可視化したデジタル社会」はこちら>
「第5回:子どもたちが安心して野球ができる社会」はこちら>

「日本らしい野球」でWBCに挑む

阿部
栗山さんは2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)へ向けて日本代表監督に就任されたわけですが、戦いの舞台が日本から世界に広がることになりますね。

栗山
今も本当に自分がやっていいのかという思いはあるのですが、日の丸を背負って世界で戦う以上、これまで多くの先輩方が築いてくださった英知を集結させて勝負したいと思っています。目新しいやり方でも私なりのやり方でもなく、長年にわたって磨き抜かれてきた「日本らしい野球」で世界に挑戦したいのです。

プロ野球というのは、エンターテインメントとしてお客さんに楽しんでいただくものである以上、記録よりも記憶に残る野球を追求したいという気持ちがあります。例えば数十年後、2022年に優勝したチームは覚えていなくても、大谷翔平という選手が二刀流で活躍した事実はきっと人々の記憶に残っていることでしょう。その意味を僕自身、十分に感じているつもりです。

けれども今回のWBCだけは、「勝つ」という一点にこだわりたい。そのためにも日の丸を前面に出して、日本らしく戦わせてほしいと思っています。

阿部
その「日本らしい野球」とはどんな野球で、日本らしい野球の強みはどういったところにあるとお考えですか。

栗山
何よりも、決して諦めない野球です。そして最後まで「絶対に勝つんだ」という気持ちを捨てずに全力で戦う野球でしょうか。一人ひとりが一瞬一瞬に全ての力を、チームのために出し尽くせるのが日本野球の強みだと思っています。

阿部
日本らしい野球、ぜひ見せてください。2023年の本番を今から楽しみにしています。

栗山さんとはフィールドが異なりますが、日立もグローバルを舞台に世界中のライバルたちと競い合っています。そのとき私が大事にしたいと思うのも、やはり「日本らしさ」なのです。デジタルの世界では、いわゆる“GAFAM”だけでなく、シーメンスやアクセンチュアをはじめとする欧米企業が大きく成長していますが、これからの激しい競争を勝ち残るには、やはり日本らしいきめ細やかさや品質が武器になると思います。

例えば、日立は首都圏や中部、関西といった都市部あるいは新幹線の運行管理システムを担っています。日本に来られた諸外国の方々がその精度の高さに皆さん驚かれるのです。

栗山
確かに、海外に行くと日本の鉄道の正確さを改めて実感します。

阿部
日立では社会イノベーションと呼んでいますが、これまでITが適用されてこなかったようなインフラやさまざまな現場業務にデジタル技術を適用して新たな付加価値をつけ、高度化しようとしています。やはり最後には高い信頼性やきめ細やかさが私たちのアドバンテージになるのではないかと考えています。そこで、世界中のお客さまと新たな価値をどう創出していくか一生懸命模索しているところです。

“相互信頼”という世界共通語

栗山
ITの可能性がさらに広がっていくわけですね。

阿部
ITはすでにさまざまな領域で使われていますが、今後はさらにこれまでITが使われていなかったところにもどんどん適用が進んでいくでしょう。

これまで以上に社会的に重要度の高い領域や、もっと人々の暮らしと密着したところにITが使われるようになると、不具合やシステムが停止したときの影響は従来よりも広範囲かつ深刻なものになるでしょう。そういう意味で、これまでも重要だった「信頼性」がさらに高いレベルで求められるようになります。

お客さまと一緒に当社の諸先輩が100年以上にわたって培ってきた日本ならではのきめ細やかさ、信頼性を追求する技術、そしてマインドをどうやってデジタルを活用した新たな分野につなげていくかというのは、今の栗山さんのWBCへ向けた抱負と通じるものがあるように感じました。

栗山
野球でも少しでも気を抜くと、同じメンバーで5年前にできていたことができなくなる。チームの良いところを継承していくのは、決して簡単なことではないと感じることがたびたびありました。

阿部
栗山さんがおっしゃるように、よき伝統を受け渡していくことは大切なことですが、実際は簡単ではないのかもしれませんね。

栗山
ITやデジタルの世界でも、日本と海外では仕事のやり方が違うものですか。

阿部
そうですね、もちろん、違う部分もありますが、私が感じるのはむしろ日本と海外の共通する部分です。お互いがお互いを知るところからコミュニケーションというものは深まっていきますが、国・地域を問わず、そのベースにあるのはやはり双方の信頼感です。それは国内外問わず、職場の上司・部下、同僚、社外のお客さまやパートナーとの関係性の基盤になっていると思います。

栗山
ITやデジタルの世界ってちょっとクールな印象があったのですが、今のお話しを聞いて少し安心しました。どんな世界も、ベースにあるのはやっぱり人なのですね。

阿部
昨年、日立グループの仲間に加わったグローバルロジック社という米国シリコンバレーのIT企業にも、実は日本企業と同じような文化がありました。それは「ミューチュアル・リスペクト」、つまりお互いに対する敬意と信頼を尊重する文化です。社員や経営陣それぞれに信頼とリスペクトがあるからこそ、スムーズでスピーディーな意思決定と実行ができる。時に激論を交わすことがあっても、会議が終われば「さっきは少し言い過ぎたね」とフォローし合う。欧米の企業であっても、そんな日常が繰り返される中で「和」を尊ぶ企業文化は育まれるのだと思いました。(第3回へつづく)

「第3回:これからのチーム力は、いかに早く失敗をするか」はこちら>

栗山 英樹(Hideki Kuriyama)
1961年、東京都生まれ。東京学芸大学を経て、1984年にヤクルトスワローズに入団。1989年ゴールデングラブ賞を獲得。1990年に現役を引退した後は解説者として活躍するかたわら少年野球の普及に努め、2002年には名字と同じ町名の北海道栗山町に同町の町民らと協力して少年野球場「栗の樹ファーム」を開設。2004年からは白鷗大学でスポーツメディア論などの講義を担当した後、2012年からは北海道日本ハムファイターズの監督としてチームを2度のリーグ優勝に導き、2016年には日本一に輝く。2021年、野球日本代表監督に就任。現在、北海道日本ハムファイターズプロフェッサー。

阿部 淳(Jun Abe)
1984年、株式会社 日立製作所入社、2001年ソフトウェア事業部DB設計部長、2007年日立データシステムズ社シニアバイスプレジデント、2011年ソフトウェア事業部長、2013年社会イノベーション・プロジェクト本部・ソリューション推進本部長、2016年制御プラットフォーム統括本部長(大みか事業所長)、2018年執行役常務、産業・流通ビジネスユニットCEO、2021年執行役専務、サービス&プラットフォームビジネスユニットCEO、日立ヴァンタラ社取締役会長に就任。